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09:不本意な報酬

 エンゾは大トカゲの攻撃により石肌(ストーンスキン)の防御の上から骨をやられていたが、ギョームの必死の回復(ヒール)によって後遺症無く復帰した。もしあの場面でエンゾがやられていたら戦線維持が不可能になっており、エンゾを犠牲にして撤退という状況もありえた。似たような状況で仲の良いパーティが損切りできずに、助けに入った2人目3人目も命を失うという事例もある。

 大金星をあげたからといってドミニク一行の敵意が消えるほどではなかったが、ベンウッドが的確な魔法行使によってエンゾの命を救ったことは紛れもない事実であり、彼らの敵意は大分と義務感に依った警戒に変化していた。ギクシャクした関係のまま帰り道を歩いたがギスギスした関係よりは何倍もマシである。ベンウッドもそこはうるさく言う気はなかった。復帰したばかりのエンゾの復調が早まるように、帰り道で鹿を狩ってその肉を振る舞いもした。

 魔物に止めをさした殊勲者のドミニクには肉の旨い部位を、怪我をして体を回復させる必要のあるエンゾには滋養の多い部位を。命がけの戦いで心身ともに疲労していたドミニク達は、ベンウッドの好意を黙って受け取った。



 2日かけてブリスフォーグに帰還した一行は、早速冒険者ギルドに岩鎧の大トカゲロックアーマーリザードより摘出した発芽済みの種子をギルドに提出した。ドミニク達と仲の良いパーティ、つまりは土豪ダルシアク氏の派閥は武勲話で大いに盛り上がり。早速馴染みの店を貸し切って酒盛りになった。ベンウッドは酒の席に呼ばれなかったが、参加する気も無いし一人の方が諸々都合が良いので特に気にしなかった。

 ドミニク達の雑な説明を引き取って受付のメリンダに詳細を説明し、枝渡りの大蛇ブランチウォークパイソンの皮はその場で売り払い、これにて狩りの全ての行程を終えた。

「ベンウッドさんもお疲れさまでした。数日以内にギルドの証明書も用意しますので、準備が出来次第お渡しします」

「そうですか…」

 喜色の明らかなメリンダの言葉にもベンウッドは特に心を動かされなかった。不本意な狩りに不本意な成果、喜びを感じろというのが土台無理な話である。ギルドの証明書は個人の認識票でもあるが、これも全く嬉しく思えない。同じ系統の支部でさえ使えない証明に何の価値があるのか。失ったものと手にしたものを比べれば、憂鬱が積もるばかりである。

 話を続けるたびに落ち込んでいくベンウッドを気遣ってか、メリンダは少しばかり過剰に明るく振舞いながら説明を続けた。

「異形の森の拡大を防ぐためにも、中層域の探索には多数の冒険者が必要とされています。ですので今後ともギルドの調査依頼に協力をお願いします」

「…………」

「あの……ベンウッドさん?」

 本当なら笑顔で受け答えして適当にあしらえば良いのだが、聞いた通りの社交術を実践するにはベンウッドは若すぎた。仕事の報告の手続きを淡々と続けていたが、笑顔はどうしても長時間持たせられなかった。

 ドミニク達との森歩きは実に不愉快だった。何度となく森の虫の餌にでもしてやろうかと思った。そうしていないのはひとえに暴力を戒めるイシリオンの教えと、名前を貸してくれたマリアンのためだ。

 この上でギルドの都合の良いように仕事をするほど、ベンウッドは寛容にはなれなかった。

「害獣駆除の依頼で余ったものがあれば教えてください」

 事実上異形の森の中層域には向かわないという宣言。ほどほどに協力するつもりはあったが、今回の件でそういう考えはなくなった。

「……わかりました。依頼の件で気が変わりましたらいつでもご相談ください」

 最後まで笑顔を維持するメリンダさんに当たっても仕方ない。ベンウッドは報奨金と皮の売却益の確認だけ済ませると、さっさとギルドの建物を後にした。

 時刻は夕食に少し早いぐらいの頃合いだ。日はまだ明るいが、炊事の為の煙がそこかしこで上がっている。街路を歩く人々も仕事を終えた帰路の途上で、漏れ聞こえる会話はすこし浮ついていた。

 ベンウッドは定宿に向かいながら夕食の準備をどうするか悩んだ。部屋にも手元にも食料がさっぱりない。帰り道を急いだから狩りの成果は一つもなく、乾燥肉も荷物の整理がてら食べきってしまった。

 手元にあるのは魔物の討伐報奨金の頭割り分で金貨5枚と皮の売却益で銀貨80枚。部屋の家賃を1ヵ月前払いするのに銀貨60枚。貨幣を貯蓄する気の無いベンウッドは、金貨5枚を教会の寄付に突っ込んで、残った20枚を使い切ってしまうことにした。

 この街で労働者向けの食事は銀貨1枚あればそこそこの量が食える。酒精の強い酒を買うなら銀貨をもう1枚か2枚程度。物価はこの通りなので銀貨10枚あれば豪勢な料理を腹一杯食えるだろう。

 ベンウッドは定宿で荷物の整理を済ませると、湯を沸かして身を清め、清潔な服に着替えてから夕食を買いに出かけることにした。

 荷物は小物入れに使う小さな鞄と食料を詰め込む籠だけ。バリスフォーグの南側中央の街路に近い、屋台の集まる広場に繰り出した。

 広場についたベンウッドはまずはパン屋で白いパンを買った。手でちぎれる柔らかいパンだ。普段狩猟に持ち込むのは日持ちのする硬いパンばかりで、白いパンは街の中にいる時でもないと食べられない。

 そして乳製品を並べた屋台でチーズとバターも買う。保存食として少し持っておくだけで野営の食事に幅が出る。あとは新鮮な野菜や肉を詰めたパイ、果物類も自分では作れない。

 食事で贅沢をする事に少しばかり罪悪感を覚えるが、街の流通や経済とはそういうものだろうし、なによりこの苛立ちを収めるために必要経費だ。ベンウッドは買った物を籠に詰め、あるいはその場で食べながら通りを散策した。

 串焼きは自分で焼いたものと変わり映えしないが、味付けや下処理で差が如実に出る。特に美味しかった店は覚えておく。パイは中身が見えない分当たりはずれもあるが、値段が高くとも客の途切れない店ならそこまでの外れは無かった。

 スープを売ってる屋台は避けた。これはもう見た目や匂いで味が判断できない。毎回定位置で売る屋台か、店を構えているところにした方が良さそうだ。

 金の便利さを1時間かけて嫌と言うほど理解したベンウッドだったが、これは堕落に繋がるなという実感もあった。銀貨が懐から減っていくことに安心感を覚えるほどだった。

「やあ」

 無心に買い物をしていると親し気に声を掛けられる。振り返った先に居たのは知らない顔だった。いや、名前を知らないだけで会った事はある。

「また会ったね」

「あなたは……」

 依頼の木札を吟味してきた時に声を掛けて来た少し年上の、20半ばぐらいの冒険者だ。以前と変わらず鎧姿だが剣はすぐさま抜けないように紐で鞘に固定している。

 彼の徒党らしき4人は丁度屋台で買った豚肉の串焼きを被りついているところで、ベンウッドの様子を興味深げに眺めていた。

 彼の徒党(パーティ)には女性が二人居る。服装と装備からして魔法使いと神官だ。2人とも防具は動きを妨げない最小限の布を固めた鎧で、その上から魔法使いは黒く染めたコートを羽織り、神官はマントや鎧に聖印の意匠を施している。

 彼女達のような女性の冒険者は少ないがいないこともない。女性は男性に比べて体力で劣っているが、魔法を使える利点はその他の欠点を差し引いても大きい。

 残りは筋骨隆々の粗野そうな見た目で顔に傷のある男と、やや細身で少し神経質そうな男。装備から前衛の戦士と斥候だろう。目の前の男と同様、他の4名もかなりに手練れのようだった。

「俺達が出て行ったあとに面倒なのに絡まれたらしいね」

「…そうですね。面倒でした。冒険者ギルドにはしばらく近寄らないようにします」

 ベンウッドはひとまず手に持った挽肉のパイを口の中に入れて片付けた。手に付いた食べかすを払って、籠に被せていた布で軽く汚れを拭う。

「同じ冒険者が申し訳ないことをしたね。…と、僕はローランド。南部のオーロップっていう寒村の生まれさ。君は?」

「…ランギュリエの丘のベンウッド。森で猟師やってる」

「ランギュリエの丘って…」

 ランギュリエの丘はバリスフォーグ南部の異形の森を探索する冒険者なら誰もが知っている目印となる丘だ。当然ローランド一行も知っている。

 姓を持たない大多数の農民は住んでいる村や土地の名前を名乗るのが通例だが、ベンウッドの名乗りでは「魔物のうろつく森で住んでました」という意味になる。

 ベンウッドからすれば事実そのままの話なのだが、異形の森を良く知る冒険者からすれば異常なことであった。

「中層域の森に入れるだけじゃなくて、住んでるってことかい?」

「少し前までは」

 開拓村に物々交換に行ったことは何度もあるが、村の滞在日数に比べれば森に籠っている日のほうが明らかに多い。住んでると言って問題ないだろう。

「なるほど。嘘つきとか信じられないとか大声で騒ぐわけだ。冒険者ギルドの上位層でも、住むなんて出来ないからな」

「そうでしょうか? オークやゴブリン、エルフに獣人(ビーストマン)も中層域に集落をつくります。その気になれば人間も住めますよ」

「む、そういうものかな…? いや、その気になればか。確かにそうだな。損害を許容出来れば、出来ない事は無いのだろうね」

 オークやエルフ達も、何も裸一貫で森に住んでるわけではない。それぞれに工夫を凝らして環境に適応している。人が平野に巨大な城壁を築くのと同じ話だ。

 オークは森を均しながら木や石で街を作り、魔狼(ワーグ)を番犬代わりに使う。ゴブリンには頑丈な住居を作る技術はないが、旺盛な繁殖力と道具を扱う知恵で乗り切っている。高位のエルフは魔法により森自体を街や城に変えるし、獣人(ビーストマン)は自身が森の獣に比肩する能力を持つ。

 では人間はどうか。実のところエルフやオークなどと違い、文化的な禁忌や生物的な欠点をそれほど持たないので、強みは無いが選択肢自体は広い。場所を選んで集落を築けば十分に機能させることはできるだろう。

 あとはそこに至るまでの覚悟の問題だ。どの種族も異形の森では死が間近に潜んでいる。それを受け入れるかどうかが大きな課題になるだろう。

「この街の快適さに慣れた人間には無理だな」

 ベンウッドの話を最後まで聞いた上で、ローランドは笑いながらそう結論づけた。ベンウッドも異論は無い。森は住むところでなくただの資源、必要に応じて切り開き、あるいは植林して管理する。そういう場所として街の人々は認識している。

 生存戦略の違いからくる技術の方向性と優先度の違い、ローランドとベンウッドのすれ違いは畢竟そこに収束した。だからこそ得る物はあるとローランドは判断した。

「君の話は面白そうだ。この後一緒に酒でもどうだい? 安くて旨い店があるんだ」

「きれいな姉ちゃんが寝床までついてきてくれる店とかな」

 後ろに居た戦士らしい男が茶化すように言った。女性二人が呆れたような顔をしている。いつものやり取りなのだろう。

 街のことは良く知らないので興味の有る話ではあったが、この後の予定は既に決めていた。ベンウッドとしては喫緊の課題でもあった。

「折角ですけど、今日はこの後狩りに出るんでまた今度で」

 その予定はいつでも変更できるだろうとローランドの一行の誰もが思ったが、その言葉には聞き捨てならない情報が含まれていた。

「…うん? 君は今日帰って来たばっかりだろ。それにこの後って…」

「夜に狩りをして、朝には帰るつもりです」

「……本気で言ってるのかい?」

 暗中行軍など冒険者はやらない。近場の比較的安全な森でもだ。何と言ってもメリットがない。

「昨日まで組んでた人は闇に慣れない人ばっかりでしたから。合わせてたら夜に動けないから感覚が鈍ってしまって…」

「…はは。君は存外こわいやつだな」

「死にたくないから森に適応する。それだけですよ」

 ローランド達はベンウッドのこの行為を修練の一環と認識した。同業との交流は大事だが、死なないための修練はそれに勝る。何よりも冒険者の上位層はこの類の修練を苦痛に思っていない人種がほとんどだ。無理に引き留めない程度に、ローランド達はわきまえていた。

 その後、バリスフォーグの閉門直前に城を出たベンウッドは、夜の森で猟をして過ごした。翌朝の開門の刻限には鹿を担いで帰還し、夜から朝にかけて当番であった門番の兵達を驚かせた。

主人公、びっくりするほど貯金しない。

稼ぎのある普通の冒険者は、もしもの時のために金貨1枚を服の裏の隠しポケットに縫い込んでおくとかする。

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