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10話【奴隷の少女】

「ーーお願いします!助けてください!お兄さん!」


「へっ?」


 ハルトにぶつかってきた、見たところ獣人の少女。

 その少女の口から発された一言は、想像もつかない一言であった。


「ちょ、ちょっと落ち着いて…」


「いきなりですみません!でも、今私、悪い人に追われてるんです!お願いです!助けてください!あ、私奴隷なので助けてもお金は出せませんけど、私にできることなら何でもします!だからどうか、どうか!」


 こちらに返答することも許さない、息をつかせぬ言葉の猛襲。

 あまりに鬼気迫る少女に、ハルトはたじたじになるが、一番気になる部分だけは聞き逃さなかった。


「悪い人たちに追われてるって、どうして?」


「さっき言った通り、私は奴隷なんです。だけど、隙をついて逃げ出してきて…あんなところに長くいたら、いつか死んじゃいます!だからどうか、お助けくださいぃ…!」


「奴隷商から逃げ出してきた、か…」


 日本生まれ日本育ちのハルトからすると、奴隷という言葉に馴染みはない。だが、奴隷という言葉の意味するところは分かるし、その扱いがまともではないことも容易に想像できる。

 奴隷というものは、およそ人権がないものだ。人権がないから売られるし、こき使っても罪にはならない。

 そして、奴隷商からすれば奴隷は商品そのもの。商品が逃げ出して、その上誰かに保護されたとなれば、逃げ出した奴隷はもちろん、保護した側もただでは済まないだろう。

 そう考えると、絶対に関わらない方がいい。


 ーーだが、ボロボロの服を着て、泣きそうな顔をした少女に頼まれて、断れるほど非情にはなれない。


「分かった、微力だけど力になるよ」


「ーー!ありがとうございます!お兄さん!」


「とりあえず、何処かに身を隠したいけど…ルミリと合流するのが先決かな」


 力になるとは言ったが、現在ハルトは知識無し力無し一文無しの無い無い尽くしだ。

 この子を助けるのであれば、先に歩いて行ったルミリと合流することを優先すべきであろう。

 そう思った矢先にーー。


「ハルトー?何かあったの?」


 中々ついてこないハルトを見兼ねて、ルミリが迎えにきてくれたようだ。


「ああ、良かった。ルミリ、実は…」


「っ!ハルト!頭下げて!」


「うおっ!?」


 突然顔を強張らせたルミリの指示に従い、頭を下げる。

 瞬間、その華奢な足からは想像できない脚力で地面を蹴飛ばし、爆発的な推進力を得てルミリがこちらへ目掛けて突っ込んでくる。

 数メートルはあったであろう距離が、一瞬で縮まり、ルミリの長く細い脚が、ハルトの頭の上を通り過ぎーー。


「ゲフッ!」


 ハルトの後ろで鈍器を振りかぶり、今まさに振り下ろさんとしていた男の胸に突き刺さり、豪快な音を立てて吹き飛ばした。


 未だに何が起こったか分からず目をぱちくりさせているハルトは全く気付いていなかったが、よくよく周りを見てみると、たった今吹き飛ばされた男を含めて3人の男がハルト……というよりは、ハルトの腕に抱かれた少女を狙っている。


「ハルト!下がってて!」


 残り2人となった男達、その片割れの懐へ飛び込むルミリ。

 慌てて手に持った武器を横薙ぎに振るう男だが、ルミリはこれを上体を屈めて回避。

 そのままの勢いで地面に手を着き、倒立する様な動きで下半身を跳ね上げ、踵を男の顔面に叩き込む。


 倒立姿勢のまま、周りの状況をチラリと見やると、地面についた手を軸にして体を半回転、踵で潰した男の顔面をさらに潰しながら、もう片方の男に向けて脚で投げ飛ばす。


 ルミリのコントロールは素晴らしく、投げ飛ばされた男の膝が鳩尾へと捩じ込まれ、嗚咽を漏らす。あっという間に負傷者2名の出来上がりだ。


 こうして、少女を狙っている男達は、ルミリの手によって過去のものとなり、狙っていた男達へジョブチェンジ。


 体を動かしたことによる汗なのか、ハルトへの危険に対する冷や汗なのか、額に浮かぶそれを腕で拭い、


「ふぅ、危ない危ない。大丈夫だった?」


「ル、ルミリ、かっこいい…!」


「えへへ、褒めても何も出ないよ?…で、ハルト、その女の子は?」


「ああ、この子、奴隷だったんだけど逃げ出してきたらしいんだ。助けてあげられないかな?」


「奴隷、か。うーん、助けられない事は無いんだけど、ちょっと面倒なことになりそうだな…」


 そう言って少女の顔をまじまじと見つめるルミリ。見つめられている少女は、申し訳なさそうな顔でルミリを見つめ返す。

 突然、ルミリが驚いた様子で目を見開き、少女に質問する。


「その耳と黒髪…キミ、もしかして亜人?」


「は、はい…」


 少女が、おずおずと答える。


「なるほど、そうなると話は変わってくるね」


「や、やっぱり亜人は助けられませんか…?」


 少女が、瞳の奥に絶望感を携えて、そう尋ねる。きっと、幾度も期待を裏切られてきたのだろう。


 亜人という、種族のせいで。


 だが、そんな少女の諦観を吹き飛ばすように、ルミリはにこりと笑って見せてーー。


「ーーいや、逆だよ。絶対にキミを助けてみせる」


 ルミリは、堂々とそう言い放った。


「ーー!ありがとうございます!」


「さっすがルミリ!マイベストご主人様!」


「何言ってるか分からないよ、ハルト。…キミ、名前は?」


「奴隷なので名前はないです。いつも、おい、とか、お前、って呼ばれてました。どちらがいいですかね?」


「好き好んでそんな名前で呼ぶ特殊性癖持ちじゃないからね、俺たち!」


 奴隷暮らしが長かったのだろう。親につけられた名前もあっただろうに、忘れてしまったのだろうか。


 ーーそれとも、物心つく前に両親が他界してしまったのか。


 そんな少女の背景が、ハルトの頭をよぎる。


「なるほど、名前がないのは不便だね。ハルト、何か案はない?」


「名前の案ってことか?それなら…」


 顎に手を当て、舌で唇を湿らせ思案する。

 そうして、少し考え込んだ後に、ハルトの口が動く。


「クロル、ってのはどうだ?黒髪だし。響きもいい感じじゃない?」


「クロル…うん、ボクもいいと思うよ。キミはどう?」


「いい名前ですね、クロル!ありがとうございます!これで主従契約成立ですね!」


「へ?」


 少女、もといクロルの口から、また突拍子もない言葉が飛び出し、クロルの周りを光が包む。

 それと同時に、ハルトとクロルの間に何か繋がりができた、そんな感覚を覚える。


「しゅ、主従契約って…そんなの結ぶつもり無かったんだけど!?何で勝手に契約されちゃったの!?」


「…?もしかして、ご存知なかったのですか?奴隷は、奴隷になる時に名前を奪われて、買われた時に主人に名前をつけてもらうんです。それで契約が完了するんですよ」


「ご存知なかったけど!?ちょっとルミリ、何で言ってくれなかったんだよ!」


「ボ、ボクも忘れちゃってたんだよ!奴隷を買うことなんて無かったし、契約もしたことなかったし!…ご、ごめんね!」


「くっ、可愛い…許す!」


「ごめんなさい、てっきり知ってるものだと…でも奴隷契約は、奴隷が死ぬか、主人が死ぬかでしか取り消せないので…これからよろしくお願いしますね!ご主人様!」


「なんでそんな方法でしか解除できないんだよ!カスタマーサポートに連絡させろ!」


「ま、まあ助ける上でウチに迎え入れる予定だったし…別に問題ないでしょ。頑張ってね、ハルト!」


 そう言ってガッツポーズを作るルミリ。

 確かに不便はないが、勝手に契約を結んでしまって、クロルに対しての申し訳なさがハルトの心中を占めていく。

 

「契約しちまったし、とりあえず助けるって約束は守ってやらないとな」


 それが、ハルトがクロルにできる罪滅ぼしだ。

 ひとまず、無事に屋敷に連れ帰らなければいけない。

 そう思い、今すぐ屋敷に帰ろう、とルミリ声をかけようとした、その時ーー。


「ーーどうやら、簡単には帰してくれそうにないね」


 不穏な事を口にするルミリの視線の先には、全身に鎧を纏った大男が、ガチャガチャと音を立ててこちらに向かって来ていた。


 周りの通行人よりも二回りほど大きく、目立つ姿をした男。


 もしかすると敵ではないかもしれないという淡い期待は、戦闘未経験のハルトにも感じ取れるほどの殺気でかき消される。


「ち、ちなみにルミリ、あれ倒せそう?」


「周りに人がいないなら、動き回って何とかなるかもしれないけど…ここじゃ厳しいかな」


「なるほど、つまり…」


「つまり?」


「あいつは多分鎧でうまく動けない!ルミリ!クロル!逃げるぞ!」


「分かった!」「分かりました!」


 堂々と情けない発言をするハルト。だが、こちらと相手方の戦力差を鑑みて撤退をする判断は間違いではない。


 ただ、一つ間違いがあるとするならば。


「っ!あいつ、飛び上がって…」


「落ちてくるよ!ハルト!避けてっ!」


「うおおぁあ!!」


 ーー鎧を着けているからと言って、鈍重とは限らないという点だ。


 見た目に反して軽快に飛び上がった鎧男が着地した瞬間、見た目通りの重量に押し潰された街路がひび割れ、凹んでいく。


 近くに人は居なかったので、周囲に怪我人などは居ないが、その突然の破壊行動に周囲からざわめきが起こる。


 今はすんでのところで回避できたが、次はどうなるか分からない。

 だが、相手としても人が多いところでは今の飛び上がりはできないはずだ。恐らく、今もこちらが人が少ない所へ逃げ込んだ瞬間を狙って来た。


 つまりーー。


「人混みの中に逃げ込もう!あいつは人が多いところじゃあんな動きは出来ないだろうし、体がでかくて、人混みじゃ動きづらいはずだ!」


 ハルトの指示に2人はコクリと頷き、3人でまとまってから人混みに紛れる。


 予想通り、鎧男は動きづらそうにこちらを追って来ている。


 問題なのは、こちらも人混みじゃ動きづらく、逆転のすべもないという点だ。


「くっそ、どうするか…」


 逆転の一手を探し、頭の中から情報をかき集める。

 ふと、先刻の未来視の映像が思い出される。

 必死に毛布やカーペットを敷き詰めるハルトとルミリ、見知らぬ少女。

 だが、今ならわかる。あの少女は、クロルだ。


 ハルトの頭に、逆転の一手が浮かぶ。


「ルミリ、毛布やカーペットを売ってる店ってあるか?」


「え?うん、先の方にあるけど…」


「よし、それと、火の魔法は使えるか?」


「一応、初級しか使えないけど…こんな人混みで打ったら、他の人に当たっちゃうよ?」


「いや、使うのは今じゃなくて良いし、初級で十分だ。…ルミリ、先にその店に行ってありったけの毛布とカーペットを買って来てくれ。できるだけふわふわなやつ」


「今そんな事してる暇ある!?後でいいでしょ!」


「あいつを倒す作戦に使うんだ!いいから、お願い!」


「ならいいけど…ちゃんと後で追いついて来てね!」


「おう、任せとけ!」


 ハルトの返事を聞き届ける前に、走り出すルミリ。先程も見せた超スピードを維持したまま、地面を、壁を、空中を駆け抜ける。

 グングン前へと進んで、あっという間にルミリが視界から消える。

 この調子であれば、無事に作戦は決行出来そうだ。


「問題は…」


 そう言って、ハルトは後ろをチラリと見やる。先程よりも距離が縮まっているように見える。このままでは、捕まってしまうのも時間の問題だろう。


 そんなジリ貧状態が1、2分続いた後、


「…俺も、やるっきゃねぇかな。成功するか分からんけど」


「ご主人様、何をするんですか?」


「ご主人様はよしてくれ、ハルトで良いよ」


「ではハルト様、何をするんですか?」


「…まあ、それでいいや。クロル、ちょっとこっち来て」


「?はい」


 クロルが近づくと、ハルトはクロルの脇の下に腕を滑り込ませ、抱き上げた。


「きゃっ!いきなり何ですか、ハルト様!欲情するのは後にしてください!」


「この状況で欲情するわけないでしょうが!あと俺はロリコンじゃないから幼女に興奮はしません!」


「ろり…?」


「そんなことより、行くぞ…!」


 そう言うと、ハルトはぴたりとその場に止まる。


「ご主人様!?止まったら捕まっちゃいますよ!行くぞって言うなら早く行ってください!」


 クロルの必死の訴えは、ハルトの耳には届かない。

 両者の距離が後数歩で埋まる距離まで縮まった、その時。


「…無属性魔法、『インパ』」


 ハルトの口から言葉が紡がれるのと同時に、淡い光がハルトの足を包み込む。


「しっかり捕まってろよ、クロル…」


 ハルトが踏み込んだ瞬間、先ほどまでとは比べ物にならない跳躍力を得て、2人は空へ飛び上がる。


 ーーティーゴと共に特訓していた、無属性初級魔法、『インパ』のお披露目だ。

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