2話【ジョブチェンジ、側近】
「…知らない天井だ」
一回言ってみたかったんだよな、このセリフ。なんか恥ずかしい。
誰にも聞かれてないか確認するために体を起こすと、脇腹に痛みが走る。
「そういえば、俺、生きてる…」
命があることを痛みで実感するなんて、なんか洒落てるな、と思う。呑気なものだ。
きっと、あの子がここまで連れてきて、治療してくれたんだろう。
…まてよ?だとすると、俺のガリガリの腹をあの子に見られてしまったのか?うわぁ、最悪だ…鍛えておけば良かった…
「恥ずかしい…死にてぇ…」
「ちょっと!?せっかく死にそうなところから助かったんだから、死ぬなんて言わないでよ!」
「うわぁ!?」
気づかぬ間に部屋の扉が空いている。俺を助けてくれたであろう黒髪美少女に、俺のセンチメンタルな呟きが聞かれてしまったらしい。
「それにしても、目が覚めたみたいだね。良かった…」
「あ、ああ。君が助けてくれたんだよね?ありがとう。」
「確かにそうだけど、助けられたのはボクの方だよ。ボクを庇って刺されてしまったんだから…本当にゴメン。」
深々と頭を下げる美少女に、俺はあたふたする。
女の子に謝られるなんて、小学校のときに給食をぶちまけられた時以来だ。
「や、やめてくれよ!俺がしたくてしたことなんだから…」
「でも、助けてもらったのは事実だ!何かお礼がしたい、なんでも言ってくれ!」
「な、なんでも…だと…!?」
純粋な男子高校生にその言葉の価値は大きすぎる。
こんな美少女になんでもお願いできるとなると、邪な考えがよぎるのは男として仕方のないことだ。うん、きっとそうだ。
だが、急いては事を仕損じる。先に現状を把握しよう。
「お願いする前に、まず、俺はここがどこかすら理解できてないんだ。説明してもらっていいかな?」
「あ、そうだよね、ごめん!まず、自己紹介からだよね!ボクの名前は…」
その時、頭にイメージが走る。
ーーーーーーーーーーー。
ボクの名前はルミリ・フォン・ザケイル!
ここ、ザケイル家の三女だよ!ーーー。
ーーーーーーーーーーー。
「ルミリ・フォン・ザケイル…?」
「え!?あ、そう!ボクの名前はルミリ・フォン・ザケイルだよ…どこかで知ってた?」
「え!?いやぁ、アハハ…なんだかそんな気がしてーー…」
「ふーん、変なの…」
なんだ、今のは…前にもイメージが見えたけど、今のは俺の妄想というより…そう、まるで…
「未来でも見えてるみたいだね、キミ。」
「!!」
未来。そう、未来が見えている!
なんてことだ!凄い能力付きで異世界転移できたんだ俺は!やったぞ!
「…?なんか嬉しそうなとこ悪いけど、話を進めるよ。ボクはここ、ザケイル家の三女なんだ。で、ここは客室。君を治療して、ここに寝かせてたの。ボクの命の恩人だし、本当はもっといいところで寝かせてあげたかったんだけど、とにかく一番近いところに運んだから…」
「この部屋があんまり良くない部屋…?」
ふかふかのベッド、洒落てる照明、俺の部屋の4倍はあるであろう広さ、ベッド脇にある高そうな果物…どう見ても高級ホテル顔負けの豪華さだ。経済力に慄く。
「さて、この場所の解説はこんなものかな。他に聞きたいこととかある?」
ルミリが顔を傾げる。可愛い。
聞きたいことがあるかと聞かれると、2時間分ほど聞きたいことがあるのだが、大事なことだけ聞いておこう。
「あー、まず、あの男はなんだったんだ?刺してきたヤツ。」
ハルトが今一番聞きたいことだ。住所とかわかるのなら丁寧にお礼してやりたいところ。
「あの人は多分、他の候補者の手先かな…」
「候補者ぁ?」
選挙でもしてるのだろうか。まあ、あんなに多くの種族がいるんなら法規制とかしっかり敷かれてそうだしな。
「あ、候補者っていうのはね…」
ルミリから聞かされた話をまとめると、今この国では国をまるごと巻き込んだ君主争いのようなものが繰り広げられているらしい。
ルミリはザケイル家の代表としてその争いに参加しているとか。
当主になると、国の実権を握ることができるらしい。
「その争いに参加している家系のうちのどこかがあの手先を送ってきたってことだな…」
「そういうことになるね…ごめんね、巻き込んじゃって…」
「いや、ルミリが謝ることはねぇよ、狙われてた側だし…あっ」
「なに、どうしたの?」
閃いてしまった。狙われるルミリを守りつつ、側にいれる口実になる最高のポジションを。
さらに、今の俺にはルミリに降りかかる危機を察知できる力もある!
「まだお腹痛いかな?きついなら休んでてよ、えっと…」
「ハルト」
「え?」
「佐久間ハルト、今から君の側近になる男の名前だよ。」
「え?側近?ハルト、どういう…」
「さっき言ってた、なんでもお願いしていいってやつ。俺の願いは、君の側近になることだ!」
自分がもらって一番嬉しいポジション。
生活が保証される上、好きな子の側にいながらその子を守れる最高のポジション。
「…そんなことで良いの?キミ、欲がないねぇ…」
「俺的にはだいぶ傲慢な願いのつもりなんだがな…」
「まあ、そんなことでいいなら、喜んで君を雇わせてもらうよ…よろしくね、側近さん」
そう言って、少女は微笑んだ。