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1.お嬢様は徒歩で帰宅する

短編で出した『火付け令嬢』を、短編の時にはカットした部分を全部のせでお届けします。

ピンク髪の元子爵令嬢も出ます。

貴族(わたくし)(やしき)を不当に占拠した平民がいたので、火をつけましたの。我が国では、領主と公職貴族には無礼討ちが許されますでしょう?」


 実父と後妻、異母妹に生きたまま火をつけた少女は、司法局の事情聴取で一言目にそう告げた。担当した司法官付きの書記によると、大輪の花が咲くような笑みをたたえていたという。


 先月まで子爵令嬢だったアルカーシア・バールグラウ女子爵(16)が起こした凄惨な事件、その動機を追っていく特集の第一回。

 王都の中心地、領地貴族の王都邸 (タウンハウス)が建ち並ぶ一角で先日起きたこの事件は、子爵令嬢を平民が長年に渡り虐げていた事件がまず語られる。

 事件の動機はその復讐であることから、『運悪く』生存した被害者たちの極刑は確定しており……――


~デイリー王都 叡明歴375年6月4日朝刊 特集『火付け令嬢事件を追う』より抜粋~

  


- - -


 

 ウェストフェ王国では、王都テーンジーナにある五年制の中央貴族学院を卒業しなければ、爵位を継ぐ資格を得られない。 

 子爵令嬢であったアルカーシアも当然、王都に住んで学院に通っていた。

 

 但しテーンジーナでの『自宅』としたのは、戸建ての別邸ではなく、社交シーズン向け貴族用高級集合住宅だ。

 領地本邸(カントリーハウス)の別邸という位置付けである王都邸の、さらに分邸である。

 子爵家の分際で王都邸を二つも持つのは分不相応だが、そうでなければ、命が危なかったので。


 

「やはり、分邸から王城に、行くのは、少し不便ね……」

「特定の時期しか王都へ来ない方々のためのエリアですものね。私が鍛練がてら歩く距離ですから、お館様にはかなりお辛いでしょう」


 領地からの納税証明書を王城へ提出した帰り道。

 普通なら馬車に乗るところを、静かに息を切らせながら歩くアルカーシア女子爵。御年十六歳と一か月。

 弱小とは言え貴族たるもの、優雅でなければならないのでぜーはー言うことは許されないが、キツいものはキツい。

 たっぷりとした明るい金の髪を、汗をかく今は鬱陶しくて仕方ないとばかりに持ち上げては風を通す。ふよよん、と縦ロールがたわんで元の位置に戻った。

 どれくらい歩いたのかと景色を見渡す翠玉の瞳が、王城から約二公距(キロ)の目印となる建物を認識して絶望に染まる。これでやっと通勤経路の半分である。


 受け答えするお供は、侍女で騎士爵令嬢のパトリシア。武門の出であり、本人も『戦える侍女』を目指したことから、涼しい顔で荷物を持ちつつお嬢様を扇子で扇いでいる。 

 前後には護衛もいる。警護の観点からなるべく徒歩は止めて欲しいなぁ……と思うものの、顔には出さない優秀な壮年二人である。

 先代の頃から仕えており、アルカーシアが「お嬢様」だった頃からよく知っているので、少々の説得では聞かないことも理解していた。


「王城に近いエリアは通勤に便利だから、法服貴族の邸が並ぶのは仕方ないと、分かってはいるけれど……ごめんなさい、息が上がった、から、少し休むわ」

「立ち止まるには危のうございますから、少し道の端に寄られるとご安心かと」

「ありがとう、そうしましょう。……それにしても参ったわね、なかなか体力がつかないわ」

「貴族令嬢に必要な筋力は、目上から『楽にしていい』となかなか言われない時に姿勢を崩さず保ち続ける腹筋と背筋くらいですから……歩き慣れないのは無理もございません」 


 王城から一ブロックほど歩いて、ようやく法服貴族たちの邸宅街から抜け出せる。もっともこの『一ブロック』は彼らの本邸が集まるため、非常に長い。

 その次に来るのが、地方に本拠地を持つ領地貴族たちの王都邸。こちらは領主の出張所としての別邸なので少しマシだが、今度は数が多い。


 それも抜けてやっと、貴族向けの高級商業地域メインストリートである。

 高位貴族は自身が買い物に行くことはなく、店を自宅に呼びつけるが、よい立地に大きい店舗を構えていればそれだけで店の信頼が上がる。

 店を構えているのは男爵あるいは準男爵に叙された上級平民なので、商業地区と言っても治安はいい。

 また、下位貴族であれば自分で店に行くこともあるため、この辺りまでは『内門』と呼ばれる第二城壁に守られている。


 他にこの付近に存在する平民といえば王城勤めの官僚であり、そんな人間は安定した高給を捨ててまで短絡的な犯行に及ばない。

 行き交う馬車と警邏騎兵(おまわりさん)と早馬にさえ気を付ければ安全な街、だからこその徒歩帰宅である。


 口実としては商業地区あたりで自領の役に立ちそうなウワサ話を集めるためだが、本音はもちろん馬車代を惜しんでのこと。

 貴族が王城から帰るのにまさか乗合馬車には乗れない、かと言って専用貸出でも貴族用の馬車は高いのだ。

 領地には当然、馬車も馬も持っている。しかし王都邸で馬を維持できるほどの余裕はない貴族は、レンタルか歩きの二択を迫られる。


 当代の領主たるアルカーシアには、王都滞在中の経費を少しでも節約する義務がある。なにしろそのお金は、領民たちの納めてくれた税なのだから。

 とは言え王城に着いた時点で体力切れや汗まみれのみっともない姿はさらせないから、往路は馬車をレンタルするしかない。

 かくして度々、ない体力を振り絞って王城から歩いて帰るのだった。


「歩きに付き合わせちゃってごめんなさいね、パティ」

「気になさらないでください、お館様。学院で出逢ってお仕えすると決めた日から、どんな道でもご一緒しますと申し上げましたでしょう?」

「それは人生の岐路の話であって、トコトコ歩く道の話ではないのよね、一般的には……」

「うふふ」 

 

 二人が出逢った学院――中央貴族学院は、在籍可能年齢が十歳から二十歳まで。ただし爵位継承のための入学は五年制であることから、当主候補の最終入学年限は十六歳。

 よって十六歳が貴族子女の実質的な成人年齢として扱われる。

 そのため『学院を卒業していること』と『十六歳の誕生日を迎えていること』の両方を満たさねば、爵位は継承できない。


 アルカーシアはこれを十三歳で入学し、十六歳になると同時に卒業している。

 その短い在学中の初年度に出逢って侍女にスカウトしたのが、六歳年上の騎士爵令嬢パトリシアだ。


「うふふじゃなくってよ」

「役得ですのでお気になさらず。お嬢様の使用人はたくさんおりますが、こうして街中デートの栄誉に浴せるのは侍女特権ですから」

「また私をからかって……目が笑っていてよ」 

「申し訳ありません。お嬢様がお可愛らしいので、つい」

「もう、パティってば……」


 武門の長女であるパトリシアは、兄がいるため家を継げない。しかし兄をも凌ぐ武の才は捨てるに惜しく、ならばと密着護衛もできる侍女を目指した。

 そこで己が仕える相手を探すべく、短期学生制度で入学したクチだ。

 家を継がないのだから五年間必要な当主コースである必要がない、そういう第三子以下のための特例だ。


 学園にはこのような特例制度がいくつかあり――在学中に訃報が届き、繰り上げ卒業制度で爵位に就く者もいる。

 アルカーシアもそんな『繰り上げ卒業組』の一人である。というより、その制度を最大限悪用した令嬢として名高い。


 同時期に在学していた生徒たちは語る。


「バールグラウ子爵令嬢……いえ、もう子爵本人でしたか。ええ、イイ子ですよ。頭も、根性も、性格も」

「アルカーシアさんですか? そうですわね、あの『英雄』の一人娘だけあって……言葉を選びますなら、さすが女傑のお血筋、とだけ」

「アリィちゃん? 言葉はキツいわ縦ロールだわで一見悪女っぽいけど、あれで生まれつき使える魔法は治癒なんだよね~。人は見かけによらないでしょ?」


 貴族は大抵の場合、直接的には口にしないので『口を揃えて』というのもおかしいが、揃って言外に滲ませる「ただ者ではない」。

 悪女ではないがキレッキレの問題児、それが若年貴族社会におけるアルカーシア・バールグラウの総合評価であった。


皆様のおかげで予想より長いことファンタジーの週間1位に居座らせていただいた火付け令嬢ですが、

短編にするにはくどいからカットするかぁ~と切った部分がことごとくファンタジー要素だったもので、

なんでこれがファンタジーに居るんだ?みたいになってしまっていたのが申し訳なくもあり。


なので『元はバチバチにファンタジーだったよ! ファンタジーだからこそ、ここまでひでぇことになったよ!』という要素をみつしり乗せておりますので、お楽しみいただけたら幸いです。


ちなみに全8話。

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