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王太子の婚約者の場合

 王宮にある庭園の東屋(ガゼボ)では、ダグラス王太子と婚約者のキャサリン公爵令嬢のお茶会が開かれていた。婚約者同士の交流を深めるためのもので、すでに何度も開かれており、どちらも正確な回数を憶えていなかった。

 キャサリンが不意に思い出したように、ダグラスに問う。

「そういえば学園で奇妙な噂を聞きましたの」

「噂? キャサリンが興味を持つとは、ひょっとして私の噂かな?」

 相変わらず自信過剰気味ね、キャサリンはそう思ったが予想通りの展開なので先を続けた。

「ええ、殿下が最近親しくしている女生徒がいるとか」

 ダグラスは表情を変えずに答える。

「セクストン男爵令嬢のことかな」

「確かそんな名前でした」

「親しくしているわけではない。一方的に付きまとわれているだけだ」

 そう言われて納得するキャサリンではなかった。

「そういう女生徒はこれまでにも大勢いましたでしょう。でも噂になるほどではありませんでしたわ」

 ダグラスは一瞬困ったような表情を浮かべた。

「誤解せずに聞いてほしいのだが、アレにはちょっと興味があった」

 一方的に付きまとわれていたんじゃないの、とキャサリンは心のなかでツッコミを入れたが、最後は『興味があった』と過去形だったのが気になった。

「アレは今まで見た令嬢たちとはかなり違っていた」

 そうでしょうね。彼女は養子で元は平民、学園ではかなり自由奔放に振る舞っているそうだから、貴族の令嬢しか知らない男性から見たら新鮮でしょうよ。

「とにかく男に取り入るのが恐ろしく巧い」

 あれ? 意外と冷静に見ているのね。

「セクストン男爵の再婚相手の連れ子だそうだが、その再婚相手というのが貴族相手の高級娼館の娼婦だったそうだ。母娘(おやこ)だけあって血は争えないんだろうな」

 そこまで知っているの! なのにそんな下賤の女の娘が側にいることを許しているの?

「男爵は前夫人を病で亡くしてからはそこの上客だったらしいが、それだけで娼婦と再婚したわけではない。娘に聖属性の魔法の才能があったので、手っ取り早く手駒にするために再婚したようだ」

「殿下もセクストン嬢を手駒にしたいのですか?」

 一番手っ取り早い方法は、私との婚約を解消して、娼婦の娘と婚約を結び直すことでしょうけど。

「いいや、調べてみたらセクストン嬢の魔法の成績はかなり悪い。貴族の家なら子供の頃から家庭教師をつけて英才教育をするが、セクストン嬢にはその機会がなかった。今から教育を施しても大して伸びないだろう。いくら聖属性が貴重でも、王家が抱える価値はない」

「それでしたら、なぜお側に侍らせているのです?」

「侍らせているわけではない。付きまとうのを多少大目に見ているだけだ」

「わたくしには違いがよくわかりません」

 ダグラスは聞き分けのない子供を見るかのような目をした。キャサリンはそれが更に気に入らない。

「アレには王室聖魔導士は務まらないだろうが、別の使い途があるのではないかと思った」

「使い途ですか」

間諜(スパイ)だ。男に取り入るのが巧いからな」

 ああ、なるほど。でも淑女としては反応に困るわ。

「あら、まあ」

「そう思ったんだが、今は無理だと思っている」

「何故ですの?」

「頭と口が軽すぎる」

「それは……致命的ですわね」

「全くだ。ついでに尻も軽い。見境なく男子生徒に粉をかけて、そのうち何人かはその気にさせている」

「困った方ですわね」

「その通りだが、そのおかげで役に立った部分もある」

「と仰いますと?」

 ダグラスは宰相と騎士団長の息子の名前を挙げた。

「あの二人は使えん。色仕掛け(ハニトラ)に簡単に引っかかる間抜けに仕事は任せられない。それが分かったのは、セクストン嬢のおかげと言っていいだろう」

「それはお気の毒に」

「誰が気の毒なんだ?」

「宰相閣下と騎士団長閣下です」

「どちらも嫡男でなかったのが不幸中の幸いだな。側近候補の選別もあらかた終わったし、セクストン嬢にはそろそろ退場してもらおう。これ以上学園の風紀を乱されては困るからな」

「退学させるのですか?」

「修道院に送って治癒魔法の腕を磨かせるさ。そうすれば世のため人のために役に立つだろうよ」

「苦労して手に入れた手駒を無償で教会に寄進させられるのでは、セクストン男爵閣下は納得しないのではありませんか」

「学園での令嬢の悪行の証拠を見せつければ納得せざるを得まい。証拠は私も集めていたが、キャサリンだってそうしていたんだろう。二人で集めた証拠をすり合わせれば、十分な量になるのではないか?」

「……あとで使いの者を王宮に行かせます」

「婚約者が有能だと助かる」

「完璧王子にはかないませんわ」

 初めてダグラスは顔をしかめた。彼自身はそのあだ名が気に入らないのだ。

 二人はテーブルを挟んで座っていた。二人はそれぞれ三人掛けのベンチの中央に座っていた。

「そっちに行ってもいいかい」

 ダグラスはそう言うと返事を待たず、テーブルの反対側へ移動した。そしてハンカチを取り出す。だがハンカチを自分が座るベンチに敷かず、キャサリンのスカートの上に掛けた。そしてキャサリンの隣に座ると、体を倒してハンカチの上に頭を置いた。つまり、膝枕だ。

 その場には二人の他にそれぞれの侍女と護衛の騎士がいたが、見慣れた光景なので何も言わない。

「殿下、はしたないですよ」

「何を今さら。ねえねえ、それより聞いてよ。今日さあ……」

 ダグラスは今日の出来事の報告、というより愚痴をこぼし始めた。


 ダグラスとキャサリンは同い年だが、数十日の差でキャサリンの方が先に生まれている。それを知ってから、ダグラスは少しずつキャサリンに愚痴をこぼすようになった。

『完璧王子』というあだ名から分かるように、ダグラスは周囲から完璧と思われていた。だがそれはダグラスにとって重荷になっていた。ダグラスが心の安定を保つためには、愚痴を聞いてくれる相手が必要だった。

 もちろん愚痴を聞いてもらうだけなら膝枕は必要ない。だがダグラスはキャサリンに愚痴を聞いてもらうのが当たり前になると、次は膝枕をねだるようになった。王族や貴族は幼児期の育児を乳母に委ねる。ダグラスを担当した乳母は三人いたが、たまたま全員がダグラスに厳しく接したため、幼いダグラス王子は十分な愛情を注いでもらえなかった。本人は全く無自覚のまま、その代償を婚約者に求めた。

 要するに、ダグラスは誰かに甘えたかったのだ。ダグラスから見て、それが最も容易かった相手がキャサリンだったのだ。

 キャサリンは適当に相槌を打ちながら、ダグラスの愚痴を聞く。愚痴をこぼせる相手をダグラスが必要としていることはキャサリンも理解できた。だが愚痴を聞かされることが楽しいかといえば、そんなわけがない。キャサリンはこの時間が苦痛だった。

 このことは両親にも相談してみたが、その反応は芳しくなかった。

「夫を掌の上で転がしてこそ、王侯貴族の夫人ですよ」

 そう言うあなたはそれをできているのですか。母にそう言われたとき、キャサリンは心のなかで反発した。

「殿下はおまえに依存している。結構なことではないか」

 公爵家にとってはそうでしょうけど私には重いのです。父にもキャサリンの心は反発した。

 キャサリンには年下の男を可愛がったり育てたりする趣味はなかった。むしろ年上の男に庇護してほしいタイプだった。こんな儀式がどちらかが死ぬまで続くのかと思うと憂鬱だった。

 だからダグラスが学園で自分以外の女生徒と逢っていると聞いたときは、密かに期待した。ダグラスが真実の愛に目覚めて自分との婚約を破棄してくれないかと。

 だがリアルの王子は、なろう系作品の知能デバフがかかった王子とは格が違ったのだ。

(殿下が完璧でなければ……あるいは私が宰相か騎士団長の令息の婚約者に転生していれば……それともヒロインが無理な逆ハーなんか狙わなければ……今さら詮無いことね。でも私は殿下のママじゃないのよ)

 キャサリンはダグラスの愚痴を聞き流しながら、密かにそう思った。

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