17話【文字通りの急成長】
ハルトは元々、寝覚めが良い方ではない。
起きてからしばらくは不機嫌であるし、頭がぼーっとしてまともな思考が出来なくなる。しっかりと睡眠を取った日の朝でも、頭に血が回らず、17年間連れ添って来た四肢は言う事を聞かないし、瞼がシャッターを閉め閉店しようとしてくる。
この寝覚めの悪さのせいで学校に遅刻することもしばしばあったし、学校で居眠りしたところを起こされて、寝起きで教師を睨みつけ反省文を書かされた事もある。
だからきっと、この目の前に広がる光景は、寝起きの悪いハルトの頭が夢と現の境界を見失っているだけなのだ。
「ハルト様?何をそんなに驚いてるんですか?」
ーークロルが、でっかくなってる。
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「ク、ク、クロルなのか!?お前…いや、貴方が?」
目の前の美女に向かって、素っ頓狂な声を上げるハルト。昨日は確か、クロルと共にベッドに入り、変な事もなく入眠しただけのはずだが…
「嫌ですねぇ、何をそんなに驚いてるんですか?昨日きちんと確認をとったじゃありませんか、大きくなって良いですかって」
言われてみれば、昨日心地よい睡魔に襲われながら、そんな事を聞かれた気がする。
その時はどんな意味か聞き返すのも億劫で、適当に「ああ、いいぞ」なんて相槌を打って、そのまま寝てしまったのだ。
「だからといって、何で本当に一日でデカくなるんだよ!どんなカラクリだ!?」
「あ、これも知らなかったんですか?奴隷は、奴隷になる時に名前を奪われるのと同時に、成長を止められるんですよ。子供を好んで買う人も居るので。奴隷として買われて、許可があれば止められた成長を取り戻せるんですけどね」
「闇が深ぇなこの世界!くそっ、俺の小さくて可愛いクロルを返してくれよ!」
「今でも可愛いでしょう!というか、今の方が美人でしょう!」
「あんま自分で言うもんじゃないが、確かにそうだ!だけど、起きたらいきなり美女が隣に居るなんて急展開、俺の心臓がもたねぇんだよ!」
実際今も、驚きで心臓がバクバクと鳴っているのが聞こえる。
ルミリを可愛い系とするとクロルは美人系と言ったところか。
整った目鼻立ちに、現代日本で言うところのボブカットに近い髪。小さい時は気づかなかったが、ルミリの垂れた犬耳と違い、クロルの少し尖った耳は猫に近い。
それに、気づいたら服も変わっている。ここに連れて来た時着替えさせたが、それじゃサイズが合わなくなったのだろう、ハルト用のシャツにズボンを着用しており、言ってしまえば…
「彼シャツっぽくて、ちょっとグッとくるじゃねぇか…ダメだダメだ、俺はルミリ一筋なんだ。心移りはしない…とりあえず、ルミリに報告しに行かなきゃなぁ」
「はい!では行きましょう、ご主人様!」
「その見た目でご主人様はちょっとなぁ…因みに今何歳くらい?」
「確か、18歳ですね。」
「一個歳上じゃん!」
歳の割にしっかりしてると思っていたが、実年齢を聞くと納得する。
昨日まで頭を撫でていた子が自分より一つ上のお姉さんだったとは、誰が予想出来ただろうか。少なくともハルトには出来なかった。
「じゃあなおさらご主人様はよしてくれ、ハルトでいいよ」
「いいえ、ご主人様と呼ばせていただきます」
「お前呼び方だけこだわり強いのなんなの?…じゃあ間をとってハルトさんで頼む」
「いいえ、間を取るならハルト様です!ハルト様、ハルト様でいきましょう!ね?」
「わーかった、分かったよ…じゃ、それでいこう。ルミリのとこ行くぞ、クロル」
「はい、ハルト様!」
と、大きな返事を残して、2人は部屋を出ていく。
幸い、ルミリの部屋まで誰にも会わずに到着できた。今の状況をヴランやティーゴに見られると、説明する前に揶揄われるのが目に見えている。何なら事情を察した上でバカにして来そうだ。…想像するだけで腹が立ってきた。
と、そんな馬鹿な妄想は置いておき、ルミリの部屋のドアをノックする。
「ルミリー?ちょっと今いいか?」
「ハルト?入っていいよ、大丈夫」
「失礼しまーす」
「失礼します、お嬢」
「どうしたの?二人共…って、キミ、クロル?いきなり大きくなったねぇ」
「そんな久しぶりに会った親戚のおばちゃんみたいな反応で済ませていい事なのか?」
「確かに、てっきり実年齢は15歳くらいだと思ってたから…見た感じ20歳くらいだよね?ボクと同じくらいだね」
「ルミリってハタチだったんだな…って、やっぱり奴隷が成長止められるってのは結構常識なんだ」
普通にそんなことが罷り通っている所に、やはり異世界とのギャップを感じる。この世界に来てからあまり経っていないが、所々に人権への冒涜が蔓延っていて、現代日本人からすると中々に心が痛むことが多い。
ルミリが国の当主になったら、全ての種族が権利を尊重してもらえるよう改善を頼んでみようか。
「で、急に大きくなっちゃったから服とか無いんだけど、ルミリの服貸してくれたりするか?今まさに服を買いに行く服がない状態だから」
「いいよ、でもまた外に行くのか…昨日のことがあるからちょっと怖いね」
「確かにな…誰かに頼むか?ちょうど今日ソフィアさんが例の物買いに行ってるし」
「お二人とも、そんなに考えてくださらなくても大丈夫ですよ!小さくはありますけど前の服もまだ着れますから!」
「そんな訳にいくか!そんな状態で外に連れ出したら、わざとサイズ合わない服着せてるヤバい性癖の奴だと思われるだろ!」
「ま、まぁ…ハルト様がそうしたいなら構いませんが…」
「今のはお前が言い出したし、俺はそれは駄目だって話をしてるよね!?」
「まあまあ二人とも、落ち着いて…服を買いに行くなら、本人が行かなきゃだよね。ハルトの欲しい物も結局買えてないし、行こうか。お買い物」
「そういやそうだったな、昨日のゴタゴタで完全に忘れてた」
そう、昨日出掛けたのはそもそもハルトの欲しいものをルミリが買ってくれるという名目だったのだ。そこを襲撃されて、倒して、屋敷に帰ってそのまま会議だったので結局何も買っていない。
それにしても、欲しいものを買ってくれるので出掛けるというのはまるで、親に連れられる子供か、稼ぎの良い彼女に寄生するヒモのようでとても響きが良くない気がする。
「今回はクロルの買い物って目的もあるから…お前もヒモだぞ、クロル…!」
「紐みたいな服を着せてやるですって…!?さ、流石にそれは欲望を曝け出しすぎですよハルト様…いくら私が情欲を煽るような麗しい見目をしているからと言って、自制心を失ったら人は獣に成り果てるのですよ!」
「ヒモってそういう意味じゃねぇし、勝手に解釈広げて俺を罵倒するな!てか、デカくなってから自己肯定感上がってウザさが五割増しだな、お前!」
この無礼を極めたような奴隷は、本当に昨日涙ぐんで助けを求めてきた少女なのだろうか。
実は大きくなったのは嘘で、寝てる間にすり替えられたのかもしれない。というかそちらの方がハルト的には合点がいく。
「はぁ…お前に付き合ってると体力使うわ。さっさとルミリから服借りて買い物行くぞ。着替えろ」
「覗かないでくださいね?」
「覗きたくなるような態度を取ってから言ってくれ」
そう言って片手をひらひらと振りながらハルトが部屋を出てから15分ほど、着替えるだけなのにやけに時間がかかるなと思い始めた頃、ガチャリと扉が開く音がしたと思って顔を上げると、そこには美少女が二人並んでいた。
ルミリは動きやすいのが好きなのだろう、昨日と同じくラフでスポーティーな格好だが、クロルの好みは意外にも大人っぽいらしい。
「いやー、人を着せ替えるのって楽しいね!クロルちゃん可愛いからつい楽しくて色んな服着せちゃった」
と思ったが、どうやらこれはルミリの好みらしい。
白いシャツの様な肌着の上に肩とお腹を出した黒の上着、下はロングのジーンズと、カジュアルだが大人っぽく決めていて、なるほどルミリのセンスの良さが窺える。
ハルトも素直に、
「良いじゃん、ちょー似合ってる」
と言うと、しまったと思い口に手をやる。
今のクロルは少し、いや結構、いやだいぶ面倒くさい。長年子供のままでいた所でいきなり大きくなったため自分の体という実感がなく、自画自賛に抵抗が無くなっているのか、それとも元々そういうそういう性格なのか分からないが、今のクロルを褒めると調子に乗るのが目に見える。
だが、クロルの反応は意外なもので、
「…どうも」
と、小さく一言残すだけだった。
よく見ると顔が赤く、体を縮こまらせている。ルミリが選んだ服のため、クロル自身には抵抗があるのだろう。恥ずかしがっているのが分かりやすく顔と態度に出ている。
「お、お嬢…やっぱりもっと露出の少ない服の方が…」
「可愛いから良いじゃん!ハルトも似合ってるって言ってくれたし、ボクもそう思うよ!うちの子には一番可愛くいて欲しいからね」
クロルは、ルミリのキラキラとした視線を正面から受けると、「うぐ」と小さく嗚咽も漏らし、ガックリ肩を落とす。どうやら、これ以上交渉しても無駄だと悟った様子。
「お、観念しましたかい?クロルさんよ」
「何ですかその口調、どうせ心の中じゃ笑ってるんでしょう?どうせなら直接言って下さいよ、そんなんだからモテないんですよ」
「何で出会って2日目で俺がモテないって分かんだよ!モテるわ!モテまくるわ!」
実際、ハルトはモテたことはある。幼稚園くらいの頃だったか、バレンタインデーにチョコを10個ほど貰ったりしていた。中には泥団子をチョコと言い張って食わせようとしてきた子も居た。あれは何らかの罪に問われないのだろうか。
因みにそれが最後のモテ期だった。
「まあ何であれ、本当に似合ってるよ。自信持てって」
「…まぁ、私が何着ても似合うのは分かってますけどね!私が心配してるのは、こんなに露出が多いと、ハルト様が耐えかねて襲いかかって来ないかという事だけです」
「前言撤回、お前服に着られてるよ」
少しは可愛い所あるなと思ったが、やはり褒めたのは間違いだった。
「もう、そんな事言わないの!じゃ、他の準備ができたら行こっか」
「うーい」
「はい」
一人は気だるげに、一人は生真面目に返事をする。
そして準備を済ませた3人は玄関の前に並び、ルミリが扉に手を掛け、押し開ける。
こうして、1度目は実現出来なかった、平和なショッピングに胸を躍らせながら、ハルトは外へ歩み出した。




