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21話【異常な信仰者】

「ーー?ーーー!」


 遠く、遠くから声が聞こえる。声と呼ぶには輪郭がぼやけすぎているが、間違いなく誰かが何か呼びかけている。今まで自分は何をしていたのだったか。そもそも今はどんな状態なのか。…自分とは何だっただろう?


 思い出せ、思い出さなければ自分を形作るものがボロボロと剥がれ落ちていく。そうすればそこに残るものはなんだ。そんなこと分からないが、とにかく思い出すのだ。

 …そうだ、さっきまで誰かと話していた気がする。とても重要なことを聞かされて、それで…


「ハーー!?ーー様ー!?」


 そんな有体のない思考をしながら意識を覚醒させようともがいていると、呼びかける声が輪郭線を帯び始める。

 うるさい。今自分は、何かを思い出している最中なのだ。思い出そうとして思い出せるか分からないが、やらないよりはマシだろう。やらない方がマシなんてことはこの世には殆どないと言える。だが殆どと言っても、『骨折り損のくたびれもうけ』という諺が生まれたことからもないわけではないことが窺え…


 意識がぼやけて思考がまとまらない時は、メインとなる思考の他に同時並行でどうでも良い話題をポンポン出しつつ、意識を一本に収束させていくのがいつものハルトのやり方だ。

 寝起きなんかはいつもこうやって目を覚ましていき、意識を現実へ浮かび上がらせる。

 そのいつものやり方のおかげで、だいぶまともな思考ができる様になってきた。


 異世界に飛ばされて、黒髪美少女と出会って、刺されたと思ったら屋敷に運び込まれて…そうだ、さっきまで『バーバヤーガ』と話していたんだ。だんだんと思い出してきた。

 確か、『バーバヤーガ』と話すのにも何か流れがあったはずだ。その前後がなかなか思い出せない。


 そうだ、思い出しーー。


「もう!ハルト様!何ぼーっとしてるんですかっ!」


「はぶらっ!?」


 クロルの声が静かな聖堂に響いたと思えば、ハルトの頭からスパァン!と良い音が鳴る。どうやら、意識が何処かへ行っていたハルトを見兼ねて、クロルがハルトの頭を引っ叩いたらしい。

 精神世界の中と同様、頭に一発衝撃を加えられたことで完全に意識が回復する。


「あえ?俺、どんくらい飛んでた?」


「と、飛んでたって…怖い表現しないでくださいっ!よく分からない文字が浮かんだと思ったらすぐにぼーっとしちゃって、そこから10秒くらい何の反応も無かったからびっくりしたんですよっ!」


「ああ、そうなの?そんなに時間経ってなかったんだな」


「ハルト様がいきなり愚行に走るのはいつもの事ですけど、とうとう脳の血管が切れちゃったのかと思いましたよ」


「不吉な予想をするな!まぁ、別に何があったわけでもないから安心しろよ、大丈夫大丈夫」


 そう言って、クロルの頭に手を伸ばしかけてしまったと手を引っ込めるハルト。小さい頃の感覚で頭を撫でようとしたが、クロルはこんなでも歳上なのだ。気安く女性の頭を触るのは失礼、悪ければセクハラで訴えられるだろう。


 そのハルトの反応に、顎を少し引いて撫でられる準備をしていたクロルは不満気に頬を膨らしているが、ハルトはそれに気付かない。

 そんなハルトにご立腹なのか、少し棘のある態度でクロルは話を続ける。


「それで!?あの読めない文字は何だったんですかっ!」


「何で急に怒ってんの?…あー、あれは俺の母国語なんだけど、そりゃ読めなくて無理ないよ。多分この文字解読できるの世界に数人だから」


「そんなに読める人間が少ない言語が栄えた国って、もう滅びてないですか?」


「まぁ、俺の記憶の彼方に飛んでいってはいるかもしれんが…」


 この世界と元の世界が繋がらない限り、文字通り別次元の国なのだ。こちら基準では存在しない国だし、滅んでいるといっても過言ではない。今はハルトの心を温めるだけの思い出と化している。


「こほん。ご歓談中失礼いたしますが、ハルト様、でしたか。よければ授かった天輪について教えて頂いても宜しいですか?」


 そう言って、申し訳無さそうに2人の会話に割って入る白装束の女性。彼女の疑問には、あらゆる天輪を観測しなければいけないという職務上のものと、不思議な文字で書かれた文章にどんな異常な天輪が宿っているのかを知りたいという個人的なものが入り混じっているのを感じる。

 ハルトだって同じ立場ならば目を輝かせて内容をせがむところだが、いざ当事者となるとどう誤魔化せば良いものか頭を悩ませてしまう。


 この世界にありふれたものに偽装するか、未来視とでも言ってそれっぽい感じにするか。万が一この世界で無い天輪を口にしようものなら質問攻めを喰らうのが目に見えるし、バカ正直に神に恨みのある『バーバヤーガ』です、なんて言った日には、磔、拷問、極刑の3段コンボだろう。


 さてはて、一体どうしたものかと頭を悩ませるハルトの頭に、小さく声が響く。

 何が聞こえたかと意識を頭に集中させると、小さく「超直感…」と聞こえてくる。声色的に恐らく『バーバヤーガ』が語りかけてきているのだろう、「超直感」、か。

 恐らくそう言えばこの場を切り抜けられるのだろう、その指示に従い頭に響く声をそのまま言の葉に乗せる。


「超直感って能力でしたね」


「なるほど、『超直感』ですか。こちらも良い天輪ですね」


「へぇ、超直感っていい能力なんですか?ただの勘が鋭いヤツな気がするんですけど」


「実際その通りなのですが、その天輪を持つ人間の直感は、偶然そのような気がする、というあやふやなものではなく、『確実に』そう感じるようになるものです。右が左か迷ったとき、その天輪を持つものならばどちらへ行けば良いか確実に分かる。何故と聞かれれば、天輪が、神がそう告げているから。…そういう力なのです」


「へぇー、チームに1人は欲しいですね、そういうヤツ」


「実際この天輪を持っている人間はパーティで重宝されます。宝箱を開けても良いか、この先に居る魔物と戦っても大丈夫か。…そのような、適切な判断が難しい場面でも確実な命令を下せるのですから。起こりうる危険を払い除けられることから、『未来を見ている』ようなものとも言われていますね」


 未来を見ている、その言葉に合点がいく。だから『バーバヤーガ』は代わりとしてこの天輪を囁いてきたのだろう。ハルトの力に気づいた人間がいたとしても誤魔化しが効くし、直感で感じ取ったと言えば信憑性なんてものは後から付いてくる、未来に起こることを周りに吹聴する時に打ってつけの天輪だ。

 見事な采配だと心の中でつぶやくと、ふふんと勝ち誇ったような声が聞こえた気がする。

 精神世界の中の話では、また話が出来るのにはしばらくかかりそうという事だったが、軽いコミュニケーションなら取れるのだろう。


「しかし、未知の言語で書かれていたので未知の天輪でも飛び出すかと思いましたがそんなこともありませんでしたね、少し残念です」


「なんかすみませんね、ご期待に添えず」


「いえいえ、こちらこそ勝手に期待をしてしまい申し訳ありません。万が一周知されていない天輪を授かっていた場合、丸3日は帰れないでしょうから。そちらとしては良かったかもしれませんね」


「そ、そんなに調べられるんですか…」


 3日も拘束されては、迫るジーニス・ランドルとの戦いに間に合わない。別に延期しても問題は無いだろうが、やはり決行日を決めた以上その日に作戦を実行した方が士気が上がるものだろう。そうならないためにも、この場をうまく切り抜けられてよかった。『バーバヤーガ』に心の中で感謝をする。

 …いや、こんなに悩む原因も『バーバヤーガ』にあるのだから、マッチポンプとさして変わらないのではないか?


 そんなくだらない考え事は頭から振り払い、ハルトはこの場からさっさと立ち去る事を考える。

 先程まではクロルの正体がバレるのが怖いのが理由を占めていたが、今はハルトにも秘密ができてしまった。ボロが出たら大変な事になるだろう、今後はなるべくセラペストには近づきたくない。


「では、天輪も分かったので、これにて失礼します。今回はありがとうございました」


「いえ、これも神の御技を拝むためには必要な事です。むしろこちらが感謝すべき事です、偉大なる神のなさった所業をまた一つ知ることができたのですから」


「はは、そう言ってもらえると幸いです」


 愛想笑いを浮かべて、御礼の言葉を口にするハルト。だがその胸中は、正直穏やかではない。

 いつ秘密がバレるか、というのももちろんあるが、本命の部分はそこではない。この女性の、神とやらへの入れ込み具合に不気味さを感じるのだ。もちろんそういう人が多くいるのは分かっているが、このセラペスト教徒の女性はそれらの人々とは何か違う、言い表し難い狂気がある。

 例えばそう、信仰する対象を「神」という、概念的な言葉でしか表現しない。キリスト教であればイエス・キリスト、仏教ならばブッダ、信仰対象を概念で呼ぶことは何かがおかしい気がする。

 この違和感を含む狂気を纏うのがこの女性だけなのか、全セラペスト教徒がそうなのか。それは分からないが、やはりここには長居したくない。


 そう思ったハルトは、クロルの手を引いてそそくさと扉へ駆け寄ると、


「じゃ、本当にありがとうございました!また何かあったときは頼りますね」


「はい、是非。貴方がたに、神のご加護がありますように」


 そう言ってお辞儀をする白装束の女性。

 ハルトが扉を開き外へ出ると、だんだんと閉まってゆく扉の隙間から、徐々に礼の姿勢から直立姿勢へと戻っていく女性の姿が見える。

 ハルトの見間違いか、彼女の纏う雰囲気がそう幻覚を見せたのかは分からないが。


 ーー女性の口元が、歪んだ笑顔を模っているように見えた。

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