16:思想的ハーフエルフの取り扱い2
かくして辺境の村は救われた。バジリスクの腹に収まる他無かった村人達は生き延びたのだ。
バジリスクの誘導のために犠牲となった死者は兵士3名と村の住人2人。
決して軽い被害ではないが、本来の想定を思えば軽微と言って良い損害だろう。
重傷の者もマリアンの神聖魔法があれば後遺症もなく快癒する。村を立て直せない程ではない。
戦勝の熱から覚めた村の住人達は総出で戦いの後始末を始めていた。
死者の回収、負傷者の治療、家屋や壁の最低限の補修、そして広場に鎮座するバジリスクの解体だ。
死者の親族達が悲しみにくれる一幕もあったが、彼らは積極的に事後処理に参加している。
感情を整理するには時間が必要であるし、忙しい仕事は気を紛らわせてくれだろう。
村の人々がそのように慌ただしく動き回る中、ベンウッドは村の壁の外、川岸の砂地に居た。
一人で焚火の火をぼんやりと見つめ、時折枯れ枝を投げ入れては火が消えないように番をしている。
仕事をしていないわけではない。彼にしか出来ない仕事がこれだ。
焚火の中心で燃やしている革袋には、バジリスクの頭部から切り出した毒腺とその周辺の肉が押し込められている。
村人達がバジリスクの解体を始める前に、無害化の処理として彼が切り取ったものだ。
部位の切り取りにおいては魔法の防御無しでは揮発した毒にやられてしまう。
こうして燃やしている最中でも同様だ。毒腺と汚染された肉が完全に炭化し、無害化するまでは火の番を続けなければならない。
この作業の為に彼は周囲への立ち入りを禁じ、1人闇の中で火と見つめ合っている。
毒腺の入った革袋が焼けていくのを眺めながら、ベンウッドはこの一連の騒ぎで感じていた違和感の答えに思いを馳せていた。
ベンウッドは過去にイシリオンの討伐したバジリスクの解体に参加したことがある。
その時に見たバジリスクの毒腺に比べて、今回のバジリスクは毒腺は更に小さくなっていたのだ。
イシリオンが深層で討伐した個体は体の大きさでは同程度だったが、毒腺のサイズはこの倍以上はあった。
そもそもの話で言えば外神戦争の頃のバジリスクの毒は、全身の肉にも行き渡っていたとイシリオンから聞いている。
バジリスクを討伐した後もその毒が大地を汚染し、辺りを一帯を完全に焼き払うまで毒が消えることがない。
そのような厄介な魔物だったのだ。バジリスクは邪神よりもたらされた潤沢なマナにより強力な毒を作り、あらゆる生き物を殺すために深い森を徘徊していた。そうあれかしと邪神に作られた魔物なのだ。
それが今やバジリスクの毒腺は大きめの背負い袋に入ってしまう程度。
全身の毒も抜けて久しい。肉も皮も巨大である以外は普通の蛇と大差ないものになった。
世代交代を繰り返す中でバジリスクの毒は減衰し続けている。毒が減衰すれば体の維持に必要なマナも減る。
毒腺の縮小が終わればやがて体も小さくなり、いずれは異形の森深層ではなく、中層をうろつく魔物の一種になってしまうだろう。
この騒ぎはバジリスクが魔物からただの動物に変化していく過程の事件だったのだ。
これはバジリスク単体の話ではなく、異形の森の魔物全てに共通して言える現象だ。
深層の魔物は寿命が長く繁殖の遅い種が多いため、未だに変化の途上にある。
一方で浅層や中層の魔物は寿命が短い物や繁殖力に優れる種が多いため、この変化は更に早い。
角兎などは頻繁に原種と交雑を繰り返し、早々と魔物から普通の動物に代わってしまった。邪神のマナに起因する凶暴性を失って久しい。
農夫達は角兎を危険な動物と認識しているが、魔物と認識している者は既に少ないのではないだろうか。
「………はぁ。格好つかないな」
深いため息が出た。分析を深めれば深めるほどに、自身の不甲斐なさが詳らかになっていくからだ。
イシリオンの薫陶を受けて、自身は死んだ父を越える戦士になった。
猟師としての経験や知識はともかく、エルフ仕込みの精霊使いである分だけ、戦闘力では確実に勝っているはずだ。
だというのに弱体化した魔物一匹に振り回され、非戦闘員である村の住人を2人も死なせてしまった。
死なせただけではなく、その多くを盾や囮として利用までしている。
もっとたくさんの死人が出ても少しもおかしく無かった。
現状で出来る事を最大限やったかもしれないが、エルフの森番に課せられた役割を果たしたとは到底言えない。
原因ははっきりしている。自分は街の人間になるつもりでいながら街に馴染む事をせず、戦士として頼るべき人々を探していなかった。
冒険者ギルドのやり方に腹が立ったのは事実だが、それならばそれで教会所属の神官戦士やその仲間達ぐらいとは交流をしておくべきだったのだ。
頼れる前衛を一人、あるいは頼れる魔法使いを一人でも連れていれば、このような難事にはならなかっただろう。
そしてこれまでの自分が恵まれていたことも改めて実感していた。
同じように強力な魔物が集落近くを徘徊している場合、イシリオンだけではなく他のエルフの森番達も快く力を貸してくれていた。自身が守るべき対象も少なかった。
自分の至らなさを思うたびに死者の顔を思い出す。
村人も兵士もマリアンも、揃ってよくやったと戦果を称えてくれるが、ベンウッドの気持ちはどうやっても晴れない。
だからこうして火の番をしながらも、彼らとの会話を避けられることを内心では有難く思っていた。
村人も兵士もベンウッドの様子を見て、無理に声を掛けようとはしない。
例外は不機嫌そうなベンウッドに物怖じしないマリアン司祭だけである。
「ベンウッド」
夜の静寂を乱さぬように、低く抑えられた声が届く。
ベンウッドは彼女が村の門を出たあたりから気配に気づいていた。
マリアンの足取りは確かだが、いつものような余裕が見えない。動きが乱れないように気を張っている気配があった。
マリアンはベンウッドから10歩以上離れた場所で立ち止まると、今にも燃え尽きそうな焚火に視線を移した。
「もう近づいて大丈夫?」
「…うん。大丈夫だよ」
念のためにベンウッドは、風の精霊に呼びかけて風向きがマリアンに向かわないように調整する。
それを見届けてからマリアンはベンウッドに並ぶように砂地の上に腰を下ろした。
手を伸ばせば届く距離だがそれ以上は近づかない。
ベンウッドが街でマリアンと再会してから数週間、2人の距離は変わらないままだ。
「…無理をさせてごめんね」
「なんのこと?」
「貴方の流儀に合わないこと、してもらったでしょ?」
「……ああ。いいよ、気にしてない」
平地で待ち構えての正面戦闘が流儀に合わないのはその通りだ。
しかしベンウッドがやりたいようにやっていれば今頃この村の人口の何割かはバジリスクの腹の中だっただろう。
半分程度は逃げ切ることが出来るかもしれないが、他の村で受け入れられるかはその土地の蓄えと運次第だ。
奴隷落ちの場合でも、食事がつくならマシともいえる。彼らを救うために必要な事と考えれば不満は無い。
そういう風に頭では考えてはいたが、不機嫌そうな顔をしていただろうか。ベンウッドは火を見つめたまま自問する。
こうした長い付き合いのマリアンの方が上手であった。
「私が居ないほうが、もっと戦えた?」
「………そうじゃない。そうじゃないけど…」
驚くほどに感情を見透かされていた。バツが悪くなったベンウッドはマリアンに表情が見えないように顔を逸らす。
彼女の指摘する通り、今思い悩んでいることの大半が、マリアンに起因する。
ベンウッドはマリアンの安全を確保する為に、戦いの素人である村人達が肉壁となることを意図的に見過ごした。
死んだ村の男達にも、彼らを大切に想う親兄弟に妻や子供がいただろう。その悲しみの声を聞きながら、聞こえないふりをした。
肉壁とされたことで村人から何か異論が出たわけではない。
唯一魔物を撃破出来る戦力として、損傷した肉体も癒す司祭として、二人は尊重されていた。
だからこそ余計に、公平さを崩してはいけない立場だったのだ。これは戦士の振舞いではない。死んだ父の理念にも反する。
自身が卑怯な振る舞いをしたという後悔が、知らずの内に顔に現れていた。
「……私はもう休むから、ベンウッドも良いところで休みなさいね」
「……そうする」
自身の抱えていた感情を何一つ言葉にも出来ないまま、静かにマリアンを見送った。
彼女やガナドゥール司祭は常にこんな重責を感じながら務めを果たしているのだろうか。
自分の言葉一つで多くの人の生き死にがあっけなく変わってしまう。
その中に自身の家族や友人などの大切な人も含まれているが、それを優先することは立場上許されない。
そして多くの場合で扱うべき課題は人の手に余るものばかりだ。司祭達の抱える課題であれば猶更だろう。
たった数週間街で暮らしただけのベンウッドにも、あの街が多くの問題を抱えていることはわかる。
とても1個人や1組織で解決できるような問題でもないのに、彼らは1個人や1組織での対応を余儀なくされている。
その現状を知った上で改善、あるいは現状維持に努めている。立派なことだ。そして、恐ろしいことだ。
自分は何をどうすれば彼らの助けになるのだろうか。少なくとも、毎日獣を狩ったり湯を沸かしたり程度で変わる話ではない。
今のベンウッドには何も思い浮かばない。街の人間になりきれていないからだ。
はっきりと何をすれば良いかもわからないが、今日のような怠慢は二度とすまいと誓いを立てることにした。
改行とか台詞の表示に試行錯誤しています。




