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15:猛毒の大蛇バジリスク#3

 開拓村は3度夜を迎えた。夜となれば異形の森より夜行性の魔物が姿を現すこともあるが、この頃は異様に夜が静かであった。

 後から考えれば、バジリスクを恐れて他の魔物が逃げ去っていった結果であったのだろう。数が多く頻繁に目撃されるゴブリンすら一度も報告に上がっていない。

 春の風が麦の穂を揺らす穏やかな音が届くばかり。その日も奇跡のように何もない夜であった。その瞬間までは。

 バジリスクが現れたのは日が暮れてから3時間程経った頃。南西の門の側に建てられた見張り櫓の兵士2人が最初の標的となった。

 何も見えない夜闇の中から蛇の顔が浮き上がり、すぼめた口から霧状の粒子が振りまかれる。直撃すれば即死、掠っただけでも数日苦しみ抜くことは間違いない猛毒だ。しかしこの毒の霧は彼らに届くこと無く、周りに浮かぶ薄い水の膜によって防がれた。


「!! 敵襲!!」

「ホントにきやがった!!」

「あわてるな! 予想通りだ!」


 兵士2人は無事だった。これはベンウッドの水膜(ウォータースクリーン)の術の効果だ。本来は火炎の吐息のダメージを軽減するために運用する魔法だが、これは空気中に浮遊する微細な粒子も完全に防ぐ。

 ベンウッドはマリアンの協力の元、村の外を睨む見張り台の兵士6人全てに、効果時間を延長した水膜(ウォータースクリーン)をかけていた。更には魔法の効果が長持ちするように見張り櫓に水を入れた壺を持ち込ませ、定期的に自身の周りに水撒きをするよう伝えている。これが奏功した。

 命を拾った兵士2人は警戒を叫びながらも躊躇なく梯子を伝って落ちるような速さで櫓を降りた。

 騒ぎに気付いた他の櫓の兵士が警鐘を打ち鳴らし、準備していた村の男達が続々と長柄の武器を持って広場に集まり始める。西側の家屋に住んでいた女子供と老人達も、手を取り合ってあらかじめ決められたとおりに避難を開始した。

 村の住人達が慌ただしく動き回る中、バジリスクはそれらにまるで頓着する様子も見せない。空気の抜けるような威嚇音を鳴らしながら、堂々と村の中へと侵入していた。篝火に照らされた巨大な影がゆっくりと家屋を乗り越えながら姿を現し、下敷きにされた家屋からみしりみしりと壊れていく音が響く。

 成体のバジリスクはとぐろを巻いた状態で農夫達の家より更にでかい。胴体の太さは大人の腰ぐらいまであり、鎌首をもたげた時の高さは2階建ての家と同程度に高い。遠目には細く見える

 バジリスクを包囲する為に駆け付けた兵士達も、その巨大さに圧倒されて身を固くしていた。その場に踏みとどまれたのは、背後に逃げる村人が居た事と、死を覚悟した者特有の意地ゆえであった。



 村の誰もが夜闇より現れた巨大な魔物に恐怖していたが、実際のところ作戦は順調な推移と言えた。一番恐れていた最初の一撃を被害無しで乗り切れたからだ。

 忍び寄って来たバジリスクが毒霧を最初に使うかどうかは賭けだった。この村は魔物襲撃に備えて見張り櫓も村を囲う壁も丁寧に作ってあったので、いきなり構造物に激突してくることはないと踏んでいたが、これは絶対ではなかった。

 この予想に対する準備の代償としてベンウッドは魔力欠乏となっている。精霊の声を聞くのも億劫になるほど魔力を消耗しており、連日夜は村長宅の客室で瞑想、あるいは睡眠にて魔力回復に努めていた。連日連夜の重労働であったが、被害無しで迎撃態勢を取れたのならば十分に価値があった。

 この日も同様に村長宅の客室で仮眠を取っていたベンウッドだが、打ち鳴らされる警鐘に気づいて目を覚ました。魔力は全快には程遠く、その分だけ体が重い。なんとか身を起こして弓と矢筒を手に取り、応接間に入った。

 応接間では既にマリアンとパーシー兵士長が準備を終えていた。マリアンは普段使いの裾の擦り切れた修道服ではなく、黒く染め上げた祭礼用の修道服を身にまとっていた。魔術の刻印を銀糸で裏地に縫い込んでおり、薄い布ではあるが着用者の魔力を通すことで分厚い革鎧に遜色ない硬度となる。

 戦闘に直接介入すると決めて以降、マリアンは常にこの衣装を使用している。戦闘の不得手な彼女だが、卓越する魔力で衝撃(フォース)の術を使えば十分な打撃力となる。

 一方のパーシー兵士長は魔獣革製の鎧による完全武装だ。レッドメイン卿の領内における特産品の魔獣革をふんだんに使った制式装備である。これに加えて今回は兜に仰々しいトサカのような装飾を施してある。これも対バジリスクのための仕込みだ。


「どこからですか?」

「西門からです」

「わかりました。行きましょう」


 短いやり取りで最低限の確認を済ませ、一行は村長宅を出る。村の西側では兵士達と村の男達が総出でバジリスクの包囲を進めていた。

 男達が槍や弓を持って周囲を固めつつあるが、個々に動くだけでは包囲は完成しないだろう。バジリスクが前に進めば、こちらは合わせて下がる。あるいは逃げ惑うことしか出来ない。

 時間の猶予はそれほどない。3人は作戦を次の段階にすすめる事にした。


「ではパーシー兵士長、始めますね」

「うむ。頼んだ」

「ベンウッドも良いわね」

「もちろん」


 マリアンとベンウッドは二人揃ってパーシー兵士長の左右の手を取る。目を閉じて内なる魔力に意識を集中し、それぞれに魔力を放出した。


加護(プロテクション)!」「石肌(ストーンスキン)!」

抗毒(アンチポイズン)!」「水膜(ウォータースクリーン)!」

聖鎧(ホーリーアーマー)!」「飛翔体防御ミサイルプロテクション!」


 身体の上に防御膜を作る加護(プロテクション)、皮膚そのものの硬度を高める石肌(ストーンスキン)、あらゆる毒を抗体を得る抗毒(アンチポイズン)、毒霧を回避する水膜(ウォータースクリーン) 、鎧の硬度を高める聖鎧(ホーリーアーマー)、飛来する物体は礫なども防ぐ飛翔体防御ミサイルプロテクション

 魔法の守りが淡い光となって折り重なる。バリスフォーグでも指折りの高位神官(プリースト)精霊使い(シャーマン)による防御魔法の重ね掛けだ。生半可な攻撃では傷一つ負うことはないだろう。


「これはまるで、物語の英雄のような手厚さですな」


 僅かに興奮した様子でパーシーは笑みを作る。それは武者震いでもあった。物語の英雄のような手厚い防御魔法が必要ということは、相応の苦難に挑む必要があるということでもある。


「……ご武運を」


 マリアンとベンウッドはそっと手を放す。

 パーシーは大きな赤いトサカのついた兜をかぶり直した。バジリスクに特別な個体であると印象付けるためだ。個体識別の出来ないバジリスクだが、それでも大きな違いがあれば個体を認識する。パーシーはこれから兵士と村の男達を指揮しつつ、ベンウッドの準備が整うまで囮を努めなければならない。言うまでも無く最も危険な役割だ。それでもパーシーは怯むことなく容易に人を丸のみにする魔物の前に駆けて行った。

 


 マリアンとベンウッドがパーシーを送り出した頃には、バジリスクを囲む陣形が形だけは完成しつつあった。

 兵士3人ずつ左右と正面にわかれ、その後方に長柄の武器を持つ農夫達、更に後方に弓や弩を持つ農夫達が陣取っている。どの方面もやることは変わらない。槍を前面に突き出してバジリスクの噛みつきを牽制し、後方の弓と弩の攻撃でダメージを与えていく。これがオークやゴブリン達の常用する対バジリスクの戦術だ。

 しかし効果は芳しくない。牽制出来ているのでまだ死人は出ていないものの、傷を与えるには武器の質が悪すぎるのだ。農夫達の長柄の武器の一部は兵士達と同じ鉄の穂先持つ槍を使っているが、大半は農具のフォーク、悪いと棒の先端に尖らせた石を固定しただけの石の槍だ。

 弓や弩は領主の政策もあってマシな物が揃っているが、週末にだけ練習している程度の素人では効果的な命中は期待できない。異形の森深層の魔物の中では表皮が脆弱な部類のバジリスクではあるが、素人の槍や弓で易々と貫通できるほど軟くはない。討伐に兵士100人が必要という試算は伊達ではないのだ。


「3班、突けーっ!」


 バジリスクの動きを注視しつつ、3班を率いていた年配の兵士が叫ぶ。バジリスクが左を向いた隙に、その反対方向で構えていた兵士が前に出た。兵士達に合わせて村人達もバジリスクに襲い掛かる。

 とぐろを巻いていた胴体を何か所も刺され、たまらずバジリスクは刺された側に顔を向け威嚇する。威嚇された男達はバジリスクの狙いが定まらないうちに、槍で牽制しながら距離を取った。

 そうして右へ左へと頭を動かすバジリスクに後列から矢を浴びせかけた。矢の雨というほどではないし精度も甘いが、的がでかい事で命中はしている。そのうち何本かはバジリスクの胴に深く刺さった。

 しかしその程度ではバジリスクの動きは衰えない。少々矢が深く刺さったところで、人間でいえば小さい棘が深く刺さった程度。押しとどめるには圧倒的に数が足りていない。バジリスクは村の抵抗をものともせず進んだ。逃げ回る雄の成体ではなく、巣を潰して雌や幼体などの足の遅い個体を狙う。効率よく獲物を狩る手段としてこの魔物も他の動物と同じ作戦を取った。

 ここでパーシーが前線に姿を現した。バジリスクには彼の言葉の内容は理解できないが、その身が魔法による加護を得ていることはすぐに理解した。バジリスクはすぐさまパーシーに狙いを変え、彼の居る班を執拗に狙うようになった。

 他の動物と違って魔物であるバジリスクは知能が高い。襲撃する相手の戦力を事前に調査する程度のことはするし、リーダーがいれば優先して狙うこともする。

 バジリスクに狙われていることを理解しつつもパーシーはあえて突出した。愛用の鉄槍をしごきながら大声でバジリスクの注意を引く。バジリスクは誘われているとは考えず、すぐさまパーシーをまるのみにしようと首を突き出した。

 本来なら牙によって毒を打ち込みつつ、引っ掛けて喉奥に引きずり込む動作だ。しかしバジリスクの牙はパーシーの鎧の上を滑った。小さな生き物の意外な抵抗に、バジリスクは警戒を強めた。威嚇音を鳴らしながらパーシーを見据え、再び飛び掛かる機会を測った。


(危なかった。流石に前に出過ぎたか)


 パーシーは一歩下がって村の男達の稚拙な槍衾の先頭に立つ。周囲を見渡し、まだ村人に被害がないことに安堵した。ここまで作戦は順調な推移を見せているが、曲がりなりにも寄せ集めの槍兵と弓兵でここまで戦えているのは、ベンウッドの訓練のおかげだ。

 二日目の昼、ベンウッドは蛇を一匹異形の森で捕まえていた。ネズミや兎を狙うかなり体の大きい蛇で、凶暴だが毒はない種類の蛇だ。この蛇を教材としてバジリスク戦の基本的な練習を行った。蛇の視界がどこにあるのか、狙いを定める時はどのように動くか、蛇の噛みつきはどれぐらいの間合いがあるのか、等。

 巨大になっても蛇は蛇。動きは同じだ。この蛇で基本的な動きを学び、空家の屋根に的になる旗を立て、これをバジリスクに見立てて包囲の訓練もした。訓練の効果は覿面に出た。蛇が動く時はどのように這いずるのか、鎌首をもたげた蛇の間合いはどの程度か。急場しのぎではあったが、知識が彼らを勇敢にした。

 しかしそれらは付け焼刃。それでバジリスクが殺せるなら英雄は必要ない。村人の動きにバジリスクが慣れて大胆になり、村人の心にささやかながらも油断を生まれた頃、ついに最初の犠牲者が出た。


「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 前に出過ぎた若い男が頭から食われた。バジリスクはあっという間に獲物を喉の奥に押し込んでいく。

 暗闇の中に響く見知った仲間の悲鳴に、村人達は動きを止めてしまった。抑え込んでいた恐怖がじわりじわりと這い出して来る。


「怯むなーー!! 突けーー!」


 パーシーが声を張り上げ、兵士達がそれに続く。村の男達も遅れながらもそれに従った。誰かが食われている間はバジリスクは攻撃手段がない。あの頭にだけ気を付ければ良い。練習用の捕まえた蛇がネズミを飲み込む様を見ながら、何度も教わったことだ。

 獲物を飲み込み終えたバジリスクは、そうして小賢しくも下がっていく集団めがけて喉から毒霧を噴霧した。直撃した兵士3人のうち見張りに立っていた2人は毒の効果を受けなかったが、残った1人は激痛に叫び声をあげてのたうち回る。

 毒を霧としての噴霧するやり方はそう何度も使えないが、その何回かで発生する被害だけは回避しようがない。

 バジリスクの優位は動かない。槍と弓を相手に慎重になったが、最初の頃のような逃げようとする素振りが無くなった。恐らく村人達が恐怖していることも理解しているのだろう。

 村人の力を見切ったと判断したのか、バジリスクの動きは更に大胆になった。やや注意散漫気味な動きをしていたが、ここに来て明確にリーダー格の個体を狙うような動きに変化する。

 バジリスクは派手な外見のパーシーに今度こそ狙いを定め、執拗に距離を詰め始めた。パーシーは動きの変わったバジリスクの動きを槍衾で牽制しつつ、村の中心である広場までゆっくりと下がった。

 焦って下がれば村人達の動きが後退ではなく逃走となり、士気が崩れて戦線が崩壊するだろう。恐怖に飲まれてはいけない。少なくとも指揮官である自身だけは恐怖を見せてはいけない。

 パーシーは今にも震えそうな腕をなんとか御し、男達と声を掛け合いながら恐怖を誤魔化す。そうしてじわりじわりと後退を続け、ようやく広場の中央までバジリスクを誘い出した。


「よし、止まれ!」


 パーシーの号令に合わせて男達はその場で隊列を組みなおした。槍を前に突き出し、槍衾を形成する。

 家屋の上に乗った弓隊も合わせて射撃を再開した。その後方を右翼と左翼に別れた部隊が追いついて道を塞ぐ。

 バジリスクの目は未だにパーシーを追いかけており、後方の吹けば飛ぶような弱い生き物は目に入っていないようだ。


「この場で押しとどめろ!」


 ここが正念場だ。パーシーはバジリスクの注目が自分から離れないように、自身も槍をしごいて最前列で戦った。



 この作戦においてベンウッドから前線の男達への要求は二つ。射線が通る場所に誘い出すこと。魔法の準備中に移動させないこと。

 兵士長は自分を囮に撤退することで広場に誘い出し、二つの部隊で背後を取る事で移動を封じた。


 「………パーシー兵士長がやってくれた」


 後方より精霊の力で戦場の様子を窺っていたベンウッドが静かに立ち上がった。

 前衛(パーシー)達は見事に務めを果たした。このままバジリスクをその場でつなぎとめてもらう。あとは後衛である魔法使い(ベンウッド)の仕事だ。


「マリアン、頼む」

「ええ」


 事前の打ち合わせ通り、短いやり取りで魔法の準備が始まる。闇の中でマリアンは跪き、両手を胸の前で合わせて神に祈りを捧げた。


「我らが神よ。今一度、我らが勇者に力を与えたまえ…魔力譲渡(マナ・トランスファー)!」


 深い祈り、正しい手順、言葉による魔力の固定。マリアンの神聖魔法は最大の効果を持って行使される。マリアンの魔力が流れ込み、ベンウッドの体内で再び魔力が循環し始めた。

 マリアンはベンウッドと同じくイシリオンの訓練を受けた仲間。そこらの冒険者の魔法使いとは違って、マナ総量が圧倒的に多い。他の神官が同様の回復を行おうとすれば、3人がかりになるだろう。


「これで私もほとんど余剰無しよ」

「わかった。ありがとう」


 ベンウッドは自作した急造の槍を手に取った。穂先は尖らせた黒曜石、柄はまっすぐに伸ばした樫の木の枝。粗末な取るに足らない石の槍だ。

 だが今回の魔法においてはこれこそが最適解となる。魔法との親和性の高い魔法銀などの一部金属を除けば、加工を最低限に抑えたこの手の原始的な道具こそが精霊魔法の触媒に適しているのだ。

 ベンウッドは槍の穂先を天頂に向け、杖のように構える。体より溢れるマナを石の槍に馴染ませながら、精霊の声に耳を傾ける。

 緩やかに流れる風、浮き上がる霧の雫、空を覆う闇、燃え盛る篝火、人の営みを受け止める土。全てが耳の奥に自らの有り様を伝えてくる。闇の向こうにとぐろを巻くバジリスクの姿が見えた。


「…よし。捉えた」


 蓄えた魔力を放出する。魔力に反応して彼の周囲に風が巻き起こった。魔力の中心である石槍は周囲の土を取り込んで穂先を巨大化させ、それを支える柄は徐々に厚みを増していく。ベンウッドはそうして石槍に魔力を練り込みながら、イシリオンに教わった通りに空気の質量を思い浮かべた。

 イシリオンが言うには、この世界の風とはつまり「空気」という流体の動きであるらしい。川の流れに逆らって泳ぐのが難しいのと同じように、嵐の日に風に逆らってまっすぐ歩くことは難しい。空気は水と同じように質量を持つ。ならば魔法はどのような形状であるべきか。何をどのように精霊に願うべきか

 自然現象への理解が魔術行使の具体性を増し、魔術の安定性と威力を押し上げる。エルフの魔法行使が軒並み強力なのは、このような科学的な知識によるものだ。ベンウッドもまたこの恩恵を受け、最大限利用している。


「これらの知識を前提として、精霊魔法の奥義を授ける。この魔法は高位の精霊魔法の中において、数少ない小規模の攻撃魔法だ。そしてこの魔法はお前に向いている。エルフよりも重い武器を使えるお前なら、エルフ達よりも上手く使いこなせるだろう」


 徐々に巨大化する槍は彼の体格に合わせて長大だ。この槍の重量が威力に直結する。細身のエルフ達ではこの寸法の槍を構えることが出来ない。

 ベンウッドは杖として扱っていた石槍を逆手に持ち替え、肩に担いで大きく後ろに引いた。全身にたぎる魔力を限界まで槍に込めていく。詰め込んだ魔力は既に抑え込める限界に近い。ベンウッドは暴発しそうな魔力を必死に制御する。

 バジリスクは風の流れの変化に気づき、遠くからベンウッドのほうに顔を向ける。だが遅い。この距離ではマナ総量しかわからないだろう。


(弱い獲物ばかりで油断したな。その半端な頭の良さが命取りだ)


 遂に術は完成した。これはマナの爆発による物体の射出と空力の軽減による合わせ技。石礫(ストーンブラスト)物体投射(シュートミサイル)とは比較にならない速度で投射物をぶつける一撃必殺の魔法。

 考案者であり名手でもあったハイエルフの女性にあやかり、付けられたこの魔法の名前はーーー。


 「戦乙女の投げ槍ヴァルキリー・ジャベリン!!」


 発動の言葉同時に、渾身の力で槍を投げ放った。槍は音の速度を越えて直進する。投擲された槍は狙い違わずバジリスクの顎から頭頂部へと深々と突き刺さった。完全な致命傷だった。

 毒液交じりの血を吹き出しながら暴れまわるバジリスク。しかし最後のあがきにすぎず、兵士と村の男達の囲みの中で、徐々にその力を失っていく。

 やがて致命傷を受けて暴れまわっていたバジリスクが完全に動かなくなる。村の中を照らす篝火のパチパチとはじける音だけが聞こえていた。


「…やったぞ。バジリスクは死んだ! 俺達の勝ちだ!」


 パーシー兵士長の喜びの声が響き、戦う男達から歓声が上がった。避難していた女や子供達も家から飛び出し、互いに抱き合って勝利の喜びに沸き上がった。

 ベンウッドは溢れんばかりの勝鬨を遠巻きに聞きながら、倒れ込むように地べたへ腰を下ろした。

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