8話【目的地へ向かって】
「ちょ、ちょっと待ってくれルミリ…」
「あ、ごめん!飛ばし過ぎた?」
「ルミリは息一つ上がってないってのに、情けないぜ、俺…」
ぜーはーと息を切らすハルトと、ハルトの側に駆け寄り「大丈夫?」と様子を伺うルミリ。
現在2人が向かっているのはロイス王国の商業都市である、ランドルという街だ。
ハルトは額に浮かぶ汗を袖で拭い、
「主人より体力のない従者とは、これ如何に…」
愚痴…というよりは、自分に対しての叱責の言葉を口にする。
ザケイル家の屋敷を出て30分、一向にスピードの変わらないルミリに対し、ハルトは限界を迎えようとしていた。
「頑張って、ハルト!もうランドルが見えてきたよ!」
「ほんとか!危ねぇ、このままじゃ最悪の事態になるところだったぜ…」
「最悪の事態って?」
「俺の足の遅さを見兼ねたルミリが俺をおんぶして運ぶという、男として情けなさすぎる事態だよ…!」
「そこまでせっかちさんじゃないよ!ちょっと休むくらい気にしないから!」
「せっかちさんって可愛い言い方だな」
「話を逸らさない!」
全くもう、と言いたげな顔で上り坂をずんずん歩いていくルミリ。
少し遅れながら歩いて着いていくと、上り坂を超えた先に街が見えた。
「おお…これが商業都市、ランドルか!」
ハルトの眼下に広がるのは、人々の活気で溢れた街だった。
まだ少し離れているのにも関わらず、それでも伝わってくる人の熱気が、ここが目的地である事を物語っていた。
商業都市ランドルへの到着である。
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「あ、入る前にちょっと待ってくれる?」
「わかった、何するんだ?」
「ちょっとね…明魔法『カゲロウ』!」
フードを被った後、ルミリが呪文を唱える。
すると、ルミリの周りの空気が少し歪んだような錯覚を覚える。
否、これは錯覚ではない。
実際に空間が歪んでいるのだ。
「すげぇ、どんな魔法なんだ?」
「『カゲロウ』は、光を曲げることで後ろの景色と対象者を馴染ませて、目立たなくする魔法だよ」
「なにそれカッコいい!」
忍者が使ってそうな魔法だ。名前もそれっぽい。
そういえば、こっちの世界にシノビとかサムライはいるのだろうか。
俺以外に転生者とか転移者が居たなら、そういう概念があってもおかしくはない気がする。
「やっぱり他の候補者から狙われないためか?」
「それもあるけど…私は、亜人族だから」
「そうだな」
「…?私、亜人族なんだよ」
「今聞いたよ?」
「え…それだけ?もっとこう、色々ないの?」
「犬耳、可愛いね」
「!」
目を見開いて俺を見るルミリの顔は、本気で驚いているように見える。
なんだろう、実は犬耳じゃなかったのか?
「…そんな事初めて言われたよ、ハハ、ありがとう」
少し照れ臭そうにするルミリ。
反応的に、ルミリの心にいい感じにヒットしたらしい。
「それにしても、もしかしてハルトって亜人族の事知らないの…?」
「自慢じゃないが、俺の常識とか知識のなさは多分ルミリが想像できない範囲にあるぜ!」
「ほんとに自慢じゃないよね、それ」
「で、亜人族ってなんか良くない種族なのか?俺的にはドストライクな種族なんだが」
「どすとらいく、が何かは知らないけど…うん、そうだね。少なくともこの国ではよく思われて無いかな…」
そう語るルミリの顔は、ひどく悲しそうだ。
恐らく、ルミリも過去に亜人族ということが理由で迫害されていたのだろう。
何と声を掛ければ良いか分からず、黙ってしまう。
「あ、また暗い話になっちゃったね!ゴメンゴメン!とりあえず今はお買い物を済ませちゃおう!」
「あ、お、おう!」
結局何も言えないまま話を切り上げられてしまった。
こんな時でも思い知らされる、この世界への理解度の浅さ。
亜人族が何故疎まれているのか。過去に何があったのか。ルミリがどんな目に遭ってきたのか。
俺には想像も出来ない。想像して勝手に憐れむのは失礼だと、そう思うから。
ただ分かるのは、ルミリの行動や言動からして、まだ亜人族への風当たりは強いままということだ。
ならせめて自分が、風除けとしてルミリの側で尽力しよう。
そう思いながら、ルミリの後を追ってランドルへと足を踏み入れるのだった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜。
「右の文字は読めない、左の文字も読めない、あそこに売ってるのが何かもわからない…ルミリ、俺を連れてきたの間違いだと思う!」
「大丈夫だよ、始めから役に立つと思って連れてきてないから」
「意外に強めの毒が飛んできた!」
突然言い渡された戦力外通告。
まあ、俺だって役に立つとは思ってなかったけど、ここまではっきり言われると傷ついてしまう。
「ゴメン、悪口のつもりじゃなかったんだ!ただ、役に立てないって気負う必要ないよって言いたくて…」
「そう?ならいいんだけど…それならなんで俺を連れてきたんだ?」
「フッフッフ、それはね…キミに好きなものを買ってもらう為さ!」
「な、何だって!」
「正直、側近にするだけじゃお礼としては足りないなぁと思ってたんだよ。だから、お買い物と称してキミに好きなものを買わせてあげようと思って連れてきたのさ!」
「そこまでしてくれるなんて…ご主人様!一生ついて行きます!」
「一生は重たいし、いいかな…」
「ご主人様のいけず!」
人生を捧げる覚悟をすげなく却下されてしまう。
それにしても、まだお礼なんて気にしていたのか。俺が飛び出さなくてもルミリは大丈夫だったらしいし、俺はただ自分から刃物に突っ込んで行ったヤツなのに。
…そう考えると俺、当たり屋みたいだな。
「あと、キミはあまりにも私物が少なすぎるよ。ビックリしたよ、服とお人形さんしか持ってないって言われた時」
「お人形さんって可愛い言い方だな」
「また話を逸らす!」
そうなのだ。実際のところ俺は、運良くルミリの屋敷に招かれなかったら3日で飢え死にしかねないほど貧弱な装備しかないのだ。
ちなみにジャージは洗濯中で、犬のぬいぐるみこと貞治郎は俺の部屋のベッドに置いてある。
だから正直、私物を買い与えて貰えるというのはとても嬉しい。こっちの世界の文化にも触れられるし、ルミリには大感謝だ。
「コホン。ということで、今日はハルトの好きなように見て回っていいよ。大体何でも買ってあげる。」
「じゃあお言葉に甘えて、色々見て回らせてもらうぜ!よし、行こう!」
「わ、いきなり走らないでよ!」
こうして、俺とルミリのショッピングデートは幕を開けたのだった。