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4.お嬢様の身内が壊滅している

ファンタジー大惨事パート。

 そもそも、制度悪用前提の入学になったのは、バールグラウ家に不運と必然と理不尽が重なった結果だ。


 先代当主ウィステリアの父、アルカーシアにとって母方の祖父にあたる、先々代当主ゴンザレスは存命であった。

 しかし当主の座を譲った者が復帰することは、ウェストフェの法では許されていない。


 元当主を名義上の後見人として、未成年の当主代行が実務を行うのは許される。

 これは『司法局では、未成年の証言には正当性がないと扱われる』のと同じで、『未成年が当主代行の場合、その承認印の実効性には一定の疑問が残るため、当主経験者の後見人による保証を必要とする』ためだ。

 しかし元当主が現当主あるいは次期当主候補の業務の場に常駐して執務の助言や監督を行うのは許されない。

 当然、ゴンザレスがアルカーシアの家令に接触するのも法に触れる。

 家令は当主の相談を受けたり、領地施策について助言できる立場にある。家令を通してアルカーシアに具体的な助言などをする抜け道が、あらかじめ潰されているのだ。

 


 これは『法にはギリギリ触れないが、決して褒められない行為』が発覚して、司法局の指導により当主の座を退くケースが度々あるせいだ。

 まだ若い娘や息子を傀儡にして、先代が実権を握ったまま、政界や社交界に影響力を持ち続ける。

 それでは何のための強制隠居処分だということになるため、次代の当主は引退済みの元当主と同居してはならない。

 そして元当主は当主業務に直接関わることが許されない。

 バールグラウ家にとっては本当に不幸に働いたが、世間一般的には仕方のないルールである。 


 さらに悪いことに、この時点でバールグラウの直系にはアルカーシアしか次期当主有資格者がいなかった。

 そう家令に説明されて、真っ青になった新米お館様。

 まずは寄り親であるヤーキュイナ侯爵家に相談した。


 しかしそこで提示されたのが『アルカーシアが侯爵家三男の妻になり、子爵領全てを持参金にする』案である。

 これなら侯爵家の持つ従属爵位にバールグラウ子爵位が入るので、家名は残せると言われたのだ。


 これは、ヤーキュイナ侯爵家が先だって長年の政敵であるフィラーオ侯爵家との政争に破れたタイミングだったのも悪かった。

 今は少しでも家の力を強くし、領地を増やしたいところなので、そのやり方なら歓迎できるのだが……と言われてしまい、二の句が継げないアルカーシア。

 さすがに家門が無くなる方法を取りたいわけではないので、婚約の打診は丁重に辞退した。

 これが一つ目の不運。 


 

 アルカーシアの父エーニオは、治癒の使い手が多く生まれるグジ男爵家の次男であった。

 本人は治癒の魔力が覚醒しなかったが、その因子を欲してウィステリアの祖父が組んだ婚姻だった。

 ゆえにウィステリアに万が一があろうとも、端からエーニオに子爵位を渡す気はなく、養子縁組がされない単なる入婿として処理されていた。

 グジ男爵家は、姻族ではあれど、エーニオが養子縁組していないから継承権が遡れず止まってしまう。よってそこから迎えることもできない。

 これが一つ目の必然。



 エーニオはある意味、自分をよく理解していた。元々勉強が好きでも得意でもなく、領地経営にも興味はない。優秀だから引き抜かれたわけではなく、ただ治癒の使い手の血筋であるから望まれた結婚。

 つまり種馬の役目しか期待されていない。ならばヤることヤったら後は好きに生きてやると思っていた。


 たとえ仕事をしていなくとも、貴族籍があれば国から最低限の恩給はある。

 家からも年間に一定の支度金――個人の裁量で自由に使える金が毎年支払われる。

 使いすぎない程度に楽しく遊び暮らせばいいと考えていた。

 どうせ実家にいても次期当主である兄の予備として部屋住みになり、同じような生活をするのだから、離婚して格下の実家に出戻る理由もなかった。

 男爵子息より子爵配偶者の方が恩給が多いし、家からもらえる支度金も子爵家の方が多かったので。


 妻の抱える書類を手伝う気などさらさら無く、家にいれば仕事をしないのかと子爵家の使用人から冷たい目で見られる。居心地の良いわけがなかった。

 領地経営に社交界に魔法の研究にと忙しくするウィステリアとの間は瞬く間に冷えきった。義務感で一人目を妊娠させた直後から、エーニオはほとんど家に寄り付かなくなった。

 ウィステリアが英雄と呼ばれた時も、陛下からたんまり金を貰ったんだろう、とせびりに邸へ戻って来ただけであった。

 伯爵になるのを断った話は妻からでなく噂で耳にしたし、大人しく陞爵を受けていればもっと貰える恩給が増えたのに、と舌打ちをするだけで、妻への労いひとつなかった。

 そのため、ウィステリアの嫡子はアルカーシアしか生まれなかった。

 これが二つ目の必然。



 ウィステリアには妹がいたが、平民に嫁いでいた。その時点で貴族家を継ぐ資格が失われた。

 先々代当主にもっとも近い血縁者(次女、一親等)本人に資格がないのだから、その子どもも完全な平民扱いとなり、当主候補として養子に迎えることはできない。

 正式に嫁がずに、姉ウィステリアが家を継いだ後も子爵家令嬢として残り、未婚の母として平民の男との庶子をもうけて実家で育てていれば、その子供が候補に入れたのだが、今さら言っても仕方ないことではあった。

 これが三つ目の必然。



 ウィステリアには弟も二人いた。

 上の弟は若い頃、貴族の務めとして西の国境の戦役に出ていた。

 出陣前日に「初陣から戻ったら紹介したい人がいます」と言っていたが、片手に収まる大きさで帰ってきた。


 葬儀当日、棺の前で泣き伏す平民の女性が『紹介したい人』なのであろうと理解したが、義理の娘になり損ねた彼女に、父親として声をかけられなかった。

 ゴンザレスの妻が尋ねたところ、何と既に身重だということだった。しかし後日改めて住居を尋ねた時には、既に彼女の姿はなかった。

 結婚直前の恋人を亡くしたショックで流れたのか、一人で育てる覚悟をしたのか、定かではない。

 無事に生まれたとて、婚姻前であり、認知するべき父親が他界しているのだから、血族に迎えるのが難しいには違いなかった。

 これが二つ目の不運。


 

 下の弟も既に、この世にいない。

 ウィステリアの死の三年前、重い流行病の折である。

 魔法が使える者の務めとして医療の最前線で戦い、亡くなってしまった。

 他人に魔力を分け与える固有魔法の持ち主で、病を治せる癒法士たちに『尽きぬ魔力の泉』『貴方がいるから助かる命が増えた』と感謝された。


 しかしあまりの有用性からどの貴族も取り込みたがり、鞘当てが続いた。誰を選んでもカドが立つので、臣下として王家に伺いを立てるも、なかなか結婚相手が決まらない。

 そんな中でひたすら前線の癒法士を支え続け、ついに自分も感染してしまう。過労ゆえに、あっという間に種々の合併症を起こし、亡くなった。

 国の宝とまで言われた男の、あっけない最期だった。

 ゆえにこの叔父にも子どもはいない。

 これが三つ目の不運。



 少し遠いところで言えば、ゴンザレスには妹が一人いた。

 その人も既に亡くなっていたが、彼女には一人娘がいた。

 ゴンザレスの姪にあたる彼女は、ある貴族家の当主夫人となっていた。子も数人いた。

 第二子はアルカーシアより三歳上で、学院に入ったばかりの成年貴族であった。

 その子を養子に迎えられないかと打診したが、これに横槍が入った。


 ゴンザレスの姪が婚いだ家は寄り親ヤーキュイナ侯爵家にとって政敵側の勢力で、ほぼ人質として嫁いだものだった。

 よってその血筋から親戚を迎えることは侯爵家が許さなかった。

 これが一つの理不尽。



 世の不幸と不運と理不尽を濃縮した無念の煮こごりをアルカーシア一人で食べさせられたと言っていい。

 アルカーシア十二歳、祖父五十七歳、祖母五十三歳。それが生き残っている近い親族の全てだった。


 一応祖母は「引退済みの元当主」ではないが、当主配偶者であったので、同様に社交界引退済みとして扱われる。

 だからアルカーシアが成人するまで祖母につなぎを頼むこともできない。


 祖父に対して、今さら若いメイドにお手付きしろとも言えない。

 だいたい今から産まれたところで、アルカーシアより年下なのだから意味がない。

 まさしく詰みであった。



この手のヤツに多い『寄り親や他の親族はどうした』問題、

ノブレス・オブリージュで死んだ叔父が二名に

平民と結婚した叔母が一名に

政治的に敗北した寄り親に

法の邪魔というファンタジー理不尽。


『子供の言うことは法的には取り上げない』という法も、別に完全な理不尽ではなくて。

「子供は簡単にウソをつくからなぁ」の真意は『幼くして親を亡くしたけど、まだサインや書類の意味も分からない子供を騙して、当主印やら財産やら取り上げる親族』に法曹界が対抗するためのヤツですね。


この法がないと

「坊や、本当に、このおじさんに全財産譲っていいの?(乗っ取りだぁぁぁ)」

「うん! おじちゃん、毎日お菓子買ってくれるっていったから!(分かってない)」

というパターンが頻出する。


短編に入れるにはくどすぎるのでサクッとカットせざるを得なかったけど。

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