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14話【戦後の一幕】

「…ぐっ」


 目を覚ました瞬間、全身に鈍い痛みが走る。

 我が主人の権能の副作用だ。寝たり気絶することで意識が飛ぶまでの間、超人的な力を得られる代わりに、しばらくの間全身が悲鳴をあげる。

 もっとも、あの全能感の前にはそんな副作用あってないようなもの。むしろこの痛みが、自分が主人の役に立てた証明のようで誇らしいものだ。


 そんな思案を巡らせたのち、ふと気づく。


 ここは何処だ?


 気がついたら知らない部屋にいて、椅子に座っている。

 辺りを見渡しても、仄暗い光が狭い部屋を照らしているだけで、よく見えない。

 目を凝らしてみると、周りには木箱や何かが入った袋が散乱しており、おそらく倉庫のような場所なのだろう。


 というか、自分に何があったのだったか…亜人のガキを始末したのち、そばに居た弱っちそうなガキと、従魔のような趣味の悪い人形をぶちのめしたはずだが…


「おや、お気づきになられましたか」


 ふと聞こえた声に、男は体を跳ねさせる。

 木製のドアがゆっくりと音を立てて開いたかと思えば、コツコツと階段を下るような音が響く。

 薄暗い部屋の中で、ぼんやりとしか姿が見えないが、声からして女だと分かる。

 誰だ?少なくとも自分の知り合いにこんな声の女はいない。そもそもここは少なくとも主人の館ではない。自分の知り合いである線は薄いだろう、そう踏んだ男は、敵対的な態度で女に喋りかける。


「誰だ、テメェ。そしてここは何処だ。教えろ」


 そう言って、立ち上がって女に歩み寄ろうとして気づく。

 椅子に足がくくりつけられている。

 その上、腕が椅子の後ろで縛られており、身動きが取れない。両手の感覚がないが、長時間拘束されていて血流が止まってしまっているのだろうか。


「…とりあえず、穏やかに話せそうな雰囲気じゃあねぇな」


「おや、貴方のような低脳でも察せるのですね。今の自分の状況が」


「馬鹿にすんじゃねぇよ!拷問でもしてみろよ、すぐに意味がねぇって分かるからよ」


 おそらく自分は負けたのだろう。そして主人の情報を抜き取るべく拘束されて、今に至るというわけだ。

 短い問答の間に現状を正しく把握した男は、舌を噛み切って自決してでも情報を吐かないという決意を固める。


「ほら、初めはなんだ?手の爪でも剥いでみるか?さっさと始めようぜ」


「おや、お気付きでないのですか?」


 女の影が首を傾げたように見える。

 自分が何に気付いていないというのか。


「手の爪を剥ぐなんて、もう不可能ですよ」


 その一言で、全身から血の気が引いていく。まさか、まさか。両手の感覚は、長時間拘束されていたからではなく…


「…貴方の両手は、すでに無いではございませんか」


 女がそう言った瞬間、一気に痛みを知覚する。

 痛い、痛い、痛い。

 痛みに耐えかね、大口を開けて叫ぶと、口に何かを突っ込まれる。


「おや、いきなり大きな声を出すものではありませんよ。驚いてしまうではありませんか」


 口に詰め物をされた事で、自決の術を失った。

 しまったと思った時にはもう遅い、暗闇に慣れてきた目に映ったのは、眉の一つも動かさない無表情な女の顔で…


「お楽しみは、これからですよ」




ーーーーーーーーーーーーーー。


「…なぁクロル、なんか聞こえないか?地獄の釜の罪人みたいな、苦しそうな叫び声…」


「きゅ、急に恐ろしい事言わないで下さいよ!ただでさえあの男の人がどうなったか分からなくて怖いんですから!」


「ああ、ごめんごめん…いや、やっぱり聞こえない?」


「やめて下さいってばぁ!」


 クロルに屋敷の案内をする役目を任されたハルトは、案内とは名ばかりに屋敷内散歩に興じている。

 そもそも、ハルト自身もまだ完璧に把握ができていないので、一緒に覚えている最中だ。


「っと、ここら辺は倉庫がある棟か。他のところに…」


「おや、ハルト様。どうされましたか?」


「うわっひょい!!」


「おや、奇天烈な声でございますね。何をそんなに驚かれることがあるのです」


「い、いや、ソフィアさんこそ!何でそんなに血塗れなの!?倉庫の中で血塗れになることある!?」


 倉庫の中からぬるりと出てきた血塗れの美人は、長いことザケイル家に使えてきたらしい、敏腕メイドのソフィアだ。


 今までルミリの外出について行くのはソフィアの役目だったらしく、ハルトは役目を奪ってしまったようで少し罪悪感を覚えている。


「おや、恨んでなどいませんよ。少し痛い目にあってほしいくらいです」


「ナチュラルに心読んできてるし、今のソフィアさんが言うと洒落にならないですよ!」


「おや、冗談ですよ、冗談。小粋なメイドじょーく、という奴です」


「おおう、俺の語彙がうつってる…学習能力が恐ろしいな」


 表情を崩さずに顔の横に手でVサインを作るソフィア。

 彼女は有能なメイドだが、結構砕けた話もできて、親しみやすい人だ。


「で、何で血塗れなんですか?怪我だったらすぐに治療しないと…」


「おや、心配無用です。これは私の血ではございませんので」


「え、じゃあ誰の…ごめんなさい何でも無いです」


 ハルトが質問を投げかけようとしたが、口の前で人差し指を立てたソフィアの圧に負けて聞けなかった。世の中には知らない方がいいこともあるということだ。


「それでは、お嬢様に情報共有を行うため失礼します」


「あっはい、何となく察しました」


「え?え?ご主人様?何がわかったんですか?何でこの方は血塗れなんですか!?」


「はは、クロル、お前の疑問が解消されたかもな」


「何も解消されてないんですけど!?何なんですかー!?」


 血塗れのソフィア、叫び声、そして情報共有…後はお察しだろう。

 奇しくも男は何処に行ったのかというクロルの疑問の答えが分かった。

 ルミリが頼んだのなら殺しては無いと思うが…さっきの叫び声にあの血飛沫、少なくとも穏便にお話しして聞き出した訳ではないらしい。


「クロル…お前は純粋なままでいてくれよ」


「本当に何なんですか!?ちょっと気持ち悪いですよ!」 


 遠い目をして呟くハルトに猛抗議するクロル。

 2人を生暖かい目で見守ったのち、ソフィアはスタスタと歩いて行く。


 数分後、ルミリが血塗れのソフィアに驚いて飛び跳ねるのは、また別の話だ。


 そんな小話を挟みつつ、ハルトは帰ったら一番に会いに行こうと思っていた人物の元へ向かう。


「ご主人様、今から会いに行く人、どんな人なんですか?」


「ああ、俺とルミリの命の恩人だよ」


「て事は、あの不思議なお人形さんを作った?さぞかし凄い人なんでしょうね!」


「ああ、凄いやつだぞ。変な格好をして人を驚かせたり、寝てる間に人の体を弄るのが趣味の凄いやつだ」


「凄い変態じゃないですか!?」


「そんなに褒められると照れるねェ!!」


「うわぁぁぁ!!!変態ぃぃいい!!!」


 いきなり背後から声をかけられたクロルが、とんでもない驚き方をして飛び跳ねる。


「おやおやおやァ、今までで一番いい反応。ハルト君、いい拾い物したねェ」


「お前を喜ばせるために連れてきた訳じゃないんだけどな?」


「な、何ですかその仮面!その服!その趣味!本当にこの人がご主人様たちの命の恩人なんですか!?」


 驚きからくる興奮で口を締めるネジが外れたのか、ズバズバとヴランに暴言を吐くクロル。

 初見時のハルトはあまり気にしなかったが、言われてみれば上半身と下半身のファッションの食い合わせも中々にイカれている。

 上は軍服のようなデザインにマントを羽織って、がっしりとした着こなしをしているのに、ズボンはすらっとした執事服のようになっている。

 デザインを統一してほしいというクレームが来そうだが、中々似合っているのでこれもいいのではないだろうか。


「ん?命の恩人って、何があったんだい?」


「ああ、今日ルミリと買い物に行ったらさ。ここにいる元奴隷のクロルとぶつかって、助けてって言うから連れて帰ろうとしたらどでかい鎧着た大男に絡まれて戦って。お前からもらった戦闘人形一体とルミリの身代わり人形2体を犠牲にして勝てたんだよ」


「情報が多すぎて何言ってるか分からないけど、何があったらそんなに濃い一日を送れるのかぜひご教授願いたいねェ」


「俺だって好きで巻き込まれた訳じゃないんだけどな…」


 出来るなら、ルミリと毎日平和にハッピーに暮らしていきたいというのが本音なのだが、やんごとない立場なルミリと行動を共にするなら相応の覚悟がいるということを痛感した一日だった。


「まあてことで、ヴランさんのお陰で助かりました!あざーーす!」


「うんうん、良い心構えだねェ。でも今更ハルト君に敬語を使われるとむず痒いものがあるねェ」


「安心してくれ、もう敬いの時間は終わったからタメ口にする」


「え?今ので僕に対する感謝終わりィ?」


「あーあと、俺の身代わりも作ってくれ。何があるか分からんし」


「しかも追加の注文までしてくるとは、キミの図々しさには惚れ惚れするねェ」


「やめろい、照れるじゃねえか」


「ご主人様!その方につられて変になってますよ!帰ってきて下さい!」


「おいおい、俺はいつでもこんな感じだぜ?慣れてくれ」


「助けを求める人間違ったかもしれません…」


「失礼な!」


「まあまあ落ち着きなよォ、それより、身代わり人形が欲しいなら魂をちょっと掬わなきゃいけないからァ、失礼していい?」


「おお、いいぞ」


「魂を!?」


 今日一日、クロルは驚きっぱなしだ。本人のリアクション気質もあるだろうが、確かにいきなり一日で出会う情報量としては多すぎるだろう。

 常に目がギンギンなクロルを少し不憫に思いながら、ヴランの手に身を委ねる。

 胸のところに手を当てられたかと思うと、魂を抜き取られる…ヴランの言によると上澄みを掬い取るという字面から、気だるくなったりの副作用があるのかと思っていた。

 だが、予想に反して、特に何の影響もない。むしろ体が軽くなったような気さえする。


「なんか調子出てきたんだけど、どゆこと?」


「僕が掬い取る魂の上澄みっていうのは、人間にとって必要ない部分、辛さや悲しさが浮き出てる部分だからねェ。全部を除去できる訳じゃないけど、少し気が楽になったりするんだよォ」


「ふーん、スープ作る時に出てくる灰汁みたいなもんか」


「なんだかその表現で一気に安っぽくなった気がして心外だねェ…さて、これでよしっとォ」


 ヴランがハルトの胸から手を離すと、目に見えない何か、恐らく魂を掴むように指を曲げる。

 そして、掴んでいる手と逆の手で懐から瓶を取り出し、魂を詰め込んで蓋をする。


「じゃ、身代わりよろしく頼むぜ」


「承知したよォ。ハルト君の魂は大切に加工させて貰うからねェ」


「待った待った!まだ帰らないでくれ!」


 くるりと振り返り、自分の部屋に戻ろうとしたヴランを引き止める。


「熱烈だねェ。まだ何かあるのォ?」


「あるある、むしろこっちが本題。今からティーゴを連れて食堂に来てくれないか?」


「ティーゴを連れてェ?それまたどうして?」


「ティーゴを連れてってのは俺が普通に呼びに行くのがめんどくさいから。ヴランなら付き合いも長そうだし、行き帰りの不便はないだろ?」


「それはそうだけどォ、なんで食堂に?」


「さっき言っただろ?今日、鎧を着た大男に襲われたんだよ。そんで、そいつの雇い主にやられる前に、一発先制攻撃かましてやろうぜってこと。つまり…」


「つまり?」


「…俺がここに来てから初の、ザケイル家揃っての作戦会議と洒落込もう」

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