22話【未知の甘味】
多分そろそろシリアス回入るので、めっちゃ日常回です。
広い空間に、甘ったるい匂いが広がっている。グツグツと何かが煮える音がしきりに響く空間には、特徴的な前掛けを付けた男が1人だけ、ぽつねんと佇んでいるのみ。
どうやら、煮える音の発生源は火にかけられた鍋のようで、男は「頃合いか…」と小さく呟くと、鍋を熱する火を止め、鍋の中に謎の物体を投入する。
その物体は、光スペクトルのうち過剰なまでに赤を反射し、不気味な長い棒が突き刺さっており、その姿はまるで拷問に使われる熱された鉄塊のように見える。
男は鍋の中で謎の物体を回し、中に投入されている液体を全体に行き渡らせると、「よし」と何かを達成したニュアンスの声を発する。液体が滴るそれを、先んじて用意してあったトレーの上に置く。その後も物体は量産されていき、都合6つほどトレーの上に並べられていく。すると男は突然鍋を流し場へ片付け始める、どうやらここまでで物体の量産は終わったらしい。一通り始末が終わった後、男は初めに作ったモノを棒でツンツンと触る。
するとどうだろう、先程まで液体状だったモノが、固形物へと変化している。その様子を見た男はニヤリと不敵に笑ったかと思うと、息を吸い込み、
「…りんご飴、出来たー!」
と、そう大声を上げたのだった。
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「ということで、こちらが俺の故郷の祭りの定番!リンゴの甘さの中にある酸味と、周りを包む純粋な甘味である飴が織りなす絶妙なハーモニー!その名もりんご飴でございます!…こっちの言い方だとリゴル飴だけどな」
「わー!美味しそう!…食べちゃっていいかな?」
「勿論!食べてもらうために持ってきたんだから」
そう言って先程作った謎の物体…もといりんご飴をルミリは差し出すハルト。
作った時には作りやすさ重視で棒を刺していたが、今は棒は外されており、代わりにフォークが添えられ、六等分に切り分けられている。
何故なら、りんご飴の真の魅力は、リンゴと飴を同時に齧った時にこそ発揮されるため、というのはハルトの言だ。棒に刺さったままではリンゴと飴を同時に食べづらい。ハルトは幼少期からりんご飴という響きが好きでよく祭りで買っていたが、毎回先に飴だけ食べ終えてしまっていたので、丸々リンゴを食べるというワイルドスタイルを余儀なくされていた。そのため、味は正直そこまで好きではなかった。
「だからこそ、初めて一緒に食べたときは感動したもんだ…こんなにうまいもんを見逃してたのかってな」
「感傷に浸ってるとこ悪いけど、頂くよ…ん、ホントに美味しい!止まらなくなっちゃうね」
一口食べた途端目を輝かせて、次々にシャクシャクと小気味いい音を立てるルミリ。
この世界ではリンゴと飴を同時に食べるという発想に至った人物はいないらしい、実際元の世界でもどうやって見つけたか不思議なくらいだ。
だが、その発想は出なくとも、食べた時にそれを美味と感じる事は変わらないようで。
「て、んなこと考えてたらもう食べ終わってるし。満足頂けたようで良かったよ、作った甲斐があるってもんだ。なんなら俺の分も食っていいよ、ルミリの金で買ったし、おっちゃんにおまけでもらった分だし」
「そ、そんな不躾なことは…う〜、ボクには出来ないよ!ハルトが自分で食べな!」
そう言い切るのにだいぶ葛藤が見られたが、ハルトの提案を拒否するルミリ。
ここまでいい反応がしてもらえると作った身としては嬉しくなってしまう。作るのにそう手間は掛かっていないが。
どう見てもまだ食べたいと顔に書いてあるし、ハルトからすると好きな人に食べてもらった方が嬉しい。だが、眉根に皺を寄せて、体をプルプルと震わせて食べたい気持ちを我慢しているルミリの姿を見ていると、ハルトの悪戯心に火がついてしまう。
「そういうんなら遠慮なく頂こうかな」
「う、うん!そうしなよ!それじゃ、ボクはもう行くね…」
「待って待って、どうせならもっと話していこうぜ?ここ最近忙しくて落ち着いた話とか出来なかったしさぁ、色んな話に花を咲かせようぜ?」
「別に良いけど…ハッ!」
ハルトに呼び止められて後ろを振り向いたルミリが、驚嘆の声を上げる。その視線の先には、今まさにりんご飴を口にしようとしているハルトの姿があった。
「あー、りんご飴って本当に美味しいよなぁ、ルミリもホントはもっと食べたいだろうにごめんなぁ?これだけしかなくってさぁ…」
「う、うん!別に大丈夫だよ!それよりほら、早く食べなよ!」
「いやぁ、ランドルに買い物しに行くのも楽じゃないしさぁ?次いつ買いに行けるかわからない分、貴重だから大事に食べないと…」
そう言って、空中でりんご飴の一欠片をを舐め回すような視線で見つめるハルト。
その様子にルミリはごくりと生唾を呑み、先程の芳醇な甘味を体が求めてしまう。
だがそこは根が真面目なルミリ、これではいけないと頭を振り、興味のない態度を作ると、
「そんなにもったいつけずに早く食べなって!」
「そこまで言うなら食べるよ、あー…」
勿体つけて、りんご飴をゆっくりと口に運ぶハルト。
ハルトの胃袋へ落ちていくのが秒読みなりんご飴の姿に、ルミリは興味のない素ぶりも崩し、わなわなと体を震わせてしまう。
段々とハルトの口との距離が縮まっていくりんご飴を見て、「あ…あぁ…」と悲しげな声を上げるルミリ。そんなルミリの想いも虚しく、りんご飴はハルトの口の中へ吸い込まれてゆき…
「んっ」
「あああぁぁ…」
シャクリ、と良い音が響くと同時に、ルミリが床へ崩れ落ちた。
ハルトはわざとらしく大きく口を動かし咀嚼した後、またもやわざとらしく喉を鳴らして嚥下し、
「いやー、やっぱりんご飴って美味いな!な、ルミリ!」
「う…うん、そうだね、ハルト」
無駄に良い笑顔を浮かべるハルトに、ルミリは力のない返事を返したのだった。
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「…ま、結局残りはルミリに食べさせたんだけどな」
「ハルト様、あんまりお嬢を揶揄うのやめて下さいよ…そういう欲は私で発散して下さい」
「人聞きの悪い言い方をするな!!」
クロルの発言に身の危険を感じ、誰かに聞こえていないか辺りをキョロキョロ見回すハルト。恐らく誰にも聞かれていないことを確認すると、ふぅと安堵の息を吐き、
「あのなぁ…昨日まで小さかったからって、今は年頃の女性なんだ。もう少し発言に気を遣えよ?」
「今のはハルト様が過剰反応しただけでは?別にえっちな意味で言ったわけじゃありませんし」
「切り抜かれて変な誤解生みそうなこと言うなって言ってんの!ったく、時間をかけて矯正していくっきゃないかな…」
頭をぽりぽりと手で掻き、気が重そうにぼやくハルト。ハルトは「そうだ」と何かを思い出したように声を上げ、
「ほら、お前の分のりんご飴、もといリゴル飴だ。食いな」
そう言って、個包装された箱をクロルへ渡すハルト。ルミリには皿で持って行ったが、他の面々にはこのような形で渡していくつもりだ。
クロルは、自分は貰えると思っていなかったのだろう、驚いた顔で、
「え!?私の分もあるんですか!?奴隷なのに!」
「当たり前だろ?家族みたいなもんだし。てか、お前のこと奴隷だと思ってるやつ多分居ないよ、お前がそう呼ばれたがってるだけで」
「そ、そんな…私の自己同一性の危機です…」
「お前にとっての奴隷ってそこまで大事なアイデンティティだったの!?」
そんなところに自分の存在意義を見出すとは、なんとも悲しい話だ。その肩書き以外によるべが無かったのだろうか。普通の神経では他にも頼れるものがないと、寄りかかる柱が足りなくて倒れてしまいそうだが、本当に強い子なのだと思わされる。
「まぁ、そんなものこれから幾らでも探してきゃいいさ。少なくとも今のお前は買われた奴隷じゃなくてザケイル家の一員なんだから、そんなに自分を卑下すんなって」
「…えへへ、はい!ありがとうございますーハルト様!」
「よしよし、その調子で俺のことハルトって呼び捨てにしてくれても…」
「それだけは嫌ですね」
「だよなぁ…」
予想通りの返答にため息をつくハルト。そもそも、ハルト様と言う呼び方もクロル的にはだいぶ妥協に妥協を重ねた両者の着地点だったため、これ以上に崩した呼び方は断固拒否されるのが目に見えていた。これを改善させるには、もっと自分に自信を持ってもらうしかないのだろうが、それもまた難しい話だ。
「なんたって、長い奴隷暮らしで上下関係染み着いちまってるからなぁ…」
それでもいつの日か、普通の呼び方をされる事を夢見て努力していこう。
ハルトがそんな事を考えていると、クロルがハルトの肩をトントンと指で叩き、
「ハルト様、これ今食べても良いですか?」
「良いぞ、食べる用のフォークも同封してある」
「わぁ、気が利きますね。いつもはそこまで気が回らないのに」
「この短い付き合いで俺の何を知ってるってんだ!ほんと、分を弁えてるのか失礼なのか分からんやつだな!」
「まあまあ、それじゃ頂きまーす。…!、美味しいですね!まともな甘味を摂取するのが久しぶりすぎて舌が爆発しそうです!」
「なんか不安になる表現だな…」
ルミリと同様、こちらも目を輝かせてパクパクとりんご飴を頬張るクロル。
舌が爆発というのは流石に誇張表現だろうが、久方ぶりに投入された暴力的なまでの甘みがクロルの唾液腺をショートさせたのか、しきりにじゅるじゅると涎の音がする。
「こらこら、はしたないから涎垂らすな」
「あ、ふぁい、すみません」
「ったく…って、食うの早ッ!?」
止めどなく溢れ出す涎を引っ込めるクロル、その手元をよくよく見やると、入れ物の中にはもうりんご飴が一欠片も無い。
食べ始めてから30秒も経っていないというのに、驚異的な食事スピードだ。
「あはは、悠長に食べると怒られてたので、早く食べる癖がついちゃって…」
「いや、別に早く食べるのはいいんだけどさ…今は早く食べる必要ないんだから、もっと味わって食べろよ」
すみません、と小さく呟くクロルに鼻息を漏らすハルト。
ティーゴとヴラン、それにソフィアの所には後で持っていくか、そんな事を考える。今は忙しいかもしれないから、とりあえず渡すだけ渡しておこう。
…そうだ、今は皆忙しい。
2日後にはジーニスへの奇襲が決行されている。今日が平和すぎて意識から抜けていたが、今後の命運を分ける作戦の直前なのだ。
…とはいえ、実はハルトはそこまで事を重大視していない。
何故なら、ジーニスとやらを圧倒している未来が見えたから。
答えがわかっている問題に必要以上に苦悩する必要はない、だからこそ今日ハルトは平和ボケした1日を過ごした。
2日後までは、もうこんなに微笑ましい日常は送れないかもしれない。
だが、そこまでだ。そこを超えてしまえば、ここらで一番権力のある大領主を下し、ルミリ達とのほのぼのライフが送れる、そう思えば未来は明るい。
そんな希望で頭がハッピーなハルトは、ニッと笑みを浮かべ、
「よし、みんなにりんご飴渡したら部屋に戻ってゴロゴロするか〜」
「真っ昼間からその発言、清々しいまでの穀潰しですね」
「やる事ないし英気を養っとくんだよ!」
と、いつもらしい気の抜けるやり取りを交わしたのだった。




