表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/14

02:最南端の街

週1~2更新目指して頑張ります。


※作成途中で誤って投稿してしまったので、一度削除して再投稿しています。


2025/03/25 一部修正。


 ベンウッドが拠点としていた山小屋は、異形の森中層域の中ほどにある小高い丘の麓に建てられている。この地形はランギュリエの丘と命名されたており、中層域に向かう冒険者達が方位を知るための目印として活用されていた。

 山小屋から北上すること2日、湖沼地帯を西側より迂回して森を出ると開拓村があり、更に1日北上すると城塞都市であるバリスフォーグにたどり着く。

 荷物整理を終えたベンウッドは背負子に仕事道具を山積みにして、城を囲む空掘の前までやってきた。

「来てしまった……」

 ベンウッドは目の前に聳えるバリスフォーグの城壁を眺めながらぼんやりと呟く。養父の言いつけ通りいざ街に入る手前まで来たが、ここに至っても未だにベンウッドの気持ちは晴れないままであった。

 森を出るのだと意識させられるたびに憂鬱になり、養父イシリオンの気持ちがひっくり返らないかと毎日のように祈っていた。

 開拓村に移住して物置で寝起きした時、荷物を片付けて閑散とした山小屋の中を眺めた時、長年貯め込んだ狩猟の記念品である角や牙などを売り払った時、等々。それが儚い願いなのは理解している。エルフの時間間隔で1ヵ月は短すぎるのだから翻意など望むべくもない。

 そして当のイシリオンは「森を出ろ。街に住め」と言ったきり顔も出していない。街で暮らすのはいいがそこから先は何も指示が無いのだ。

 薄情すぎて流石に腹が立ってきたが、これもいつものことなので諦めた。この丸投げ具合もイシリオンらしいやり方だ。文句を言ったり恨みがましく思うだけ時間の無駄とベンウッドは割り切っている。

 ベンウッドは短くない時間をそうして壁を見上げて溜息をついていたが、流石にいい加減街の中に入ることにした。先程から門番達の視線が痛い。完全に不審者を見る目になっている。

 ベンウッド自身はやましいところは何ひとつないし、何なら懇意にしている開拓村のギルド支部で紹介状も貰っていた。

 しかし自分が長身なこともあって警戒される事も理解しているため、ベンウッドは極力笑顔で近づいて行く。

 「どうもこんにちは」

 「ああ、こんにちは。通行証はあるか?」

 門番は表面上にこやかに応じながらも僅かに身構えている。

 彼らに不審を抱かれないようゆっくりとした動作で腰のポーチから目当ての物を取り出した。

 「通行証はありません。ですのでこちらを…」

 紹介状として用意してもらった紐と封泥で閉じた木簡だ。貴族が使うには不十分だが市民同士で使うには十分権威があり、下級官吏の連絡用としても頻繁に用いられている。

 門番の彼らもよく扱う品であるので、慣れた手つきで印章の一覧を取り出し、突き合わせて照合を始めた。

 印の照合を行っている間、ベンウッドはきょろきょろと周囲の人の服装や持ち物を眺めていた。特に気になったのは門番達の装備だ。

 門番達は開拓村の自警団とは比べ物にならない良い装備を身に着けている。普段着にお手製の槍や弓をもっただけ、革鎧があればマシなほうという開拓村の自警団に対して、バリスフォーグの街の兵士達は規格と色を揃えた革鎧に鉄製の剣や槍、あるいは弓や弩を装備している。

 これが門から見える範囲でも十数人はいる。ベンウッドは大きな街の持つ力に素直に感心した。じろじろ見ている彼を門番は鬱陶しそうにしていたが、お上りさんがキラキラした目で持ち物をうらやんでいるだけとわかって、差し引きで見逃してくれていた。

「確認した。開拓村の冒険者ギルド支部のものだな」

「はい。間違いありません」

「では返却する。街で問題は起こすなよ」

 封泥の確認が終わると、ベンウッドは門番達の誘導に従って簡易な手続きを済ませ、バリスフォーグに足を踏み入れる。門を越えて広がる喧噪はベンウッドの想像を超えていた。

「……はぁー、こりゃすごい」

 ベンウッドは行き交う人の活気に飲み込まれるような錯覚を覚えた。

 門をくぐった先には煉瓦で組まれた家が道の先まで並んでおり、どの建物も最低でも3階まであり、中には5階まである建物もある。

 高さだけなら岩をくりぬいて作られたドワーフの住居や世界樹の枝や洞に作られたエルフの住居も負けていないが、人工物だけでこの高さの建物を見るのは初めてだった。

 門から続く大通りの先には広場があり、露店で商売をする人々が客を呼び込もうと声を張り上げていた。野菜や果物、あるいは肉などの産物は見知ったものもあるが、それ以外は見知らぬ物のほうが多い。

 しばらくは物珍しさに視線をあちらこちらに移していたベンウッドだが、大通りを抜ける頃には流石に自身のすべきことを思い出していた。兎にも角にも街での生活基盤を整えなければならない。金は持っているが物価の高い街ではそう猶予はないだろう。



 ベンウッドは事前に決めた通り、金策のため街の冒険者ギルドを探した。

 この『冒険者』とは何者を指すのか。冒険者の活動は地域により異なるが定義は共通している。大枠として冒険者は『未踏の地に踏み込む者』』あるいは『人の手の及ばぬ地で活動する者』を指す。

 バリスフォーグの冒険者達は異形の森の開拓を主眼に置く者がほとんどのため、バリスフォーグの冒険者ギルドはこれらの支援に重きを置いた組織となっている。

 各村各街より届く魔物の討伐依頼や採取依頼を取りまとめ、森の探索に必要な物資の販売や備蓄、異形の森の中層や深層に関する情報の買取、得られた情報による地図の作成と更新、等々だ。

 森に長く住み、森を良く知るベンウッドにとってこの組織はとても都合が良かった。エルフの生活を知るベンウッドは異形の森の開拓には興味はないが、ギルドの斡旋する増えすぎた獣や魔獣の駆除依頼はこれまでの仕事と共通している。

 特に狩った獲物の皮や爪、あるいは薬草の類を買い取ってもらえるのもありがたい。獣の皮は直接皮鞣し職人に売ることも考えたが、ベンウッドは金額の交渉などさっぱりだ。相場がわからず街に住む人間と価値観が違い過ぎるために、まず間違いなく買いたたかれるだろう。

 冒険者ギルドはまさにこのベンウッドのような『現場はわかるが交渉は不得手』という人々の支援の組織であるため、彼のような利用の仕方は本来的な運用であった。

 冒険者ギルドの建物はすぐに見つかった。南門より街路をまっすぐ進んだ先の、大きな十字路角に建つ4階建ての白い壁の家。街路に面する壁の2階部分には革靴と鉄剣が意匠された丸い看板が吊り下げられている。

 馴染みのブランドンから聞いていた通りの外観をしていた事にベンウッドは安堵した。看板は開拓村の支部でも見たことがあったので間違いないはずだ。

 ベンウッドは意を決して両開きの扉を開く。ギルドのエントランスは広間になっており、諸手続きを行う受付は奥のカウンターにあった。受付には2名の女性が詰めており、奥ではその上司らしい痩せぎすで年嵩の男が書き物をしている。

 街路に面した東側の壁面は街の周辺の地図と依頼に関する木札などの掲示物が貼られており、10人ほどの冒険者が入れ替わり立ち替わり仕事を探していてうろついていた。西側は商談用の机と椅子が備えてあり、冒険者のグループが商人らしき人物と相談の最中だ。

 彼らギルド内に居た多くの冒険者が、扉の開いた音に反応してベンウッドに視線を向ける。半数はすぐに興味を無くして自分の用事に戻っていくが、残り半分程は探るような不躾な視線でじっとベンウッドは見つめていた。

 ベンウッドは周囲の視線が集まるのを感じつつもそれらを極力無視した。図体がでかい上に弦を外しているとは言え年季の入った弓も持っている。警戒するなというほうが無理な話だ。

 開拓村でも同じような好奇の視線は何度も受けた。余所者の自分はどういった人間なのかが行動によって証明されるまで、この扱いを甘受する他ない。

 幸いなことに自身を含めて異形の森に住む猟師達は、積極的に街に合わせた金策を行わないので冒険者と獲物を奪い合う事は少ない。猟師が鹿や猪を狩って肉を食べ、革を衣服にして角や牙を実用品に加工している時、冒険者は武器防具や薬の材料として魔獣を狩る。

 冒険者の夢である巨大な魔獣を倒して英雄になって立身出世するだとか、古い時代の遺物を掘り当てて一獲千金だとか、猟師はそういった夢とは遠い存在だ。

 同じ場所で働きながらも彼らの夢を阻害しない。それさえ伝わればこの居心地の悪さもじきになくなるものだ。

 堂々と受付のカウンターに進んだベンウッドは、開拓村の冒険者ギルド支部で貰った紹介状を取り出した。

「初めまして。南の開拓村のマクリタから来た猟師のベンウッドと言います。これからバリスフォーグで活動を始めますので登録に伺いました。こちらマクリタの支部で作っていただいた紹介状です」

「これはご丁寧に。紹介状を預かります」

 艶やかな黒髪を肩で切りそろえた愛らしい受付嬢は、自然に見える笑顔でベンウッドから紹介状を受け取った。すぐに後ろに控える年嵩で痩せぎすな男性職員を呼び寄せ、確認の上で封を壊して中身を確認する。

 ベンウッドの位置から文面は見えない。内容の照合のために文面の一部に暗号を使用しているらしく、部外者に確認されないための処置だ。

 束ねた3枚の木簡にはベンウッドの活動記録や犯罪歴の有無、マクリタのギルド支部長(支部と言っても職員が3人しかいない零細支部だが)の所管などが掛かれており、一部技能に関する記載はベンウッドも確認を受けている。

 気難しそうな男性職員が文面を読み込みながら眉をよせる。じろじろと不躾な視線を紹介状とベンウッドの間を行き来させ、不機嫌そうに口を開いた。

「……お前さん、異形の森の中層域まで一人で入れると書いてあるが、本当か?」

「? 中層域なら一人で入れますよ」

魔狼(ワーグ)を一人で狩ったと書いてあるが?」

「自衛で狩ったことは何度か」

「……ふん。本当なら大したものだ」

 まるで信じていないような口ぶりで好き勝手に喋り終わると、男性職員は手続きを進めるように指示して後ろに下がった。

 ベンウッドは努めて苛立ちを表に出すのをこらえた。目の前に残った受付嬢を怯えさせたくはない。

 そもそも紹介状を書いたのはギルド支部だし、中身に何か注文をつけた記憶もない。支部の運営体制を疑っているのか、あるいは支部同士でいがみあってるのか。どちらにしてもベンウッドにとってはとばっちりである。

 相手の事情を慮ろうと努力するも、肯定的材料が見つからない。ベンウッドは声を荒げるような真似はしなかったが、どうしても言葉少なくなり笑顔も維持できなかった。

 無表情で無言のでかい男となればそれだけで圧がある。応対した女性職員は必死に誤魔化すように笑みを作っていた。立場上謝るわけにもいかず、かといって追従するわけにもいかず、板挟みのまま粛々と事務処理の続きを促した。

 どのみちバリスフォーグ近辺では魔狼(ワーグ)はいない。誤解とか疑念を放置するのは気分が悪いが、必要な時に適切な方法で証明すれば済む。

 ベンウッドはひとまず後ろにさがった失礼な男のことを頭から追い出し、気を取り直して手続きを進めた。

 冒険者としての登録は名前と技能、連絡先となる定宿の3点が最低限必要となる。これはギルドが冒険者に依頼を配分する際の資料として活用される他、臨時の徴兵の際にも利用されるためだ。

 冒険者は兵隊として使うには技能も素養もばらけすぎているが、対魔物・対魔獣に限れば有効な戦力となる。このためオークやゴブリン、あるいは群れを作る魔物が大集団を作り攻めよせた場合、この登録情報を元に徴兵が実施され、冒険者は戦力化される。

 冒険者の中には素性のわからないヤクザ者も多いが、優先的に徴兵されるという点をもって市民権を得ていた。とはいえ闇の軍勢の襲来を理由とした大規模な徴兵はここ数十年で数回程度しか発生していない。

 オークから奪った南方の砦跡を修復して実際に運用が始まると、常駐の兵士だけでも十分防衛が可能になった事が大きな理由だ。

 今では人里に近いゴブリンやオークの集落を攻撃する際の人数合わせとして利用される程度になり、小規模且つ輪番制で1年1回順番が回れば多い方である。

 ベンウッドはこのあたりの仕組みも開拓村でブランドンから聞いており、受付嬢の説明も一度聞いてあとは特に確認することもなかった。

「宿で荷解きして落ち着いたら、近くの森で猪とか鹿を狩ってこようと思うのですが、狩猟をしてはいけない場所がわかる地図はありますか?」

「でしたら地図の横の掲示板に公示をそのまま記載してあります。今月は街の北側の森が狩猟禁止となっています。禁止区域は季節毎に告知されますので森に入る際は事前にご確認ください」

 聞けば狩猟禁止期間はきこりが大挙して木材の切り出しを行うらしい。木々の手入れや植林などは禁止期間関係なく人が入っているそうだが、人数・規模が多い場合の事故防止が理由だ。

 その他細かな狩猟のルールも多々あったが、概ね開拓村と大きな相違点は無かった。皮や肉の買取の値段は希少性に応じて少々変動があるが、こちらも見慣れた額とそう大差はない。

 ちらりと流し見ただけでも害獣駆除の依頼はかなりの数が貼られており、角兎(ホーンラビット)などは開拓村よりも更に多いだろう。

 角兎(ホーンラビット)は兎に角が生えただけという、子供でも簡単に殺せる魔物なのだが、他の兎と同じでとにかく増えるのだ。

 ウサギと同じく弱い生き物だが、追い詰めるとその角で反撃することもある。藪から飛び出たこいつに大けがをさせられる農夫が毎年後を絶たない。

 弱いくせに安全に狩るには準備が必要と言う面倒な害獣なのだ。それが捕食者の不足により都市部に近い農村ほど個体数が増えて被害も増加する。

 異形の森で魔狼(ワーグ)に先制攻撃できるベンウッドにとって、スカスカの藪や浅い穴に住む角兎(ホーンラビット)は弓の練習に使う的でしかない。しばらくはこの魔獣討伐、と言うのはおこがましい害獣駆除でそれなりの生計が立てられそうだった。

 ベンウッドは受付嬢から業務上の細かな説明を聞きながら、徐々に集まっていた視線が減っていくの感じた。猪や鹿、兎と言った単語を聞き取って大仕事の競合相手でないと判断されたようだ。

 弓にばっかり視線はいくかもしれないが、衣服は安物のチュニックとズボンで迷彩を兼ねた濃緑のクローク以外にあまり目立つ物はない。同業というよりは猟師の副業という評価が周囲の第一印象として固まりつつあった。これは開拓村でのベンウッドの扱いと同様のものである。

 一通りの説明が終わり、宿が決まっていないベンウッドに対してギルド職員は定型的な案内業務に移った。

「宿が決まっていないのでしたら、ギルドから一時的に宿を紹介することも出来ますが、どうなさいますか?」

「いえ、大丈夫です。街に住む知人に手配してもらう予定になっていますので」

 ちなみにベンウッドは割と野宿が平気な人間である。エルフの生活に馴染みすぎており、最初は城の外の林か森で野宿するつもりだった。

 そんなことをしているのは浮浪者か流民か、でなければ盗賊の類だとブランドンに怒られて、慌てて宿のこと考え始める始末であった。

 人間の街で生活するのだから、このあたりの常識は街の人間に倣おうと少しばかり反省したことは記憶に新しい。

「かしこまりました。ちなみにその方のお名前は? 保証人に書き加えておきますので」

「ああ、街の教会のシスター・マリアンです」

「え、シスター…マリアンですか?」

 受付嬢の驚きの声で周囲の視線があつまる。後ろに下がった嫌味な男性職員も完全に手を止めてしまっていた。

 その人物がギルドにとってとても馴染み深い人物であり、同時に誰しもが少なくない恩を受けているのだと理解するのは、このしばらく後のことであった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ