11:噂の神官戦士見習い(仮)
教会の神官達は昼前には公衆浴場の無料開放を終え、教会に戻って孤児院の子供達と揃って昼食を取った。スターダ教会では特段の理由がない限り、孤児も神官も食堂で揃って食事をとる。普段は同じ敷地内の療養所・孤児院・教会と別れて生活している人々が、一同揃って交流するためとしている。
ガナドゥール司祭の発案によって行われているが、他所の部署の互いの動きと人員を把握しておくという、防犯上の理由も大きい。この食事の輪の中にベンウッドは招かれていた。石造りの広い家屋の中は準備を進める大人と、待ちきれずに騒ぎ出す子供の喧噪で溢れている。ベンウッドは客分ではあるが、じっとしているのも性に合わず椅子や机の移動を手伝った。
この日の献立は鹿肉と野菜を煮たスープと固いパンのみ。育ち盛りの子供や肉体労働を主とする大人達には少々物足りないが、そうでないなら少し多いぐらいの分量だ。普段はスープに肉は入らず、だいたいは野菜くずの出汁と塩だけで味付けしている。この変化は最近のことで、シスター・マリアンが猟師のベンウッドを連れて来たことで発生した恩恵の一つだ。
基本的には教会の衣食住は自給自足の他、寄付あるいは神聖魔法の行使に伴うお布施などで賄われている。この教会は街の外で畑をもつ教会からは農産物を受け取る一方で、街で安く仕入れられる物品を他の教会に供出していた。例えば衣類であったり海塩であったりだ。
ここにベンウッドが毎日のように獲物の肉を持ち込んだ。鹿や猪、兎に鴨、時に熊なども持ち込まれる。それらの新鮮な肉はそのまま神官達や孤児院の子供達の食卓に上った。肉の比率が多すぎても贅沢が過ぎると批判を受けそうなので、収められた肉の一部は肉屋に売って野菜を買うようにしたが、おかげでここ数日は子供達に満足いくまで食べさせることが出来ている。
更にベンウッドは獲物を持ち込むだけでなく、子供達に獲物の解体方法や、肉の各部位の調理方法など、子供の職業訓練の教育にも進んで協力した。希望者には弓を持たせて使い方を指南し、一定以上の腕前になれば近くの森まで狩りに連れて行っても良いと請け負っている。孤児達は今後ある一定の年齢に達すれば、大人と同じ仕事を覚えるべく職人組合に行かなければならないが、その際にこれらの技術を持っていれば各組合への紹介も楽になるだろう。
ベンウッドは部外者でありながら教会の運営、特に孤児達の養育に関して多大な貢献をしている。シスター・マリアンがそんな彼を教会での食事に誘うようになっても、文句を言う者は誰一人居なかった。
「……ちなみにベンウッド、それで食事は足りてるの?」
マリアンは向かいの席でもりもりとスープとパンを旨そうにかきこむベンウッドを眺めながら、かねてからの疑問を投げかけた。
「足りないよ。あと3人前ぐらい欲しい」
ベンウッドは皿に残ったスープをパンできれいに拭って食べながら、割とあっさりと不足を認めた。彼は他の神官や子供と並んで同じ物を同じ量だけ食べているが、普段の彼の食事量はこの比ではない。
マリアンの知る頃から同年代に比べてよく食べる子供だったが、今も体の維持のためによく食べる。その結果がこの体躯である。
「足りないからいつも外で食べてる」
この「外で食べてる」という言葉、周りで聞いていた教会関係者は屋台や食堂で食べているかのように誤解していたが、実際は森での拾い食いである。
可食部の少ない小動物、毒のない昆虫、畑の野菜と近縁種の雑草等、その場で洗ったり焼いたりしてもりもり食べている。普段からこのような食生活なので、以前実際に目の当たりにしたドミニク達はそっと距離を取っていた。ドミニク達に限らず冒険者は移動途中の食事に難儀している。その辺の草や虫をおいしく食べられるなら持ち込む保存食は大いに圧縮される。誰もが一度は思いつくこの名案だが、試そうとしないのは先人の教訓ゆえである。中層域のど真ん中で食あたりなど起こせば、それこそ命に係わる。
ベンウッド自身は街の人々と違う物を食べているという事実に興味はなく、むしろ競合相手の不在により森の植生が豊かだと喜んでいるぐらいだ。イシリオンとドワーフの里を訪れた時に食べた、あの土臭い養殖大ミミズの肉に比べれば、大体の物はおいしく食べられるという開き直りもある。
教会の食事は量はともかく賑やかで楽しかった。孤児院の子供達が並んで食事しているのだが、これがまた人数が多いのだ。孤児院全体で200人はいるだろうか。面倒を見る方はたまったものではなかろうが、この賑やかさはまだ故郷の村で住んでいた頃を思い出させた。子供達はよくマリアンに懐いていた。彼女の言葉はハキハキして聞く者を安心させる柔らかさがある。彼女が穏やかに話しかけると、大半の子供達は大人しく彼女に従った。神官や修道女達は遠慮してマリアンとベンウッドの会話に入ってこないが、遠慮のない小さな子供達は何かとマリアンに構ってもらおうと、たどたどしい言葉で話しかけたり、袖を引っ張ったりする。ベンウッドもそれを咎めたりする気はなかった。しばらく会わない間に彼女が築いた信頼を、壊したり歪めたりしたくなかった。
賑やかな食事が終わると、後片付けを終えた者から仕事に戻っていった。子供達は昼からは座学の予定で、街の他の子供達と一緒に読み書きや初歩の算術を教わる。
先程までの熱気は嘘のように消え去り、街の喧噪からこの部屋だけが切り離された。日々街の騒音に悩まされたベンウッドにとって、この程々の距離は居心地がよかった。
長机の上には2人のために用意されたタンポポ茶の入った木製のカップが二つ。まだ湯気が立っている。マリアンとベンウッドはタンポポ茶で啜りながら、周囲から完全に人の気配が消えるのを待った。
「やっと頭が冷えたから、色々相談したいんだけどさ…」
「ええ。良いわよ。何でも聞いて」
ベンウッドの表情にはここ数日の苦悩の跡があった。教会の手伝いもそうだが、森の中での瞑想や狩り、保存食づくりに矢の製作等、彼は周りに人を寄せ付けず一心不乱に自分の仕事と生活に向き合っていた。
そうして苛立ちを飲み込んで平静にはなっているようだが、それでもまだ表情の端々、目や口元に燻った不満が見え隠れしている。
マリアンも流石にそこは指摘しない。彼はまだ15才。ようやく大人になったばかりで、ここまで感情の制御が出来てるなら大したものだ。
「とりあえず、……組合とはもうちょっと上手くやりたい」
「それは…具体的には?」
「ドミニクさん達とはほどほどに距離を置いて、組合の言う中層域の領域調査は半分ぐらいは無視して、あとは俺の自由に仕事がしたい」
ベンウッドがうんざりした顔で指折り数えているのをみて、マリアンは苦笑を洩らした。
「言いたいことはすごくわかるわ」
ドミニク達が横暴なのは同業相手ばかりではない。流石に万一の生命線である教会で表立って不敬をすることは少ないが、教会の関係者もいくらか実害を被っている。
説教の最中に乗り込んできて信徒と揉めたり、治療の順番で押し問答したり、若い修道女に性的な内容の会話をしてからかったり。教会内部でも評判はまあまあ悪い。
平等を謳う教会の立場として堂々と批判するわけにもいかないので黙ってはいるが、マリアンにしても山ほど文句を飲み込んでいる。
「じゃあ、一つずつ考えていきましょうか。まずドミニクさん達、ダルシアク氏の派閥から距離を置きたいって話だけど、多分これが一番難しいわね」
「そうなの? …ていうか、そもそもあの人達はどういう集まりなの? 冒険者にしては特権意識みたいなのが妙に強いんだけど…」
地元で冒険者やってる人間は大概が近くの村の生まれで、特別生い立ちが良いわけではない。ベンウッドに何かと気を使ってくれるローランド達一行も、大半がこの近くの村の出身だったはずだ。
ドミニク達にはその類の話を聞いたことはないが、所作を見るに全員が農民の次男三男孤児のどれかだろう。
「あの人達はダルシアク氏の軍閥の所属よ。ダルシアク氏は土豪ではあるけど、男爵の地位を持つ列記とした貴族なの。ドミニクさん達はその中でも私兵としての色が濃い人達ね」
「地元の有力者の私兵か。なるほどね。そりゃ偉そうに振舞うか」
貴族でも騎士でもないが、素行の悪い兵隊と考えれば納得が行く。統制の効いていない兵士は例え身内であっても横暴に振舞いがちだ。
人間の街での生活は長くないベンウッドだが、オーク達の戦士階級が労働階級を理由なく鞭打ちするところを何度も見て来た。
ドミニク達の精神性を勘案すれば、類似からの想定はそう間違ってはいないように思えた。
「そもそもベンウッドはどうして、冒険者組合の依頼を受けたいの?」
「どうしてって…。組合に依頼されたみんなの困りごとを解決したい。それだけだよ」
冒険者組合の雰囲気は正直好きじゃない。だから特に理由が無ければ出入りしたいとは思っていない。街で生活するだけなら他にも金を稼ぐ手段はある。最悪森に籠って生活する事も出来る。
しかしそれでは街で生活しているとは言えないし、街の一員と名乗ることはできない。部外者として街を利用するばかりだ。冒険者組合は組織も構成員も気に入らないにしても、そこに助けを求めている人々には罪はない。
「そんなわけだから組合には顔を出すけど、中層域の調査は参加しない。ドミニクさんで上位の冒険者だっていうなら、今の開拓は深入りしすぎだよ」
「そうは言っても異形の森の開拓は組合の第一目的よ。特にダルシアク氏からはせっつかれてるはずだし、何もしないってのは難しいわよ」
「わかった。じゃあうるさくなったら調べに行った振りして中層域の情報を小出しにするよ」
中層域はエルフの森番からすれば庭同然。同じ教育を受けたベンウッドにとっても同様だ。組合が血眼になって探している汚染された世界樹とその新しい苗木の位置は、新しい物以外は全て場所を把握している。
放置した結果として村が滅びる可能性もあるが、その村は森の領域に深入りしすぎているにすぎない。魔物が増えればどうしたって苗木の場所は発覚するし、そこからでも逃げるだけの時間はある。
ベンウッドは開拓村を助けたいと思ってはいるが、流石にそれら危険な立地の村全ての面倒を見る義理はないと考えていた。欲望の結果出来上がったものを庇っていてはキリがない。
哀れと思って手助けをしては、調子に乗って村を更に奥地に作り始めるだろう。これは近隣のエルフの集落で統一した経験則でもあった。
「話を戻すけど、そのなんとかって派閥から適当に距離とることって出来る?」
「出来ないこともないけど、中立派閥に所属するぐらいしか手が無いわね」
「ええー…」
「仕方ないでしょ。後ろ盾が無ければ搾取される、同じ派閥でも派閥内の争いは不可避、敵対派閥は論外。どの道自由なんてないわよ」
面倒事を解決するために面倒事の追加が必要ときいて、ベンウッドは心底げんなりした。マリアンの言う事だからそれ以外無いのだろうと信じているが、それでもベンウッドにとってその事実を飲み込むのは時間が必要だった。
そもそもベンウッドのこれまでの生き方が自由過ぎた。イシリオンの元で英才教育を受けてきたが、イシリオン自体は相当な放任主義だ。衣食住の助けがなく自力で生きる必要があるが、自力で生きられるなら何をしても良かった。
街の暮らしはその逆で、周囲から多大な助けを受ける事が出来るが、ベンウッドの求める自由とは程遠い。
「でもさ、中立の派閥って言っても、中では派閥争いあるでしょ」
「無いとは言わないけど、大丈夫よ。ちゃんと部外者枠があるから」
「本当に…? ていうか、その派閥ってどこの組織?」
胡散臭い話だと全身で警戒するベンウッドに、マリアンは笑って種明かしをした。
「安心して、この教会よ。というか貴方、周囲からしたら最初から教会の派閥だって見られてたわよ」
「なんで?」
「私が貴方の定宿を手配したから」
「……それだけで?」
「それだけで」
これはもう異性と親し気に話をしただけで懇ろの関係と見做されそうだなと、ベンウッドはうんざりした気持ちになった。
実際に仲の良いベンウッドとマリアンを見て、2人がデキているという口さがない噂が回り始めているが、街の噂に疎いベンウッドはまだ知らなかった。
「間が悪かったのよ。ベンウッドが南の組合支部の紹介状も持ってくるから、南の組合と教会の連名で身分を保証された人間、って扱いになっちゃったのよ」
「南の組合支部がなんかまずいの?」
「南の領主である土豪のレッドメイン氏はダルシアク氏とは仲が悪いの。ついでに言えば、西と南は住人同士も仲が悪いわね」
「南って言っても、俺は南の開拓村の更に南の森の住人なんだけど」
「その違い、理解してもらえると思う?」
「……無理なの?」
「難しいわね」
異形の森により近い森で住んでるということ自体、信じてもらうのに時間がかかった。土地勘のない人間に、森の中の住居と開拓村の位置関係を理解してもらうのも、やはり同じぐらい時間がかかるのだろう。
「本当に申し訳ないけど、貴方の名前にはもう派閥の色がついてしまってるの。どのみち上書きが必要でもあったのよ」
派閥への所属を明確にしないで無関係を言い立てるのは時間もかかるし、効果が出るまで時間がかかる。
偏見に満ちた周囲の目を改めていく苦労を思えば、マリアンの提案は妥当なものと思えた。
「……わかった。それじゃあ仕方ない。教会の名前を借りておくよ」
「ごめんなさいね」
「いいよ。どのみち、ここ数日教会に通い詰めてるから、教会の関係者って思われても別に不思議じゃないし」
教会内で不快なことがなかったかと言えば否だ。しかし意地の悪い神官がいても、粗野な冒険者に比べれば平和的な対応で事足りる。
オークと似たり寄ったりな連中がうろつく冒険者組合と比べた場合、教会に活動の軸足を置くことには何の不満も無い。
「とりあえずさ、名前借りてお世話になる分ぐらいは教会の仕事するけど、何かある? また次の蒸し風呂の火と水の係でもいいけど」
「そうね。そこはガナドゥール司祭に確認しておくわ。ちなみにだけど、ベンウッドは組合の依頼はどこまで出来そう?」
「そうだなぁ…」
ベンウッドは組合で並んでいた依頼の内容を思い出しながら、特に隠し立てすることもなく正直に答えた。常設である採取や狩猟、中層域の調査以外では魔物の討伐、異変の調査、商隊の護衛など。どれもやって出来ない内容ではなさそうだった。
マリアンが街に移り住み、書簡だけでやりとりするようになってから数年は経った。良く知った仲ではあるが、現在の力量を正確に把握はしていないはずだ。
マリアンやその上役であるガナドゥール司祭の立場は、庇護下のベンウッドの自由度にも直結する。そう考えれば幼馴染の彼女に奮発して良いところを見せておくのは、悪いことではないように思えた。
シスター・マリアン:プリースト(アルマー)Lv6、セージLv4 ファーマシストLv3
プリースト(アルマー):
自衛の他は対アンデッド、対モンスター以外では攻撃魔法を使用できない。
代わりにプリースト(アルマー)は他の宗派よりも回復魔法の習得が1Lv分早い。
女神の関係性により、プリースト(ケイノー)とは相互に攻撃魔法の対象にならない。
Lv6はバリスフォーグの都市内では第3位の実力。
Lvだけなら冒険者にも同格の人物が複数名いるが、魔力制御(固定値)や魔力量(MP)で突出しているため同格を抑えての3位。
第1位はガナドゥール司祭。第2位はバリスフォーグでトップの冒険者パーティの神官。
闇司祭とか暗殺者などの裏の住人達はカウント外
追記
2025/11/18
孤児院の子供の人数が少なすぎるので増やしました。
これでも街の規模から考えるとまだまだ少ない模様。




