星の加護クズおじさん雪崩被害にあう
シンクとちょっとした調理スペースの上には収納棚がある。四つあるその収納棚の一番左に、冬美はサランラップとかアルミホイルとか箱からティッシュのようにして取り出す式の小さいビニール袋とかを収納していた。
料理をするわけではないが、ここにそれらのものを収納することはタノスケにとっても便利である。ラップくらいなら使うことがあるからだ。
冬美と、その娘の夏緒、春子と仲良く四人、一つ屋根の下に暮らしはじめて七年経とうとしていた。夏緒は十才になっていた。クラスの女子の中で一番背が高く、それを活かせるよと予告的に担任に告げられていたようで、今週から体育でバスケットボールが始まるんだと楽しそうに言っていた。
キッチンに置いてあった三本しかないバナナ、冬美も夏緒も春子も大好きなバナナを、そのすべて一人で一気に食べならが、レンジで超大盛り幕の内弁当を温めていた時だ。夏緒がタノスケの背後をすり抜け、頭上に手を伸ばして収納棚を開けた。背伸びすることもなく、ごく普通の調子で開け、そこから工作で必要だとかでアルミホイルと一番幅の短いサランラップを取り出した。ちょっと前までは必要とあらば椅子を持ち出し、その上に乗って開けていたのに、いつの間にか大きくなったなあと、ちょっとタノスケは驚き、自分は夏緒の成長に貢献していないくせに、しみじみとした温かい心持ちになった。
夏緒は取り出したアルミホイルとタノスケの目にはやたら短い、おそらくは幅十センチくらいで、コップくらいにしか使えぬラップを二階の子ども部屋に持っていくと、そこで必要分切り取ったのだろう、すぐにまた台所へと降りてきて、今自分が使ったものを棚の中へと収納したのだった。これにタノスケは瞠目する思いだった。〝ポリコレ多様性重視の星〟の下に生を受けているタノスケは、その星の加護の影響で、幼少時よりなんでも出したら出しっぱなしでよく親に叱られていたのだが、その自身のスタイルを多様性の一つとして尊重している。とはいえ、そんなタノスケでも、物はいつも決まったところにあった方が生活しやすく、そうあることは大歓迎だし、そのようにしっかりと片づけのできる人間になった方が無駄な消耗がなく生きやすいだろうとも思っているので、愛しい夏緒や春子が片づけができる子へと成長していくことは実に嬉しいのである。
んなわけで、いつの間にか好ましい成長をとげている夏緒を見て、思わず目が見開いてしまったというのである。
━━冬美は本当にいい子育てをしているなあ。こりゃあ、僕という存在が、ただ存在しているだけでもって、冬美の精神をいつも幸福にしている証拠だなあ。冬美は幸福を手段に子育てをしているんだなあ。まったく僕って男は、ほんと、できる男だよ!━━
金を稼がず、家事も手伝わず、そればかりか度々マチアプ女遊びがバレて冬美を不幸のどん底に突き落としているくせに、タノスケは自分の子育てへの貢献を全身で感じ、喜びに打ち震えた。
収納棚を閉じると、夏緒は工作の続きをやるのだろう、また自室に戻っていったのだが、この時、タノスケはちと気になることがあった。夏緒は、やたら短いラップを、他のよくある長さのラップや、それよりも長いラップなどとの兼ね合いを考えずに適当に棚に入れたのである。アルミホイルはよくある長さだから適当に放り込んでも問題ないかもしれない。しかし、短いラップを周りとの兼ね合いを考えず、よく見もせず適当に入れたら、他にも短くて厚みもあるビニール袋の箱なんかもあるんだから、それらがアンバランスに積み上がり、いずれは雪崩の因になるじゃねえかと懸念したのである。実際、夏緒が閉める瞬間チラと見えた棚内の光景は終盤のジェンガのように、えらく不安定に見えた。
ふと、タノスケは夏緒に事情を説明しようかと思った。聡明で素直な夏緒だ、タノスケの指摘がもっともだと思ったら直ぐにでも行動を改めることだろう。そして行動が改まれば、それは夏緒だけでなく、家族全体の利益になることだろうし、そういうことの積み重ねが、きっと家族の幸せをそっと支えることにもなるだろう、タノスケはそう思ったのである。
で、一階から二階に行った夏緒に声をかけ、ちょっと台所まで降りてきてもらおうかと思ったのだが、その時、電子レンジがチンとなり、超大盛り幕の内弁当が温まったようなので、タノスケはその声かけをやめた。自身の食欲を満たすことに気持ちが向くと、急激にそんな子育てムーブが面倒臭くなったのである。
んで数日後、タノスケが大量に買いすぎたヤオコープリンが食べきれず、ラップをして冷蔵庫の奥の奥に隠してあとで自分だけで食べようと、頭上の例の棚を開けた瞬間、案の定、長いラップやらアルミホイルやらの雪崩が起きて下に落ち、そこにはタノスケの大事な大事なプリンがあったのある。見るも無惨な姿になったプリンを前に、タノスケは怒りに震えた。
━━だから言わんこっちゃねえ!━━
何も言っていないのに、タノスケはそう心中で叫び、怒りに震えた。で、リビングにいる冬美のもとへとドシドシ足を踏みならしながら行くと、どうしてくれるんだ、プリンが台無しになっちまったじゃねえかと責め。周りに飛び散ったプリンも綺麗に掃除しろよと顔を真っ赤にしたまま言うと、そのまま自分の部屋というかカーテンで区切られたスペースへと入っていったのだった。
自分のスペースでごろりと横になり、今怒られた時の、冬美のビックリしたような、悲しそうな顔がタノスケの心に浮かんだ。悔いと、嫌われたらどうしようとの煩悶もすでに心に生じはじめていたが、しかし自分棚上げ式の横暴他責思考の奔流は止まらず、タノスケの顔から怒りの醜さが取れる気配はまったくないのだった。