5話【人形師ヴラン】
「はぁ…やっと出れた…」
ティーゴの研究室に閉じ込められて体感10分ほど足掻いた結果、ようやく解放された。
色んな話をしてくれたのはありがたいけど、やっぱり研究者ってなんかおかしい所があるもんなんだな…
「今何時なのか全くわからねぇ…何時に起きて何時間あそこにいたんだ?俺」
そこらにある時計っぽいのも読み方がわからない。まず24時間で考えていいのかもわからない。
ティーゴに読み方を聞いておくべきだったか…
「ま、重要そうなことだけでも早めに聞けてラッキーだな」
異世界に来て一番先にすべき事は、ヒロインと仲を深めること…ではなく、異世界と元いた世界との齟齬の擦り合わせだと痛感する。
魔法一つで複雑な情報が嫌というほどありそうだし、どこが違ってどこが同じなのかわからない。
「それにしても、変なとこに出たせいで自分の部屋に戻れなくなったな」
現在、俺は先ほどまでとはまた違うらしい廊下に転がされた直後だ。
元々屋敷の中を見て回るつもりではあったが、自分の部屋に帰れなくなるほど遠くに行くつもりはなかった。
こんな広い屋敷なら所々に全体マップを設置しておいて欲しい。ショッピングモールみたいに。
「まあ、使用人の人とかもいるだろうし、歩いてたら部屋まで案内してくれる人と会えるだろ、多分」
突き当たりにある大きな扉を目指し歩みを進める。食堂や大広間であれば人っ子1人いないという事はないだろう。
「腹を怪我した状態じゃ、優しくない距離だな…」
ぼやきながら歩を進めると、目指している扉がガチャリと音を立て、誰かが出てくる。
「お、第二村人…いや、ルミリを入れたら第三か?まあいいや、すみませーん、そこの人…」
声をかけた瞬間、その男の奇天烈な風貌に、声をかけた事を後悔する。
まず、顔。目隠しのような黒い布を付け、その上にまるでシャチのような目が書いてある。
あれ前見えてないだろ。
そして、腰。ルミリの腰にも付いていたような趣味の悪い人形が5、6体ぶら下がっている。
あまりにも怪しすぎる。関わりたくない。
「すみません人違いでした!」
誰を探しているわけでもないが、少なくともこの人は俺を部屋まで案内してくれそうな人ではないだろう。そういう意味では人違いというのも嘘ではない。
「待て待て、君ィ、なんだね人の顔を見てすぐ逃げだしてェ…そういう反応が見たくてこんな格好してるんだけどねェ!」
訂正、この人は案内してくれるわけがない人だ。少しでもまともである可能性を期待してしまっていた。
「ははッ、お客人かなァ?もしかして偉い方ァ?そうだとしたらゴメンなさい、次はあなた以外の人を標的にするのでェ…」
「変な格好やめるって選択肢はないんだな!?」
「君ィ、下着を脱げって言われて素直に脱げる人ォ?」
「全然話が違くないかな!?」
変人だ…自分の趣味趣向に走ることを変だと思ってないのがタチが悪い…
「さてさてェ、第一印象は最悪としてェ、君は誰だい?ココ一応貴族のお屋敷だからァ、変な人は入れられないんだけどォ…」
「自分が変な人じゃなくなってから言え!」
こっちとしてもこの人のことは非常に気になる。気になる点が多すぎる。
「俺は佐久間ハルト、本日付けでルミリ様の側近に就任しました、どうぞよしなに」
「はぁん、側近ねェ…まあ色々あったんだろうねェ、君みたいなのを選んだってことはァ」
「ぐっ…悔しいけど否定ができない…聞き忘れてたけど、あなたは不審者ですか?それとも変質者ですか?」
「それ以外の選択肢をおくれよォ。そうだね、自己紹介してあげようかァ。
ボクの名前は「ヴラン」。ここ、ザケイル家のお抱え人形師だよォ」
「人形師…?」
「そ。あまり聞き馴染みがない職業なのは仕方ないかなァ。人形師ってのは、作った人形に魂を吹き込める特殊な職人、って感じかなァ」
「魂を、吹き込む…」
「吹き込む魂によって色んな効果があってねェ、代表的なのは使用者の魂を吹き込む「身代わり人形」、製作者の魂を吹き込む「伝達人形」、精霊の魂を吹き込む「戦闘人形」とかかなァ」
「色々あるんですね…それにしても、魂を吹き込むって、あんまりやりすぎると死んじゃったりしないんですか?」
「あァ、大丈夫大丈夫。吹き込むのは魂の上澄みだけだから、使っても勝手に回復してくよォ」
魂の上澄み。凄まじいワードだが、生死に関わるようなことはなさそうで安心した。
「そうなんですね…ルミリの腰にかかってる人形は、あなたの制作物ですか?」
「そォそォ。ルミリ嬢もやんごとない人だし、一通りの人形は身につけてもらってるよォ。もし怪我しても身代わり人形あるし、よほどのことがない限り大丈夫ってわけさァ」
なるほど、趣味の悪い人形とは思ったが、ヴランの趣味だったのか。よかった、ルミリの趣味じゃなくて。流石にあのセンスは擁護しようがないからな。
「これで大体自己紹介終わりィ。んで、君ここで何してたのォ?」
「あ、そうだ!俺、自分の部屋に戻りたいんですけど、場所わかんなくなっちゃって…」
「フム、どこの何番室か覚えてるゥ?」
「確か、客人棟の2番室だったはずです」
「わかった、そこまでついてってあげよう。なんだかキミィ、ボクのこと案内すらしてくれないくらい怪しい人だと思ってるらしいしィ、その疑いを払拭しようじゃないか」
「なぜそれを!」
心を読む魔術でも使ったのだろうか…そもそもそんな魔術あるのだろうか…
「イヤイヤ、キミ顔に出過ぎだよォ。心を読む魔術なんてないからねェ?」
「また読まれた!」
こうしたやり取りを挟みつつ、俺はヴランに連れられて部屋へ向かう。屋敷の中を歩いているだけで感じる、この異世界感。現代日本では到底あり得ない造形、分からない装飾、読めない時計。外ももっと見て回りたいな。
「あ、そうだ!今って何時なんですか?それと、時計の読み方教えてもらっても良いですか?」
「ン?キミ時計読めないの?貧困街出身とかかなァ?まあいいや、あの掛かってる時計で説明しようか」
ヴランが指差した先には、縦長の板があった。6つの印が等間隔で付けられていて、右端に一本の棒が付いている。現在、棒は上から2番目の印の位置にあり、板の上部では緑色の石が怪しい光を放つ。
「良いかい?あの棒が指し示すのが現在の時刻だ。1時間経つにつれひとつ下の印の位置へ落ちる。石の色は6時間ごとに変わって、赤、黄、緑、青の順で色が変化するよォ。色が変わる時に同時に棒の位置も一番上に戻るから、石の色と棒の位置で時間がわかるってわけさ。」
「つまり今は、午後2時ってわけですね?」
「ゴゴ?2時なのは合ってるけど、今は暗の刻の2時だよォ?」
暗の刻?あっちで言う午後みたいなものか。青は水、緑は風、赤は火、黄は土。時計には魔法的要素が入っているらしい。なら暗の刻の反対は明の刻ってとこか。無属性は…あの板と棒か…?うそ、俺の得意属性、地味すぎ…?
「キミ、本当に不思議だねェ。時計も読めないなんて、どうやって生きてきたんだい?」
「まあ、色々とありまして…」
「説明する気ないってことネ。というより、説明できないって感じするけどォ。」
さっきからヴランの察し能力が半端ではない。普通の変態では無いな、この人。
その後も色々なことを教えて貰いながら歩みを進めていると、いつのまにか部屋に着いた。
初め見た時はヤバイ変態だと確信していたが、どうやらマトモな変態だったらしい。
「じゃ、ここでお別れだねェ。ザケイル家で仕事する者同士、同僚としてこれからもヨロシク」
「あ、はい!よろしくです!」
そう言って、去りゆく彼の背中を見送る。
部屋のドアノブに手を掛けると、右ポケットに違和感を感じる。何かと思い手を入れると、趣味の悪い人形が入っていた。恐らく彼が言っていた人形のうちのどれかだろう。俺の魂をいつの間にか取られた、ということは流石にないはずなので、伝達人形ってヤツの線が濃厚。
しかし、くれるのは嬉しいが、いつ入れたのか、なぜ何も言わずにくれるのか、全くわからない。
「気付かれずにポケットに入れるって、どんな謎技術だよ…」
何のために習得したのか。多分驚かせたいだけなんだろうな。
やはり変態は変態なのだな。手に持った人形を見つめながら、そう痛感したのだった。