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13話【現れた壁は高く】

 吹き飛ばされた人形が壁にぶつかり、鈍い衝撃音の後、パラパラと壁面が剥がれる音が静かな路地裏に響く。

 壁に貼り付けられた人形に右腕はなく、もう戦えない状態なのは誰の目にも明らかだ。


 何発打っても攻撃が当たらなかった鬱憤が今の1発で発散できたのだろう、男は上機嫌に笑うと、


「ッははっ!見たかよ今の!すげー綺麗にすっ飛んでいきやがった!笑えるなぁ!」


 そう言って、今度こそ1人になったハルトを嘲るように男が話しかけてくる。


「あー、スッキリした。今俺は機嫌がいい。見たらわかるだろ?だから、選ばせてやるよ。」

 

 人形を吹き飛ばした右手をひらひらと振りながら、男はそう語りかけてくる。


「え、選ぶって、何を?」


「決まってンだろ?テメェの死に方だよ。テメェの要望に合わせてやる。慈悲深ぇだろ?」


「…そりゃ、お優しいこって。俺が当事者じゃなきゃ惚れてるぜ」


「やめろやめろ、野郎に好かれたって嬉しかねぇよ。それで?希望の死に方、言ってみろよ」


 ハルトは少しでも時間を稼ぐため、顎に手をやり考え込む。

 5、6秒ほど沈黙が続いた後、ハルトは顔を上げ、


「強いて言うなら…老衰?」


 ハルトがそう言った瞬間、男の顔が理解不能と言いたげな顔で固まる。

 しばらく目をぱちくりさせた後、頭をガシガシと掻きむしったかと思うと、


「あ゛〜、何だよ、遠回しじゃなくてもっと直接言えよ、分かりづれぇなぁ…」


「分かりづらいって…何がだ?」


「だから、そんな遠回しな言い方じゃなくてそのまま言えよ…今すぐぐちゃぐちゃにされて死にてぇってよぉ!!!」


 男が再び不機嫌になり、大声でそう叫ぶ。

 声が大気を揺らし、ビリビリとした衝撃が肌を刺す。

 先刻までのハルトであれば、死の恐怖に怯え、全身が震え上がり、失禁を免れなかっただろう。


 …だが、今のハルトにはそうならない理由がある。

 なにもハルトは、何の意味もなく男と軽口を交わし、時間を稼いでいた訳ではない。


 全ては、視界の端に映る、一縷の希望のためだ。


「じゃあな、クソガキ」


 ハルトには素早く逃げ回ることなど不可能だと踏んでの余裕か、男はのしのしとこちらへ歩き、気付けば目の前までやってきていた。


「…一つ、言わせてほしい」


「何だ?遺言なんか聞いてもお前の家族にゃ伝えてやらねぇぞ」


「いや、死ぬ気なんかさらさらねぇからそんなのは良いよ」


「あぁ?」


 元々不機嫌な顔が、今の一言でさらに歪み、額に血管が浮き出る。

 ハルトはそんな男の顔を正面から見据えながら、大きく息を吸い込むと、


「……お前の後ろだよっ!!」


「たぁっ!」


「ぼぐッ!?」


 ハルトが先程と同じ台詞を吐くと、先程と同じようにルミリが男の後頭部に蹴りを入れる。

 一つ違う点があるとすれば、蹴りによって生じた破壊力だ。

 地面に凹みが出来たのは変わらないが、男の後頭部からは血が吹き出し、全身がビクビクと痙攣を繰り返している。

 どう見ても戦闘不能、もしかしたら死んでしまったのではないか、という不安が頭をよぎるほどだ。

 

「うわっ!やり過ぎちゃった!?は、早く治癒魔法を…!いや、その前に拘束しなきゃ!」


 ルミリはそう言うと、即座に土魔法で男の身動きを封じた後、蹴りが直撃した後頭部に手をやる。

 すると、ルミリの手から淡い光が発生し、吹き出していた血が止まっていく。


「ふぅ…応急処置しか出来ないけど、これで死んじゃったりはしないかな…」


「ついさっき殺されてたのに、よくそんなこと考えれるな…そこが良いんだけどな」


「何言ってるの!ハルト、危ない事しないでよ!相手を煽るような真似、いきなり殴られててもおかしくなかったんだからね!」


 いつもの調子で軽口を叩くハルトに、真剣な表情で怒るルミリ。

 ハルトは、手でまぁまぁと落ち着けのジェスチャーをしながら、


「主人があそこまで体張ってんのに端っこで縮こまってるだけの側近って、マジで要らない子じゃん…俺、まだご主人様に捨てられたくない…」


「それで死んじゃったら意味ないでしょ!?全く、ハルトはすぐに無茶する…帰ったらヴランに身代わり作って貰わなきゃ…」


 ルミリはそう言ってため息をつく。


「ってことは、やっぱりさっき起き上がってきてたのはヴランの人形のお陰か」


「うん、ボクが腰に下げてる人形のうち、3つは身代わり人形なんだ。さっきの攻撃のせいで2つやられちゃったし、治るのに時間がかかっちゃったけどね。」


「うわ、つまり二回死んだって事?どんだけだよ、こいつの攻撃力…」


「それに、耐久力も異常だね。一発目の蹴りだって、『カゲロウ』で姿を消して、気配も消しての完全に不意打ちだったのに耐えられた。自分で言うのも何だけど、普通の人間が意識を保てる威力じゃないはずだよ」


「あれ?じゃあ何で二回目の蹴りは気絶したんだ?」


「ああ、二回目は脚に石で作った装備を付けてたからね。普通に蹴るより痛いかなって」


「言い方が可愛いのに内容が物騒!」


 石で殴られるだけでも常人なら悶絶、当たりどころが悪ければ死に至るというのに、ルミリの身体能力と掛け合わされた場合どれだけの殺傷力を誇るのか、考えるのも恐ろしい。


「というか、このレベルの強さのやつって珍しいのか?今のところ出会った人物の過半数がヤバい能力持ってるんだけど」


「うーん、特別な力を持ってるってだけならおかしくはないんだけど…純粋な戦闘能力で見れば、だいぶ超人の域にいると思うよ」


「やっぱそうなのか、いやー良かったこれがデフォルトじゃなくて。俺の弱さが際立つ所だったぜ」


 ただでさえ、美少女犬耳武闘派ヒロインだったり、少し性格に難のある研究者だったり、だいぶ性格に難のある人形師だったりに囲まれているのだ。

 これ以上クセのある人間が飽和すると流石に捌ききれなくなる。

 クロルもいつかあんな子に育ってしまうのだろうか。それだけは阻止しなければ…


「あ、そうだクロル!大丈夫だったか?」


 ハルトはそう言って、空き地の隅に声を掛ける。

 すると、ハルトが声を掛けた先の空間が揺らぎ、揺らぎが独自の色を持ち、人の形を模っていく。


「う、うう…第二の人生が始まった矢先に死ぬかと思いました…」


「ごめんね、ボクが狙われたばっかりに…」


「いいえいいえ!助けて貰って文句なんて言える立場じゃありませんよぅ!ご主人様のご主人様!」


「確かにそうなんだけど、その呼び方すげぇ呼び辛いな!」


「ハルトがご主人様なんだから、ボクはルミリって呼んでくれていいんだよ?」


「いえ、上下関係は大事です!呼び方一つからそれを染み込ませてください!出来れば体に叩き込んでください!」


「時々出て来る強火の奴隷根性なんなんだよ!?」


「うーん、どう呼んで貰うのが良いんだろう…ハルト、何か思いつかない?」


「何でルミリはさっきから俺のネーミングセンスに頼って来るの?」


「え、だって側近だし…頼れるところは頼るよ」


「側近って主人のそばに居てアイデア提供する仕事じゃないんだけどね!?…えーじゃあ、お嬢って呼んだらどうだ?」


「ほう、何故です?」


「何でお前、主人の俺には緩めなの?…グランドマスターとかでも良いんだけど、ちょっと長いし。直属の部下ってわけでも無いんだし、あんまり全面に主従関係出すのもアレだろ」


「へぇ、ハルトって真面目な提案出来たんだ」


「真面目な提案を求めて振ったんですよね!?」


「いや、いつもふざけてるから…」


「うぐ、身から出たサビだった…あと、もう一つ理由がある」


「良い予感はしないけど、何?」


「メイドさんとか執事が主人をお嬢って呼んでる関係性がめっちゃ好きだから!!」


 ハルトがそう声高に叫んだ瞬間、ルミリの顔が言わんこっちゃないとばかりにげんなりする。

 ルミリが肩を落としながらクロルの方を向くと、


「ボクはそれで良いけど、クロルはどう?」


「もう少し隷属を強調したいところですが…ご主人様の提案なので仕方ないですね、それで行きましょう」


「ん、分かった。じゃ、これからよろしくね!クロル!」


「分かりました。よろしくお願いします、お嬢」


 胸に手を当て、片足を滑らかな動作で後ろを下げながら一礼するクロル。

 今思えば、言葉遣いも端々の所作も、きちんと教養があるように感じる。

 奴隷商に教え込まれたのだろうか。


「さて、それじゃお気楽トークはここまでにして…こいつ、どうするんだ?」


 ハルトが目をやった先には、未だに意識を取り戻していない、身動きの取れない状態の元鎧男。


「ひとまず、このまま屋敷へ連れ帰ろう。置いていくわけにもいかないし、色々と聞きたいこともあるしね」


「疑うわけじゃないんだが…こんな拘束で大丈夫なのか?こいつの力ならぶち壊せそうなんだが…」


 男にしている拘束は、手首足首に掛けた石製の枷のようなものだけ。

 分厚い石の壁をぶち破れる膂力があるのなら、壊すのはわけないだろう。

 そんなハルトの不安を払拭するように、ルミリが「大丈夫だよ」と言を紡ぎ、


「ボクの予想が正しければ、なんだけど…そろそろこいつの力は抜けてくるハズ」


「どゆこと?制限時間付きのバフでも掛かってるの?」


「ばふ…ってのが何かは知らないけど、これは多分、ボクの知ってる魔法だよ。あんまり当たって欲しくない予想だけど…」


 ルミリがそう語ると、タイミングを見計らったように男の体に異変が発生する。

 男の全身から紫の煙が立ち上り、一瞬姿が見えなくなる。

 次に姿が見えた時、男の風貌は別人のようになっていた。


 まさに歴戦の闘士といわんばかりの精悍な顔立ちは、そこらに居るゴロツキのような面相に。

 上半身はそこまで変わっていないが、服の上からでも分かるほど盛り上がっていた下半身の筋肉は、先ほどの半分かそこらまで萎んでしまっている。


「な、なんだこれ…俺が勝てるかは別にして、全然弱そうになっちまった…!」


「…やっぱりか…」


 ルミリはそう呟き、物憂げな表情を浮かべる。


「ルミリの知り合いなのか?こいつ」


「いや、こいつは全然知らないんだけど…こいつの雇い主に察しがついたよ」


「誰なんだ?それって」


 ルミリは、心の整理をつけるように一度大きく息を吸い、深く吐くと、ハルトの方に向き直り、


「ーーこいつの雇い主は、ジーニス・ランドル。ここ、商業都市ランドルで最高権力を持つ、ランドル家の当主だよ」


 と、戦っている相手の強大さに辟易したような声で、黒幕の名前を挙げたのだった。

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