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12話【vs鎧男】

 薄暗く、静かな路地裏に響く、路地裏には似つかわしくない、鎧同士がぶつかる金属音。


 前を走る3人を追いかけ、鎧男は奥へ奥へと歩を進める。


 路地裏であれば地の利があると踏んだのだろうが、それは大きな間違いだ。

 幼少期をここで過ごしてきた自分にとっては、入り組んだ道も手に取るように把握できる。

 

 むしろ、自分が追い詰めていると言っても過言ではないだろう。記憶通りであれば、この先にあるのは小さな空き家が一つだけ。どうしようもない行き止まりのどん詰まりだ。


 兜の下に隠された口元を歪め、自分に与えられた使命を全う出来ることを確信する。


 相手はヒョロっこい男と奴隷の少女、そして『本命』の3人だけ。他二人は逃げることしか脳のない雑魚、警戒すべきは戦闘能力のある『本命』だけだ。


 あんな亜人のガキ放っておけばいいのに、とも思うが、詰められる所は徹底的に詰めるのが我が主人の素晴らしく、そして恐ろしいところだ。


 そんな主人の命に従い、危険分子を潰すべく、相手が行き止まりに絶望している顔を想像しながら角を曲がる。

 

 ーーおかしい。誰もいない。


 ここの空き地に逃げ場はない。

 さらに言えば、小屋以外に身を潜める様な場所もない。

 だとすると、あの小屋に隠れているのだろう。

 わざわざ自分から逃げ場を無くすほど愚かでは無いと思っていたが、そこまでの阿呆だったとは。せめて小屋の外なら、一人だけでもこの状況から抜けられたかもしれないのに。


 元々期待していたわけでは無い相手にさらに落胆するのを感じながら、小屋のドアを開く。


 ーーいきなりだが、鎧男は今、頭のてっぺんから足の先まで、全身を特別性の鎧で包んでいる。

 敵の攻撃を通さず、魔法を掻き消し、万が一すり抜けたとしても魔法石を嵌め込んだネックレスで相手に弾き返せる、完全装備だ。

 完全無欠の装備、そこに自分の身体能力が加わり完璧な装備のはずだった。


 だが、鎧に何かが触れたとしても、体に直接触れていないので気付けない。それが唯一、欠点だった。だから。


 小屋に足を一歩踏み込んだ、その瞬間に違和感に気づけなかった。


「ーー今だ!ルミリ!」


「ボウラ!」


 外から声がしたかと思えば、火球が自分の足元目掛けて飛んでくる。


 すでに小屋に入って数歩、しまったと思い後ろへ振り返る。


 ーー視界に映るのは、真っ赤な炎と、立ち上る煙だけだった。



ーーーーーーーーーーー。


「よしっ!掛かった!ルミリ、どんどん壁を作ってくれ!」


「分かった!」


 ルミリがコクリと頷き、彼女が手をかざした場所に次々と壁が生み出されていく。

 さすが得意属性、他の魔法と比べて明らかに扱いが上手い。


 ハルトが立てた作戦、それは至極単純で、だからこそ魔法に溢れた世界では考えられない物だった。

 毛羽立ったカーペットや毛布に火を付けると、瞬く間に燃え移り、辺りを火の海にする…前の世界では、表面フラッシュ現象と呼ばれる現象だ。

 相手が鎧を着ているのなら、物理以外で攻めれば良い。魔法を封じられたのなら、魔法以外で攻めれば良い。そんな暴論とも言える発想が、逆に相手の虚を突いた。


 当然だが鎧は金属で出来ており、熱伝導性が高い。燃え盛る小屋の中に数秒いるだけで、火傷を負う温度となるだろう。

 加えて、小屋の通気口は塞がれている。

 現在、煙が室内を満たし、酸素を奪っている最中だろう。


 だが、ハルトの目的は相手を殺すことではない。


「あの馬鹿力なら、壁も破って出て来れるはず…」


 相手の力量を信頼する、という矛盾の元にハルトは作戦を決行している。自分を殺そうとしている相手に対して死なないでくれと望むのもおかしな話だ。

 ともかく、ハルトの目的は相手の死ではなくーー。


「ーーーがぁぁああぁ!!!」


 ピキピキと石がひび割れる音が聞こえた直後、轟音と共に壁が破壊される。破壊された壁の破片が降り注ぎ、叫びと共に男が飛び出してくる。

 そう、「男」が飛び出してくる。それは、ハルトの作戦の成功を意味していた。


「やっぱ脱いでくれたか、鎧…!」


 目的は相手の死ではなく、戦力の低下だ。

 ハルトの目論見通り、あの火の海の中で鎧を着たままでいるのは無理だったらしい。

 初めて鎧の下を露わにした相手を、今一度じっくり見やる。


 恐らく幾つもの死線を潜って来たであろう荒々しい顔立ちに、それを支える太い頸。そこには鎧の上からも確認できた、魔石の嵌められたネックレスがぶら下がっている。

 筋肉がつきすぎず、かつ動きやすい程度によく鍛えられた上半身は、男の戦闘力が伊達ではない事を物語る。

 脚はハルトの2倍近くある様に見え、なるほどあの跳躍が可能なわけだ。ハルトの様な小細工をせずともあんな動きが出来る相手が、重りであった鎧を外し自分と対峙している、その事実に戦慄する。


 煙で満たされた肺を浄化するように、荒く深く呼吸をする男。その様相は怒りに満ちており、今にもこちらに飛びかかって来そうだ。

 相手の動作を見逃さないよう、注意深く相手を観察する。腕か、脚か、指先か。

 どこから何をされるか警戒するハルトの予想を裏切る様に、男は口を開き、


「あの亜人のガキはどうした?」


「ーー、亜人のガキって…クロルのことか?」


「クロル…ってのは知らねぇが、違う。後継者候補に挙げられて浮かれてる、忌々しい亜人の血を引いたルミリってガキのことだよ。わかんだろ?」


「お、前は、逃げた奴隷を追っかけて来たんじゃないのか?」


「あぁ?違ぇよ、なんだ、勘違いしてたのか?なら良いや、さっさとあのガキ渡せ。そうしたらお前の命だけは助けてやるよ」


「…お前は、他の候補者の手先なのか?それで、ルミリを始末しに…」


「…さっきからお前お前と、テメェ、誰に向かって口聞いてると思ってんだ?」


「ッ!?」


 突然、男から底冷えするような殺気が放たれる。

 直接攻撃されたわけでもないのに、全身が強張り、ハルトの体が死を想起する。

 この男が殺そうと思えば、自分は1秒後に死んでいるだろう。その事実を再確認させられる。


「テメェの質問に答えてやる義理はねぇ。さっさと俺の質問に答えろ。それとも、痛めつけてやった方がいいか?」


「…ル、ルミリの居場所なら、教えてやるよ…」


「おォ、そいつは素直で助かるこった。で?どこに居るって?」


 ハルトは恐怖で引き攣る口を無理矢理笑った形に捻じ曲げて、


「……お前の後ろだよっ!!」


「たぁっ!」


「ごっ!?」


 先ほど大通りで見せたルミリの蹴り、凄まじい破壊力を持つそれが男の後頭部に直撃する。

 突然背後から現れたルミリの蹴りを不意打ちで喰らい、地面と望まむ口付けをする男。

 叩きつけられた部分の地面は凹み、数メートル離れたハルトにまで衝撃が伝わってくる。

 よもや死んでしまったのではないか、そんな不安が頭をよぎる。


「ハルト!大丈夫?」


「あ、ああ。ちょっと腰が抜けそうなだけ…」


 心配してくれるルミリに軽口で応えようとするハルト、その口は途中で「ひ」と引き攣った声を上げる。


 こちらへ駆け寄ろうとしてくるルミリの脚を、男が腕を伸ばしてがっしりと掴んでいる。


 今しがた男の後頭部に強烈な蹴りを叩き込んだルミリの脚から、ミシミシとへし折れそうな音が聞こえてきたかと思うと、


「…ってぇなァァ!あァ!?クソ餓鬼がァ!!」


 怒号を放つと共にルミリの身体を腕一本で持ち上げ、そのまま地面に叩きつける。

 叩きつける、叩きつける、叩きつける。

 腕が変な方に曲がっても、絶え間なく血が吹き出していても、頭から脳髄が飛び出してきても、叩きつける。


 誰がどう見ても死んでいる、そんな状態になってからも数回地面に叩きつけ、ようやく男は手を離す。


「はァァ…手間ァ取らせんじゃねえよ、ったく」


 折れているのだろう鼻を無理やり元の形に戻し、鼻息と共に血を吹き出しながら、男がぼやく。


 自分の想い人が潰されていく中で、ハルトは何もできず、ただ怯え、自分がああなりたくないと切に願っている。なんとも情けない話だが、本物の死と直面した時の人間は、脆く、弱いものだ。


 …だが、弱いままでいる事を、側近になると誓った時のハルトが決意が許さなかった。


「お、お、おい、待てよ…」


「あァ?」


 どう見ても不機嫌な男が、こちらをギロリと睨みつけてくる。

 その眼力だけで手足がすくみ、鼻息だけで吹き飛びそうで、瞬き一つで命に手をかけられそうだ。


 だが、それでもハルトは膝を折らない。


「何だテメェ、今の場面で声掛けるって事は死にてぇのか?オイ。今日はこのまま帰って眠っちまいたい所だったんだが…気が変わったぜ」


 そう言って男は、トントンとその場で軽くジャンプをし…


「テメェを殴って少しでもこの鬱憤を晴らしてから帰ろう!」


 こちらに猛然と飛びかかってくる。

 

「ッ!!!」


 当然、ハルトは攻撃を受け流したり、ガードしたりなんて出来ない。1発でも耐えれば良い方だろう。

 ハルト自身もそのつもりで、襲いくる衝撃に目を向き、血を吐き、最悪死ぬ事を覚悟したが…


「あァ?ンだ、この人形は?」


 ハルトの懐から飛び出した趣味の悪い人形が、男の拳に蹴りを放ち、衝撃を相殺した。


「これは…ヴランの人形!?」


 そういえば、何かあった時のために持ってきていたのを忘れていた。

 ヴランは、「身代わり人形」、「伝達人形」、「戦闘人形」の三種類があると言っていた。

 恐らく「伝達人形」だろうと思っていたが、まさか「戦闘人形」の方だったとは。

 

 なんにせよ、たった今ファイティングポーズを取り男と対峙する趣味の悪い人形が、自分の命を守ってくれたのは事実だ。

 心の中でヴランに感謝しつつ、その戦いを見届ける。


「どこまでも、人をおちょくりやがって…人形如きが、俺に勝てるわけねぇだろうがァ!!」


 男はそう怒鳴りながら鋭いローキックを放ち、容赦なく人形の胴体と頭を泣き別れさせようとする。

 だが人形は、蹴りが横腹にめり込む寸前、蹴り足の側部に手を突き、身体を上に弾き飛ばすことで攻撃を回避。

 跳ねた身体を目掛けて、拳が飛んでくる。

 が、空中で器用に身体を捻りこれも回避。着地と共に後方へ飛び、次の攻撃に備える。


 どうやら、相手を倒すことより、相手の攻撃をいなす事に特化しているらしい。

 その身のこなしは、普通の人間が束になっても敵わないだろう次元だ。


 ただ問題は、相手はおよそ普通の人間ではない事だろう。


「ちょこまかとと逃げ回んじゃねェッ!!」


 そう言って男が右足で勢いよく踏み込むと、踏み込んだ地面から破壊が波及、一気に周りの地面が凹み、ハルトと人形が宙に浮く。


 男はすかさず、踏み込んだ右足を伸ばし、一蹴りとは思えない推進力を得て人形に襲いかかる。

 ハルトの目に追えたのはそこまで、そこから先の拳と回避の応酬は一般人の動体視力に追えるものではなかった。

 

 ハルトが再び正しく戦況を把握できたのはそこからおよそ5秒後。


 さっきまで聞こえなかった、拳が芯を捉える音と共に、人形が勢いよく吹き飛ばされた時だった。

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