19話【天輪を知る】
「と、いうわけでやって来ました!セラペスト教会〜!」
荘厳な雰囲気の教会の前、場違いにテンションの高い青年が1人。ハルトである。
「ハルト、誰に喋ってるの?」
「何処で自分が見られてるか分からないからな。いつでも最高の姿をお届けするのが生粋のエンターテイナーってやつだぜ」
「相変わらず何言ってるかわかんないけど、とりあえず周りの人の目が痛いからやめてね」
誰に向けたサービスでもないが、少なくとも近くの通行人にとっては良いエンターテインメントではないらしい。腫れ物を見るような目がグサグサと突き刺さってくるのを感じる。
「今宵の観客はちっとばかし照れ屋さんらしいな…」
「さっきも言ったけど、ボクはセラペストの教会には入らない…というか、入れないからね」
ハルトの戯言を華麗にスルーし、本題を進めるルミリ。ルミリにスルーされた事を悟ったハルトは態度を改め、
「分かってる。亜人族と因縁があるどころの話じゃねぇ場所だしな。…正直クロルもバレたらヤバいけど、ティーゴを信じるっきゃねぇな」
ハルトがそう言うと、クロルはきゅっと唇を噛む。亜人族に呪いを掛けた宗教団体、セラペスト。今から入る場所は本部ではなく支部だが、それでもバレたらタダでは済まないだろう。だが、クロルと同様、ハルトも自分の天輪とやらは気になる。
この未来視の力は天輪によるものなのか、それとも別の特殊能力によるものなのか。それを確かめるためにも、この機会に調べておきたい。
「一回見てもらったら今後お世話にゃならんだろうし、予防接種だと思って行ってくるよ」
「い、いざとなると怖いですね…ハルト様、私の分まで見て来てくれませんか?」
「そんな大学受験の合否を見るのが怖い受験生みたいなこと言ってないで、ほら、行くぞ。そもそも入らないと調べれないだろが」
「うう〜〜…行って来ます、ルミリ様…」
「行ってらっしゃい!2人とも!無事に帰って来てね…」
「不穏な事言わないで下さいよ!」
最後に不穏なやり取りをしながら、入り口の扉をを開く2人。
教会の中に足を踏み入れると、外見から感じた印象と違わぬ、神聖な空気の漂う礼拝堂がハルトとクロルを出迎える。
元の世界では教会に入ることなどとんとなかったハルトだが、イメージする教会といえばこれ、という光景が広がっていた。
だが、一つ違和感がある。それはーー。
「神様の像とか無いんだな」
「それは我々セラペストが単一のものを信仰していないからでございます」
「うおぉ!?」
「驚かせてしまったようで申し訳ありません。ですが、疑問にはお答えした方が良いかと」
そう言って軽く礼をする女性、見た所教会の関係者なのだろう。白に染まった装束を身に纏っており、清廉潔白を地で行くと言ったところか。
礼の姿勢から体を起こした女性は再び口を開き、
「セラペストでは一つの信仰対象を崇めるのではなく、神が生み出したこの世の全てに敬意を示すことを教義としているのです。神の手の入った全てを崇めることで、日常から神へ感謝が出来るよう。ですが、唯一本堂にだけは、全ての造物主たる神の石像がございますがね」
つまり、神を崇めるという目的だけでは入り口が狭いから、何処からでも勧誘できるように受け皿を広く取っているということだろう。俗物的な観点だが、理に適ってはいる。
そんな、口に出したら全セラペスト教徒から怒られ、小一時間詰められそうな邪な考えを巡らせていると、
「さて、改めまして。ようこそセラペストへ、本日はどのようなご用件で?」
「ああ、俺とこの子の天輪を調べてほしくて。お願いできますかね?」
「もちろんでございます。では、この赤い敷物の上を辿り、前へお進み下さい」
そう言って、白装束の女性は手で行き先を示してくれる。ハルトのイメージで言う、神父が立っていそうな所…いわゆる主祭壇まで赤いカーペットが続いており、恐らくあそこで天輪を調べる儀式が行われるのだろう。
女性に言われた通りに進むハルトとクロル。クロルは不安なのか、見たことのないものに興味津々なのか、しきりに周りを見回しており、落ち着きが無い。
もしくは、いつ自分の正体がバレるかヒヤヒヤしているのだろうか。クロルが亜人だとバレるとハルトまで被害を被りそうなので、クロルにはハルトの分まで不安がってもらう。
そうこうしていると、赤いカーペットの終点まで辿り着く。なるほど確かに、主祭壇の前に立つと気持ちが引き締まる。この状態で物腰柔らかな神父に甘い言葉で誘われたなら、宗教にのめり込む人間がいるのもさもありなん。
「では、どちらの方から鑑定致しましょうか?」
「あ、こいつからお願いします」
ハルトがそう言って、クロルより一歩後ろに下がる。女性はこくりと頷き、クロルを主祭壇の目の前まで手を引き連れて行くと、
「ああ主よ、貴方様がこの者に与えし権能、その全貌をなぞる事をお赦し下さい」
と、そこにいるらしい神に断りを入れる文言を口にする。すると、しばらくの沈黙の後、突然巨大なスクリーンようなものがハルト達の頭上に現れる。
そこにはいくつかの項目に分かれているらしい文字列が並んでおり、一番上にでかでかと書かれた文字が恐らく天輪の名前だろう。
書いてある文字はハルトにはほぼ理解できないが、女性はもちろん、クロルにも分かるようで、
「『魅了』…これが私の天輪ですか?」
「『魅了』ですか。良い権能を授かっていますね」
「良い天輪なんですか?聞いたことない名前なんですけど」
「はい。『魅了』の天輪は多くは無いですが、私も過去何人か見てきました。『魅了』の天輪は、自分に好意を持つ人間の感情を増幅し、自分に向けられた悪感情を緩和する力がございます。見目麗しい方ほど効果が発揮されやすいですね」
「なるほど、だからあんなに店員さんが詰め寄って来たんですね…って、あんなにグイグイ来られるのは嬉しく無いですけどね。調節したりは出来ないんですか?」
「残念ながら、自分の意思で出力を変えることは出来ません。常時発動している天輪ですので、街を歩く際はお気を付けて」
「分かりました、ありがとうございます!…うう、またあんなことになるのは嫌ですね…」
服屋での恨み言をぶつぶつ呟きながら、こちらへ戻ってくるクロル。クロルが主祭壇の前から離れると、スクリーンは消え、元の風景へ立ち戻る。
クロルの天輪は『魅了』だったらしい。思い返せば、亜人の子供なんて奴隷に落ちればすぐに殺されてしまいそうなものだが、数年間無事に生き残っていたのも天輪によるものなのかもしれない。
ルミリの着せ替え人形にされたり、知らない人間が押し寄せて来たり、苦労ごとも絶えないだろうが、人から好かれるというのは悪いことではないし、上手く使って生きて欲しいものだ。
「男を誑かす悪女にはなるなよ…」
「私から迫ったりはしませんが、道行く男性が勝手に私を好きになるかもしれないのは否めませんね。ハルト様、ちゃんと守って下さいね?」
「おう、ちゃんと手綱は握っといてやるよ」
「なんか扱いが悪くないですか!?」
上目遣いで分かりやすく媚びてくるクロルにペット扱いで返すハルト。
自分の天輪がわかった瞬間これだ、もしかしてハルトを籠絡して主従関係を逆転させようとしているのだろうか。今のところそこそこの高待遇をしているはずだが、これでも満足出来ないというのか。
「今あるものに満足することも人生においては大事だぞ」
「何で急に諭されたんですか!?」
向上心を失わないことは大事だが、自分の身の程を弁え、自分の腕で抱え込めるまでに収めることも大事なことだ。
それを分かっていないらしいクロルに、こちらも恐らく分かっていないハルトが説法を説く。
釈迦に説法とはまた違うが、滑稽な絵面であるという本質は同じだ。
そんなやり取りを挟んで、次にハルトが前に出る。
「じゃあ次、お願いします」
「かしこまりました。こちらへどうぞ」
女性の手を握るのに少し抵抗があり、エスコートを拒否するハルト。後ろからクロルが馬鹿にした視線を送って来ている気がするが、気にしないよう努めて主祭壇の前へ。
そして、女性が同じ文言を口にする。
「ああ主よ、貴方様がこの者に与えし権能、その全貌をなぞる事をお赦し下さい」
すると、先程と同じように頭上に巨大なスクリーンが映し出され、いくつか纏まった文字が浮かび上がる。
だが、先程とは明らかに違う点が一つーー。
「…何ですか?この文字」
「これって…日本語…?」
この世界には無いはずの日本語、未知の言語で書かれた文章に女性とクロルは首を傾げる。
当然の事だ。この世界に別の言語があるとしても、見たことぐらいはあるだろう。日本人でもアラビア語や韓国語の文章を見てもどこの言語かは分かる。
だが、この言語は、この世界に持ち込まれていない、持ち込まれてはいけない言語のはずなのだ。
固まった3人だが、その中で1人、ハルトだけが全く違う反応をしていて。
「何で日本語で出てきたんだ…?まさか、俺が転移したから…?」
あり得る可能性がふっと浮かんで、だがそれを裏付けるものが無く、考えるだけ無駄だと切り捨てる。
そして、突然日本語で出てきた文章に驚き、肝心の天輪が何なのかを見ていなかった事を思い出し、もう一度スクリーンに目を移す。
そこに書いてあったのはーー。
「……『バーバヤーガ』?」
ハルトが口の中でそう呟くと、頭の中で声が響く。
「おや、やっと見つかったかい」
ーー次の瞬間、ハルトの視界は暗転した。




