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8.お嬢様は火を付ける

短編のとき『肉をフランベしていて思い付いた話』という前書きが割と好評で嬉しかったです。

 思い立ったら出発日、という教訓もあることなので、動き始めることにした。


「ねぇアーサー。アレは別邸にいるかしらね」

「本日は賭場と買い物に出掛けておりますね。帰宅予想時間は深夜とのことです。明日なら、三名とも朝から別邸にいる予定です」

「そう、じゃあ明日の朝から帰るわ」

「かしこまりました。ご用の向きは?」

 

 執事のアーサーは、ウィステリアを「お嬢様」と呼んでいたくらい前からバールグラウ家に仕えてくれている使用人だ。

 彼なら私の意図を理解できるはず、と含みの多い言葉を向けるアルカーシア。

 

「今年の納税も終わってやっと時間ができたじゃない? わたくしも既に当主を継いだことだから、そろそろ大掃除をしようかと思うの」

「それはそれは……ご英断でございます。本邸の使用人たちは正当なる子爵家にお仕えしている者たちですから、総力を挙げて大掃除に馳せ参じましょう」


 初めにエーニオに関する書類を取り寄せる。

 さすがに具体的な書類名が分からないので、書類仕事に強い家令にアドバイスを求めた。

 

「ええと、まずは何がいるかしら?」

「二種類の書類が必要です。ひとつは貴族籍の除籍票。もうひとつは現在の戸籍でございますね」

「除籍票はすぐ手配できるわね。バールグラウ子爵家籍から除籍された記録だから、わたくしの名前で請求できるもの。でも……」


 現在では戸籍上、アルカーシアとエーニオは赤の他人なので、普通ならアルカーシアがエーニオの現在の戸籍を用意することはできない。

 それについて心配していると、家令が分厚い領地貴族家典範のとあるページを開き、指差した。


「『領地貴族家の王都邸敷地内は、その領地と見なす』、この法を根拠とすれば問題ございません」

「そうなの?」

「ウィステリア様との結婚以来、例え帰宅していなくても、法的にはずっとあの場所に住んでいることになっておりますからね。であれば『領主が、自領内を住所とする平民の戸籍を取り寄せた』扱いとなりますので、何もおかしなことはございません」

「ありがとう、助かったわ。それで行きましょう」

「では各票の請求書類を用意して、急ぎ持たせます」

「ええ、よろしくね」


 これで、アルカーシアの許しなく平民が別邸にいる事実が一目で分かる。

 内務局戸籍課の扱う書類は、各領にかかる税計算の基礎となるものである。ゆえに不正や改竄を防ぐため汚破損防止の魔法がかけられている。

 書類を本人に突き出したとて、破られる心配も燃やされる心配もない。破ろうとすれば骨が折れる。物理的に。


 役所というのはいつでも混んでいるけれど、心がウキウキして止まれないアルカーシアは、自分の支度金の中から、最優先に割り込める権利金を奮発した。金貨一枚也。

 そういうお使いは分邸に連れてきた使用人に頼むものなので、自身は他の手配も進める。

 

 まずは、国法に照らして有罪となる案件を、司法局に報告。

 とはいえ一度収監されたら次に外に出るのは処刑台が確定しているので、その前に領主裁判をやりたい。

 そのため逮捕は明日の夕方まで待ってもらうよう付け加えるのも忘れない。

 

 これで待ってもらえる程度には『領民に対する領主の権利』は強い。

 エーニオは自分がその権利を持っていると勘違いしているからこそ、アルカーシアに不当な扱いができたのだ。

 実際に『俺は領主様だぞ!』『領主様に逆らうってのか!』と口に出せばアホ丸出しだが、そんなアホでも本当に強権を振るえてしまうのが領地貴族家当主という立場である。


「さ、司法局への通報も済ませたわ」

「おつかれさまでございます」

 

 別邸から出したアレらを、生かしておく気はない。

 それが伝わったのだろう、別邸の使用人たちに引っ越しの準備を命じるアーサー。


「別邸へお帰りになるにあたり、何かすぐに必要なものはございますか?」

「そうねぇ。新しい家具の手配と、使い捨ての火種と松明、あとバケツの水をたくさん用意しておいて」

「かしこまりました。お館様が火傷なさいませんよう、お気をつけくださいませ」

「ええ、ありがとう」



 - - -


 

 翌日。

 朝告鳥が鳴いて一刻も経たないというのに、別邸には怠惰に爛れきった空気が充満していた。

 使用人たちは屋敷を綺麗に保ってくれているのだろうけど、主人ヅラして住んでいる者がだらしないから仕方ない。


 別邸の執事の案内でホールを通り抜け、使用人しか使わない通路へ入り込む。

 これからやろうとしていることで、エーニオたちに見つからないためと、使用人たちを極力怪我させないための根回しを兼ねている。

 モノやヒトの配置を指示し、教えた時間が来たら、突入隊以外の者は邸の外に逃げるよう告げて回った。

 水の入ったバケツを用意したり、ロープを倉庫から見つけたり、準備に約半日――はたして、その時は来た。



 夕刻少し前、話し声がする大きな居間の扉の前へ。

 火をつける前の松明で扉を殴って開け放つ。

 そこには予想通り、我が物顔でくつろぐ三人がいた。趣味の悪い柄物のソファで談笑していた。

 アルカーシアの家族でもなんでもない、不法侵入者の平民たち。


「子爵様が楽しく酒を飲んでるところになんだ、使用人のくせに無礼だぞ! そんなにムチで叩かれたいならそこに座れぇ!」


 まだ宵も来ぬ内から酔っぱらっている。仕事などしていないのだから、何時から何時まで飲み明かしても構わないということだろう。

 無言で酒瓶を取り上げ、中身を頭から注いでやる。

 チラッとラベルを確認すると、45度。都合が良い。

 

 ぎょっとした様子だが、こちらを見ているのにまだアルカーシアの名前がでない。実の娘だと気づかないものだろうか。

 平民女二人も唖然として、動けないでいる。


「無礼なのはお前よ」


 カラになった瓶でアゴを殴り、すぐには動けないようにする。

 数歩下がり、念のためソファ越しの位置に立った。

 松明に火を移してから、空いている扉を背にポイと火種を放る。


「ひぃっ!? し、死ぬ!!! やめろ、火を消せ!!! ひぃぃぃ……!!!」


 大して気化しない内に火をつけたから服と肌の表面が焦げる程度かと思ったが、ソファごと燃え始めた。アゴを殴ったから立ち上がって逃げるのも一苦労だろう。

 ソファは、アルカーシアが家を出る前には無かったものだ。

 汚らわしい下民風情が金にあかせて買った調度品など、邸に残す気もない。どうせ焼いて処分するから問題ないわね、と見守る。

 

 逃げたくとも入り口にはアルカーシアが控えていて、手には火の着いた松明。

 近寄れば更に火を移されるか殴られるかの二択だから、寄ってくることもできないのだろう。

 必死に絨毯に転がって火を消そうとするのが精一杯のようだ。 

 もちろんこれで死なれては困るので、家令に命じてバケツの水をかけてやる。


 かつてこの愚か者が選んだ女から、アルカーシアがされたように。

 必死に「止めて」と叫んでも、聞こえないフリをして。

 笑い声を聞かせながら、何度も、何度も水をかける。

 肩口を足蹴にして、顔が上を向くように固定して、バケツの水を打ち付ける。

 

 親らしいことは種付け以外なにひとつしなかったこの男も、少しは子供の気持ちが分かる良い親に近づけることだろう。

 感謝してほしいものね、と冷静に考えていた。


  

 一緒に部屋へ突入したアーサーとパトリシアに抑え込まれ、縄を打たれた女二人も、やっとアルカーシアの正体に気づいたらしい。

 何度も会っているのに顔を見てすぐ気づかないあたり、本当の貴族であれば失笑ものだ。

 子爵夫人だの子爵令嬢だのを名乗ろうが、所詮この程度の平民に貴族の務めは難しいということだ。


「まさか……お姉様なの……!?」

「誰がお前の姉ですか。黙りなさい、平民」

「はぁっ!? アタシは子爵令嬢なのよ!? 平民じゃないわ!」

「入婿の種馬と平民の娼婦から生まれた不貞の娘ごときが、子爵令嬢になったと本気で思っているの? 貴族籍に入ってもないのに」

「な……っ!?」


 あけすけな言葉で立場を分からせてやると、怒りに赤くなり、それから理解が及んだのだろう、次第に青くなった。


「えっ、嘘でしょう、だってお父様が言ったもの、お前は今日から子爵令嬢だって……」

「残念ね。そこに転がってる無能は、私に手続きの書類を丸投げしたのよ。だから役所には、そこの愛人の戸籍にこの男を入れてやったわ。当然、再婚した後妻も、その連れ子も、貴族籍には載ってない」

「なんですって!?」

「なんならその男も、先月で平民落ちしたわよ。わたくしが未成年のうちは親権者として一応貴族だったけど、わたくしが先月成人したから、もう用済みとして貴族籍から消えたのよ」

「はぁあ!? 本気で言ってんの!?」

「これがその証拠。人の顔も覚えられない自称貴族でも、文字くらいは読めるわよね? ほら」


 除籍票と戸籍を突きつけてやると、どうやら文字は読めるらしい不貞の娘もついに黙った。

 子爵の後妻を自称する娼婦の方も、あまりの衝撃に口をパクパクさせるばかりで声が出ない。


「よってお前たちは、平民でありながら貴族身分を詐称したこと、貴族の屋敷を不法に占拠したこと、邸に正当な権利を持つ貴族住人を追い出したこと、平民が貴族を虐げたこと、以上についての罪人として司法局に告発されたわ。

 それ以外にも、正当なる次期当主に対する無礼の数々、物品の略奪、脅迫、財産の使い込み、余罪の全てを、バールグラウ子爵領の領主アルカーシアの名において有罪とし、即刻処罰します」


 後ろ手に縛られた二人にもアーサーが酒を浴びせ、アルカーシアから受け取った松明で軽く焙った。

 火がつくギリギリの度数だから爆発的に燃え上がったりはしないが、肌の上を火が這う苦痛はちゃんとある。

 

 悲鳴が耳障りだなと思ったところで水をかけてやった。

 エーニオに思ったより水を使いすぎたから、こっちの二人を水責め出来なくて残念だがまぁいいとしよう、と妥協する突入隊一同。

 司法に引き渡さなければいけないのだから、ここで死んでも困るのだ。


「お前たちの着たドレスなんて残しておきたくもないけど……そうね、子爵家に住んでいた若い女が着たドレスや寝間着だと言えば、金持ちの好き者が高く買ってくれるかもしれないわ」

 

 あえて不快になる未来を聞かせてやると、イヤな顔をする。


(自分たちだって嬉々として私に同じことをしてきたのに、どんな厚かましい神経があればそんな顔ができるのかしらね)



 まぁそれでも、この未来ほど絶望的ではないか――聞こえてきた重厚な馬車の音に、とびっきりの笑顔を浮かべて口を開く。


「平民が貴族を詐称し、平民が貴族をいたぶった、その罪は極刑しかないってご存じ? ほら、司法局の馬車が到着したわよ」


 大逆の罪で裁きの塔に入ったら、次に出るのは処刑の時。

 貴族を平民がいたぶった場合も、大逆と同等の、社会転覆罪。

 平民が貴族を詐称するのもそれに次ぐ大罪で、どのみち死刑。

 その程度の知識はあるのだろう。

 服が燃えて裸同然の三人は、火傷に膨れた肌の痛みも忘れたように、真っ青な顔で音のする方向をただ見つめていた。


 そして、アルカーシアは笑う。


「最低でも死刑二回分、それに余罪もたくさんあるわ。だからまずは小さな罪から一つ一つ、罰を与えられるの。あぁ、安心して。失血死しないように、癒法士の実力者がちゃんと、次の処罰の前には失くなった血を足してくれるそうよ」


 軽めの罰で死んで逃げることは許さない。


 断固とした意思で絶望を吹き込む若き当主を、先々代から、あるいは先代から、仕える一同は微笑ましく見守っていた。

 パトリシアもまた「これぞ私が命を賭けてお仕えするお館様だ」と敬意を新たにした。




 司法局に引き取られていくのを見送り、後顧の憂いを断ったアルカーシア・バールグラウ。

 敷地前に司法局の護送馬車が三台も停まっていたことから「何事か」と見守っていた記者たちの前で、美しく一礼し、宣言した。


「皆様、今からしばし、火の手にお気をつけくださいまし。父と後妻と異母妹を名乗る不審者に火をつけて追い出しましたので、ついでに彼らの使っていた家具なども燃やしてしまおうと思いますの」

ここまでお読みいただきありがとうございました。

アルカーシア・バールグラウの物語としては一旦ここまでかなと思います。


この後は、あるとしてもハンナ嬢一人称で、

なんかやけに仕事がしやすいと思ったら後見人がついてたんだけど!?

みたいな感じになるのかなーと。

書くとしてもシリーズとして別作品を立てる予定のため、火付け令嬢としては一旦完結といたします。


短編当時、たくさんの応援をいただき、本当にありがとうございました!

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