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6.お嬢様は女神の託宣を聞く

なんとか8話まで書ききれたので、今日中に出しきります。

 王都邸の分邸を構えた頃には、もちろん異母妹の食事にも塩を増やすよう料理人に命じてあった。


 古い使用人たちは、アルカーシアの母ウィステリアが「お嬢様」と呼ばれていた頃からの忠臣すら存在する。

 親戚関係が薄いため助け合える血縁はほぼ存在しないが、直臣には恵まれた次期当主であった。


 誰もがアルカーシアの味方だった。

 誰もがエーニオたちの死を望んでいた。

 けれど、直接的に手は下せない。

 

 なぜなら、バールグラウ家の使用人に貴族が少ないから。

 子爵家であるバールグラウ家の使用人になってくれる貴族は、それより身分の低い男爵家か、騎士爵家のみ。準男爵家という身分も存在するが、あれは正確には平民である。

 平民が貴族を手にかければ大罪で、その罪は主家に及ぶ。つまりアルカーシアが責任を取らされてしまう。

 アルカーシアが責任を取るということは、他に後を継げるものがいないのだから、バールグラウ家はお取り潰しである。


 男爵家出身の使用人にしたって、貴族同士であれば無礼討ちになることこそ無いが、身分の上下はあるからままならない。

 この時点でのエーニオの正式な身分は『バールグラウ次期子爵ご尊父』である。

 他家に働きに出なけばならない――つまり男爵家の第三子以下の――男爵令息や男爵令嬢よりは、まだ立場が上なのである。


 そのため使用人たちにできる事と言えば、食事に入れる塩を少しずつ増やすのが定番だった。

 あるいはもう少し知恵のあるものは、毒を使うことを考えた。

 例えば家令は、足から吸わせる遅効性の猛毒を手に入れてきた。


「お館様、こちらは鉱山から取り寄せた金属の粉末でございます。人体に溜まれば毒になる性質でございますので、お手を触れられませんよう」

「……我が家の領地の鉱山よね?」

「もちろんです。売買記録も辿れないように、偽名や平民らしい綴り間違いを交えてございます」


 恭しく報告書を差し出す家令と、それを一読して暖炉に放り込むアルカーシア。悪事の証拠は燃やすに限る。


「よくやったわ。それで、どう使うの?」

「こちらを三人の靴に撒きます。あるいはこれを織り込んだ中敷きをあつらえます。すると足の裏から毒を取り込み、やがて命に関わる体調不良になるそうです」

「そう、実行役は任せたわ。本宅にいないわたくしが靴に触れるのはさすがに不自然だものね」

「かしこまりました」

 

 侍女頭は、今はご禁制となっている鉛白粉(なまりおしろい)を、領地の古い倉庫から探しだした。

 鉛を肌から吸収することによる健康被害があると判明してご禁制になった時点で、王都からは一旦在庫が一掃された品。

 だが各領地の倉庫にある分までは、国務官もチェックの手が回っていないはず。

 そう考えて、わざわざ「領地に置いてきた娘の見合いがあるので」と偽って休暇を取ってまで、帰省した忠臣ぶりである。


 一気に全量すり替えると、化粧品は色の違いで気付かれやすいので、二人のお気に入りの白粉に少しずつ混ぜていった。

 ご禁制の品というのは、なまじよく効くだけに需要が高い。需要があるから、裏で密造と取引が続いている商品でもある。

 ゆえに鉛中毒で死んだところで、なぜご禁制なのかを理解しない馬鹿女が闇市に手を出したとしか思われない、実に好都合な素材だった。


 ましてや分邸で別居している次期当主本人が、そんな取引を与り知るわけもない。

 さらに言えば、未成年が成人を監督する必要はないため、本宅に住む成人がご禁制に手を出そうが、アルカーシアには一切の咎めがない。

 時間はかかるが『愛するお嬢様』に迷惑のかからない、よく考え抜かれた、確実な暗殺方法だった。




 そんな環境で、なんとか入学を果たした学院には、アルカーシアにとって年上の同級生が沢山いた。

 むしろ年上しかいなかった。予想されたことではあるが。

 彼ら彼女らのほとんどは成人していて、中には同じヤーキュイナ侯爵家の寄り子仲間の家門もいた。

 政治的に仲良くしても問題のない家であるので、そういうところから交遊を深めていった。


 同級生たちはと言えば、成人したばかりでも、たしなみ程度には各家の状況を把握している。

 当然ながらアルカーシアの置かれた環境も理解していた。そして可愛がった。

 ただの愛玩や贔屓ではなく、彼女の実力に対して敬意を表しての猫っ可愛がりだ。


 母を亡くし、急に領民の命と生活を背負わされ。

 父は遊ぶことしか知らず、後妻と異母妹に邸を乗っ取られ。

 使用人の一部だけを連れ、年単位で住むには手狭な分邸に移り。

 そこから更に寮に住んで、連れて来れるのは侍女一人。


 そんな年下が身近にいたら、可愛がらないわけがないのである。

 なにしろ彼らは貴族で、衣食が足りていて、ゆえに人を思いやる礼節(よゆう)があるものだから。

 それになんと言ってもあの『英雄』の娘だ。社交界に出るのを今か今かと待たれていた子が、デビュタントをすっ飛ばして学院に来たのだから、これ幸いと構い倒された。

 

 そして何より、バールグラウ家は子爵家に過ぎない。それが良かった。

 次期当主やその予備たちが多少ひいきしたところで、たとえ実家の寄り親が中立派だとしても、政治的に大した影響力がないのである。

 これが伯爵家以上の――高位貴族の令嬢なら、そうは行かない。

 かと言って平民同然の男爵家だと、場合によっては相手にされない。

 子爵令嬢とは実に絶妙な位置であり、死してなお母が娘に遺した絶大な効果であった。

 その結果、寮生活でもやたらと自称兄や自称姉が爆誕した。


 高位貴族の子女の中には従属爵位を貰って既に代官の仕事をしている者もおり、アルカーシアにアレコレと『自称お兄ちゃんが教える悪代官の抜け道』を指導してくれた。抜け道を教えるということはつまり、抜け道の塞ぎ方を教えてくれたわけである。

 これによって不正課税する代官への取り締まりにやっと手が回った。

 領民は助かり、領民からアルカーシアへの評価も上がる。

 アルカーシアから自称兄へのお礼に、輸出品の金属を数年間安めの税率にしたので、自称兄は功績が認められ実家での地位が上がった。

 悪代官以外はめでたしめでたしである。

 

 そんなことをしながら過ごした三年間はあっという間で、アルカーシアは血の繋がらない家族たちが大好きだった。



 使用人たちは、分邸に連れてきた者も別邸に残してきた者も味方だと分かっていたから、孤軍奮闘のつもりはない。 

 それでも、学園で出逢って自分に忠誠を誓ってくれた――母から譲られたのではなく、自分だけの直臣である――侍女パトリシアには、本当に救われたとアルカーシアは感じている。

 彼ら一同とパトリシアが居てくれるから、あとは時間をかけた毒殺が実を結ぶか、自分が成人するその日まで、じっと耐える生活にも我慢できる――そう思いつつ、多忙に過ぎる日々。

 1.6倍の速度で詰め込まれる教育についていくのも必死だったため、耐えるというほど意識に上らなくなってもいった。


 その間にも毎年農繁期があり、

 魔獣の繁殖期があり、討伐を手配し、

 収穫期が来て、民から徴税し、

 査察官の報告を聞いて悪どい代官がいれば放逐し、

 税を払えなかった者は経済奴隷として召し上げ、

 代金の一部を現金納税と見なして計算し、

 現物現金全ての徴税分から国の取り分を計算し、

 差額を領地の金庫へ納め、来年の予算を決め、

 雨季が来て、氾濫した河による被害を把握し、 

 今年の予算の残額で復旧工事を手配し、

 領債を発行しようと気軽に言う役人を却下し、

 農地が被害に遭った地域に代わりの土地を用意し、

 公共施設にすら冬を越えるだけの燃料がないと聞けば備蓄を放出し、

 短くも厳しい冬を乗り越えたら今年の冬の死者を確認し、弔い、

 春熊が出るまでに山と林の整備を終えるよう指導し、

 春の播種が始まるまでに農業以外の全ての雑務を完了しなければならない。

 そうしてまた農繁期がやってくる。


 これを三年間、詰め込み教育の片手間で行うことを求められ、女傑の娘はこなし続けた。

 同じニンゲンなのだから、母にできて自分にできない理由はないと言い聞かせ続けた。

 それは、できない者が聞けばとんだ傲慢に聞こえるが、なにしろ学院にはできて当たり前の人材しか集まっていないので『そうだそうだ』と温かく応援されていた。


 いくら教師陣がカリキュラムの融通に協力するとは言え、十六歳で入学した成年貴族たちでも、五年分の課程を三年でできるとは断言できない。

 その片手間に領地運営なんて、考えたくもない。物凄く頑張ればできるが非常事態でもない限り絶対にやりたくない、の範囲である。

 本当に、本当に多忙な三年間であった。 




 ウェストフェにおいて、領地からの納税額に間違いがないことを証明する印を捺し、税の現物と共に国へ提出するのは、領主の大切な仕事である。

 領主以外でそれが許されるのは、法に定められた血統証明魔法による手続きで次期領主であることを厳格に証明できる領主代行のみ。

 これは、証明さえできれば未成年でも構わないが、毎回死ぬほど面倒な手続きを伴うので、実務が滞って仕方ない。

 しかし納税の仕事が滞ると領地全体が税を滞納したことになり、重い罰が下される。面倒な手続きをしていたので納税が一日間に合いませんでした、では赦されない。


 領主代行とは言っても、やる仕事の内容は完全に領主のそれなのである。アルカーシアは優秀だったが、そんな彼女をしても忙しさで今自分がどこにいるかも分からない日すらあった。

 

 母の後を継いで四回目になる税の提出を済ませ、王城から帰宅する『今』も、このところの多忙さのあまり、自分の状況を把握しそびれていた。

 これでやっと一息つける、今日はご褒美に鹿肉のシチューをリクエストしても良いんじゃないかしら。

 せいぜいそのくらいしか考えられなかった。

 歩き疲れてもいたので頭がロクに回っていないのもある。

 

 一年で書類仕事がもっとも忙しい納税の時期にかかっていたため、先月誕生日を迎えた際は流れ作業のように繰り上げ卒業して子爵位を継承した。

 普通なら襲爵記念パーティーなどをするところだが、この時期にそんなヒマはなかった。感慨に浸るヒマがあれば書類を一枚でも進めるべきだった。

 各省庁から一斉に予算申請が上がってくる時期の財務卿でも、今年のアルカーシアほど忙しくはない――少なくとも、毎日二回は食事を取る時間があるので。


 成人した認識はさすがにある。卒業したからだ。

 だが今は「都度面倒な確認魔法から解放されましたわ~」くらいにしか認識していなかった。

 既に復讐は成る年齢であったが、過度の忙殺が彼女の頭から王都邸本宅のことを忘れさせていた。考えることは山ほどあるので、あんなのに使う時間などあるわけもなかった。

 だから。

 今日も明日も、帰宅するのは少し不便な分邸――そう思い込んでいたアルカーシア。


 休憩を終え、また歩きだす。

 どんなにキツかろうが、足を動かしていればいつかは帰りつきますから。

 護衛にそう励まされながら、第二城壁が近いあたりをトコトコと下り、カフェの前を通るときは少し速度を落とす。

 巷に聞こえる各領の農産物の出来などを少しでも耳に入れられないかと思いつつ歩いていた。



 その時だ。

 平民の女の子ばかり四人ほど集まったテーブルから、アルカーシアの運命を変える言葉が聴こえてきたのは。



「ねぇ聞いてよ~。ジョンがまーた浮気してやがったのよ! これで五人目よ五人目!」

「懲りないねぇマリーも……いい加減別れな。どうせアイツ変わらないよ」

「だってぇ、顔が良いんだもん……」


 ダァン! と机にマグを置いたマリー嬢が、別れろと言われてぺしょりと顔を伏せた。


(顔が好みだとなんでも許せてしまう派なのね、苦労するわよ)


「それだけで四回の浮気を許してきた気持ちが分かんないわぁ」

「ねぇー。マリーちゃん逆にすごい。わたし不貞はムリだなぁー」

「アタシもムリ。アタシを大事にしてくれないなら、アタシも相手を大事にできない。一回目は刺す、二回目で死んでもらう」


 (……ん?)

 

「『不貞されたら刺しても無罪』って法律作るために官僚になったのもハンナくらいだろうけどね」

「『ちょんぎっても無罪』の方が研修先のお姉さま方にウケが良かったから、今はそっちにしようかなって」

「貞節過激派だぁー」


(……待ってくださいまし、今なんて……話の流れが速すぎますわ! え、殺すと言いましたの?)


 聞こえた瞬間、雷に打たれたような衝撃が走った。

 そう、アルカーシア・バールグラウは思い出した。


 ――わたくしを大事にしない人なんて、大事にしなくて良い。


 本当にふと、思い出したのだ。

 いつの間にか、自分が『それ』を実行できる力を得ていたことを。

 アルカーシアにとっては、女神の託宣も同然だった。


(そうよ……わたくし成人したのですから、もうあの男なんて生きてる必要ないですわよね?)


 父と呼ぶ価値は最初から無い。あんなのは「種馬」とか「アレ」で十分だ。

 それから、未成年ゆえに司法局へ駆け込んでも証言の正当性が保証されないため、通報もされずに好き放題してくれやがった後妻(ヘレネ)異母妹(アイリーン)


 次期当主を大事にするなら邸に置いてやってもいいと思っていたこともあった。その結果がこうなのだから、あれらも母や妹と認識しなくて良い。

 そもそも家族と思ったことも、戸籍上で家族だった事実も、一度たりとももないが。


 種馬の愛人と不貞の娘。

 今度からそう呼ぼう。呼ぶ機会はそう多くないだろうけれど。

 本人の居ないところでだけ呼べば陰口だけど、本人の居るところで言えばただの悪口だから問題ない。

 そんなことを思うアルカーシア。


 何より、単なる真実なのだから。 


(そもそも三人とも、バールグラウ家の籍にも、貴族籍にも入れてないものねぇ)

この平民官僚女子会の話は新章でやりたいけど、オムニバスっぽくなるから、今回の短期連載もとい短編範囲の高解像度版では一旦保留。


キレッキレの平民官僚に『英雄』の娘が後ろ楯としてつくんだから、ちょっと無敵すぎるか…?

とか、パワーバランスが纏まってないとも言う。

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