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01:賢者の接ぎ木

 猟師の息子ベンウッドはエルフの賢者イシリオンによって育てられた。かの賢者からはエルフの子供達が学ぶのと同様に、エルフの技術を学び、エルフの魔術を学び、エルフの知識を学んだ。

 弓の扱いから始まり、ありとあらゆる植物の活用方法、獣や虫との付き合い方、森に住む多種多様な種族と部族の文化と歴史等。そして天然自然の魔素を操る精霊魔法の極意まで、養父でもあるイシリオンは惜しげも無くそれらの知識を伝授した。

 年を経て少年は養父の期待に応えて立派な青年に成長した。いまや異形の森中層域の魔物はその多くを独力で撃破できるほどだ。深い森に住むエルフと比較すれば劣るものの、天然自然の精霊と交信する精霊魔法も中等級程度まで習得している。これは闇の軍勢と戦うエルフの斥候部隊と比較しても遜色ない腕前だ。

 ベンウッドはイシリオンと共に過ごしたこれまでの修行、そしてこれまでの生活を気に入っていた。自身がエルフと同じ時間を生きられないことは重々承知していたが、今のような生活がこれからもずっと続くと思っていた。

 身近な村でもそうなのだ。鍛冶屋の息子が鍛冶屋に、農夫の息子が農夫に、パン屋の息子がパン屋になる。自分も当然そうなる。この『異形の森』の森番として生活する。いつか嫁を貰って子を作り、あるいは養子をとって技術を伝えるのだ。

 その思い込みがひっくり返されたのは、成人を来月に控えた14歳の冬。季節が春に移り変わりつつあり、春の訪れを告げる野草がそこかしこで芽吹く頃であった。

 ブランドンと別れたベンウッドは、拠点としている山小屋へ戻るとすぐさま魔狼(ワーグ)の解体に取り掛かった。慣れた手つきで素早く皮を剥ぎ、肉を切り分け内臓と骨をばらしていく。

 肉は薄く切って燻製に、皮は肉や脂を落としてから売り物にする予定だが、ひとまず足の早い内臓の処理を急ぐことにした。

 丁寧に水を替えながら洗い、灰汁を取りながら湯がいていく。この時の水と火は全てベンウッドの真水生成クリエイト・ウォーター篝火トーチの魔法で賄った。魔法の使用は水と薪の節約の為でもあるが、ベンウッドにとっては修行の意味合いが強い。

 ベンウッドが無心に作業を続けていると、艶やかな漆黒のローブをまとったエルフの男が現れた。600年以上生きるエルフの賢者イシリオン、ベンウッドの養父である。

魔狼(ワーグ)の雄か。中々に立派な個体だな」

 イシリオンは取り外された皮をしげしげと眺める。胴体部分に傷がないことを確認し、しきりに頷いていた。

 彼を含めてエルフは皆容姿に優れた者ばかりだが、つまるところ容姿が均質的という意味でもあった。その点でイシリオンはわかりやすい外見をしている。

 若々しい姿を何百年と維持するエルフではあるが、200年以上の年齢となれば経年変化がないわけでもない。イシリオンの場合はその気難しい性格と古い時代の戦争に首まで使った生活が眉間の皺となって残った。

 外神戦争の生き残りである彼はエルフの都市において極めて高い地位にある。彼の着る飾り気のない黒いローブも、彼の地位に即して希少な湖沼蚕の繭を織った絹をふんだんに使用している。

 ベンウッドは詳細を聞かされていないが、外神戦争においては最前線で闇の軍勢と戦い続けてきたという。彼の長命種の知人が断片的に語る内容だけでもまさしく東奔西走。

 多くの戦場を渡り、多くを救い、そして時には多くを失った。多くのエルフが敬意を払うに値するだけの実績を持つ人物だ。

「群れから出た個体みたいです。縄張りに良さそうな土地でも探していたのかもしれません」

「…ふむ。よし、手伝おう」

 イシリオンはローブを脱いで近くの切り株の上に置くと、魔狼(ワーグ)の皮の洗浄を始めた。

 魔法で桶に水を満たし、皮についた血や泥をきれいに落としていく。ベンウッドが肉を切り分ける頃には肉を削ぐ工程に入れるだろう。

 ベンウッドはイシリオンが何か話があって現れたのだと察してはいたが、特に催促するようなことはしなかった。

 イシリオンが話を始めたのは夕暮れ頃。魔狼(ワーグ)の肉も皮も一通り処理が終わり、夕食の準備に取り掛かった頃になってからだった。

 焚火を挟んで串に刺した肉を焼きながら、イシリオンはベンウッドの未来予想図を破壊した。

「ベンウッド。成人の日を境にこの森を出なさい。バリスフォーグの街を拠点とするのだ」

「……え?」

 予想もしてなかった話に固まってしまうベンウッド。イシリオンはそんなベンウッドの驚愕にまるで反応を示さず、串に刺した肉の焼き具合に注意を払っていた。

 ベンウッドにとってイシリオンは恩人であるが、厄介な存在でもある。今回のような突拍子もない発言などはその最たるものであった。

 ベンウッドは驚愕から立ち直りはしたものの、どう反論すればよいかわからぬまま沈黙している。

「不満か?」

「いえ、不満っていうか、俺はここで森番になるんじゃないんですか?」

「誰かそう言ったか?」

「それは…」

 懇意にしている開拓村の村長や鍛冶屋の親父さん、村々を巡回する司祭や行商人等々。出会う人々が揃ってそんな話をしていた記憶がある。

 しかし思い返せばイシリオンの口からそうという話が明言された記憶はなかった。

「死んだ父親に代わりお前が森番になれるように教育するとは言った。だが、この森に居を定めよとは言っておらん」

 まるで詐欺師のような物言いである。ベンウッドはその不満が顔に出ている自覚はあった。

「まるで詐欺師のような物言いだと思ったか?」

「はい」

「少しは取り繕わんか」

 不満顔で溜息を吐かれたが、ベンウッドにとってこの程度は挨拶代わりである。イシリオンはこれぐらい直截でないと理解しないか、理解しても聞かない振りをするのだ。

「…最近までは私もそのつもりだった。この森からは離れるかもしれんが、お主の父親の希望通りに、お主は森番になるのが良かろうとな。だが少しばかり予定が…変わってな。お前をこのまま森で住まわせておくのは良くないと判断した。森番しか出来んように育てた覚えはないから、街に出ても何なりと仕事はできよう」

「それはまあ、何かしら出来ると思いますけど…」

「ならば良かろう。私は明日、この森を去る。お前も一ヵ月で準備と別れを済ませて森を出よ。森に入って生計を立てるなとは言わん。だが、以後は森を住処とはするな」

「………わかりました」

 ベンウッドは言いたいことを丸ごと飲み込んで不承不承ながらうなずいた。イシリオンを難儀な性格と評していても、彼の決定に逆らう気はなかった。父の死後に今日これまで育ててもらった恩を忘れてはいない。

 ベンウッドの父は食料と財産目当てに村を襲った盗賊に応戦し、体に矢をいくつも受けて壮絶な最期を遂げた。襲撃直後で多くの物や人を失った村では、別の猟師を雇ったり育てたりする余裕が無く、ベンウッドも別の家で別の家業をさせられる予定だった。

 この苦境の中で村の復興を手伝い、その一環として猟師の養育を請け負ってくれたのがイシリオンである。周辺地域でエルフやドワーフに対する人攫いが横行する中でのことなので、養父にも何らかの思惑や打算はあっただろう。

 そうであっても受けた恩には変わりはない。自身がバリスフォーグの街で住むことによりイシリオンの益となるのであれば受け入れる。だから不満には思いつつも、決定には逆らわなかった。

 とはいえ、それと関係なく不安は大きい。ベンウッドには人の多い場所に住んだ経験がほとんどなかった。

 ベンウッドが移住しろと指示されたバリスフォーグは異形の森にもっとも近い城塞都市で、都市内部には領主の居館も存在する。週に1度か2度の頻度で開拓村に物を売り買いしにくる商人がバリスフォーグを拠点にしていると聞いており、その商人には何度か皮や薬草などを売った事もある。

 言ってしまえばベンウッドにとってのバリスフォーグとはその程度の認識と距離の街であった。そんな難題を吹っ掛けた上で今日まで導いてくれたイシリオンは明日から居なくなると言う。

 結局その日は見た事のない街という存在が不安として残り、さっぱり眠れないまま夜を過ごすこととなった。

犬肉の味は鶏っぽいとか聞くし、魔狼もいけるでしょ。知らんけど。



2025/03/25 一部加筆修正。書式の誤りの修正

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