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11話【作戦決行合図】

 『インパ』とは、衝撃を増幅させる効果のある無属性魔法だ。

 足から地面に伝わる衝撃を増幅、擬似的に身体能力を向上させる。


 この案をティーゴから聞いた時は、そんなことが出来るのかと目をキラキラさせていたハルトだったが、現実と言うものはそう上手くいかないように出来ている。

 いきなり身体能力が上がるのだ。体がついて行かず、負荷が大きすぎて自滅するのが目に見えている。

 練習の時も、高く飛びすぎて足をよく捻挫し、その度に治療をしてもらったものだ。


 練習の成果によって、ある程度ジャンプ力の調整はできるようになったが、今は緊急事態で、練習の時とは環境が違う。


 すなわち、何が起きるかと言うとーー。


「キャーーーッ!高い!怖いですぅぅ!!!」


「俺も怖ーーーい!!!」


 調整の暴走による、予想外の大ジャンプ。

 目算で5メートルは飛んでいるだろう、このまま着地すればハルトはもちろん、クロルにも被害が及びかねない。


 だんだんと地面が迫り、道ゆく人もハルトを凝視している。

 このまま着地すると、地面か、もしくは通行人にぶつかることは避けられない。

 何も考えずに飛び上がったのか、とうとう血迷ったのか。


 否、そうではない。


 ーーハルトは、着地も含めてティーゴに教わっている。


 もう眼前に迫る地面、ハルトはタイミングを見計らいーー。


「ふんっ!」


 空気を蹴り飛ばし、落下を防いだ。


 当然、地面を蹴るのとは違い、飛び上がりはしない。だが、勢いを殺すことによって、自由落下で地面に叩きつけられるのは防げた。


 ハルトは続けざまに空中で足をバタバタと動かし、人がいない所へ着地することに成功。


 着地と同時に、足に力を込め、大地を蹴り飛ばすことで、ハルトは再び空中へ弾き出される。

 幾度かそれを繰り返し、鎧男との距離が十分に稼げたことを確認すると、すぐさま人混みに紛れ、飛び上がり攻撃に抑止力をかける。


「ふぅ、はぁ、今ので大分、はぁ、距離を、稼げたかな、はぁ」


 息も絶え絶えな様子のハルト、だが確実に時間稼ぎは出来た。


 あとはこのまま、ルミリのいる店へ辿りつけば、作戦のための素材は問題ない。


「る、ルミリはノーリスクであんな動きが出来るってのに、俺はこれやると、足はボロボロ、魔力はカツカツになる上に、機動力もルミリの下位互換なの、悲しくなって、くるな、はぁ」


 息を切らしながら自嘲するハルト、だがハルトの腕に抱かれるクロルの意見は違ったもののようで。


「ハルト様、凄いです!とっても弱そうなのに、あんな動きが出来るなんて!」


「弱そうなのには余計だ、それに俺の考えじゃなくて魔法研究者の案だよ、ティーゴ様様だな」


 ティーゴの話によると、そもそも『インパ』を体の一部にだけかける、と言うのはあまり一般的ではない使用法とのことだ。

 普通は、使うとしても全身にかけて、効果である衝撃の増幅もさして効果がないものらしい。


 だが、体の一部にだけ『インパ』をかけることで、通常他の部分にかけるリソースを、使用する部位にだけ集中することが出来る。

 これにより、通常と変わらない魔力消費量で、通常の数倍の動きを実現できる、というのがティーゴの話だ。

 

 もっとも、ハルトのレンブの容量では、あまり長時間使えない上に、特訓する時間も短かったため、現在使えるのは脚だけに限定されてしまうが、今はそれで良い。


 ハルトが力を振り絞っても、魔力をひり出しても、正面からではあの鎧男には勝てやしないだろう。


 その点で言えば、最初に脚にだけ『インパ』をかける技術を習得した判断は正しかったと言える。

 初めから逃げることを考える、負け犬根性が染み出しているが。


 とにかく今は、力でも魔力でも勝てない分、知恵を絞って足掻くべきだ。


「そんなことより、今はルミリとの合流を急ぐのが最優先だ!」


 先ほどの一連の動きで、だいぶ前へ進んできた。

 そろそろ例の店が見えてきてもおかしくない、そう思った時。


「ハルト!こっちこっち!買ってきたよ!」


 予想以上のスピードで品物を買ってきたルミリが、前方から、空中を飛び跳ねこちらへ向かってくる。背中には大きな箱を背負っており、その中に買ったものが入っているのだろう。

 決して軽くないはずなのに、まるで羽でも生えているかのような軽快な動きで、ハルトの前に着地する。


「ルミリ!早かったな、流石だ!」


「ハルトこそ、思ったよりも早くこっちまで来てたね、おかげで早く合流できたよ。…あいつ、体がでかいからここからでも分かるね」


「ああ、距離は離れてるが、あいつは人がいないところなら一瞬で距離を詰めてくるだろう。周りの人間に被害が及ぶのを極端に嫌がってるみたいだ」


「そうだね、このままじゃいずれ人がいないところに追い込まれるかも。…ハルト、作戦ってなんなの?」


「ああ、それはな…」


 ルミリの耳に顔を近づけ、小声で作戦を説明する。

 作戦を一通り聞いたルミリは、不思議そうに首を傾げ、


「それって直接魔法を当てるんじゃダメなの?ボクの適性は土だから、土属性なら効くと思うんだけど…」


「確かに直接やれるんならそれが一番だけど、あの鎧の硬さがどんなもんかわからない。それにあの首飾り、よく見てみてくれ」


「首飾り…?」


 ルミリは、ハルトに言われた通りに目を凝らし、鎧男の首元をよく見てみる。


 先刻までは気づかなかったが、鎧男は確かに光る首飾りを身に着けている。

 さらに目を凝らしてみると、そこには魔法石が嵌め込まれているのが見える。つまり、あの首飾りにはなんらかの仕掛けが施されている、ということだ。


 先ほどハルトに話した反魔の首輪のように、魔法を掻き消すだけであればまだしも、こちらの魔法を弾き返してきたり、反撃で仕込み魔法が発動したりすると、こちらとしても恐ろしい。


「その点で言えば、俺の作戦なら魔法は関係ない。安易に攻撃して、状況が悪くなるのを防げる、ってわけさ」


「なるほど…で、その作戦はどこで実行するの?」


「実はそれが一番の問題点なんだよな…」


「え!?考えてないの!?」


「だって、俺ここに来たの初めてだし!どこに何があるかなんて把握できてないんだよ!」


 先程の未来視では、3人は薄暗い小部屋のような場所で作戦を決行していた。

 薄暗いと言えば路地裏だろうが、普通の道さえわからないのに、入り組んだ路地裏へ逃げ込むのは愚の骨頂であろう。

 最悪、自分から行き止まりに入っていく可能性すらある。


「せめて、路地裏に詳しい案内人でもいれば良いんだけどな…」


 冗談っぽく、叶わないであろう願いを口にするハルト、そんなハルトの戯言に対し、クロルがおずおずと手を挙げ、


「私、路地裏の案内ならできるかもしれません」


「ほんとか!?」


「はい、奴隷売りに連れられて、この街の路地裏を何度も行ったり来たりしていましたから。大体は覚えてると思います」


「悲しい過去話だけど、今はそれが役に立つ!なら、使われてない石造りの小屋とかないか?出来れば扉もついてると嬉しいんだけど…」


「ハルト、そんなの都合よくあるわけないでしょ?」


「それなら、そう離れてない所にありますね」


「あるんだ!?都合よく!」


 予想外なほど、トントン拍子に事が進む。

 もっとも、未来を見て答えを知っている状態なのだから、敷かれたレールの上を走っているに過ぎない。

 行き先が決まっている以上、レールの上に置き石でもない限り、順調に進むのは当然と言えば当然なのかも知れない。


「未来視の言いなりみたいで、ちょっと複雑な気分だが…とりあえず、そこまで案内頼むぞ、クロル!」


「はい、ハルト様!」


 気持ちいい返事をしたクロルを先頭に、裏路地へ飛び込む3人。


 裏路地へ入って間も無く、鬱蒼とした雰囲気を感じ取る。先程までいた繁華街と同じ街とは思えないほどだ。

 それもそうだろう、何故なら、すべての建物の屋根が繋がっているのか、太陽の光が入ってこない。

 唯一頼りになる街路灯も、点滅を繰り返しているものや、そもそも付いていないものもチラホラと見受けられる。


 風の通しも悪く、澱んだ空気が肺を満たしていくのが分かる。

 こんな所で暮らしていれば、ハルトなら3日でまともな思考ができなくなるだろう。

 それをクロルは、道を覚えてしまうほどの期間過ごしていたのだ。

 少女の身の上を思うと、胸がギュッと締まるのを感じる。


 そんな事を考えながら走り続けるハルトと二人、そのうち街の喧騒が聞こえなくなり、足音と息遣いだけが鼓膜を揺らす様になった頃、目的の場所と思しき場所へ辿り着く。


 路地裏の中に時々あった、小さな空き地の様な場所。それらの場所にも元々は何かがあったのかも知れないが、取り壊されてしまったのだろう。

 だが、他の場所には何も無かった中で、そこにはポツンと一軒、石造りの小屋があった。


「ここか!?クロル!」


「はい、ここです!で、ここで何をするんですか?」


「とりあえず中に入ってから説明する!急ごう!」


「はい!」「うん!」


 一息つく間も無く小屋の中へ転がり込む3人。

 流石に埃っぽいが、家具やインテリアも何もなく、閑散とした部屋。

 ここなら、作戦を決行するのに最適だろう。


 それを確認したハルトは、遂に実行する時が来た、と気を引き締め直しーー


「よし、じゃあクロル、ルミリ!…とにかくありったけの毛布を敷き詰めろ!とにかく薄く、広くだ!」


 未来視と同じ言葉を合図に、作戦は開始された。

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