憧れの推しの義妹になれたと思ったら、妬まれたあげく呪いで小鳥にされてしまいました。どさくさで義兄に拾われたので、楽しい小鳥生活を満喫中です
「クリスタル嬢、僕が君を妹と思うことはない」
お義兄さまに一刀両断されて、思わず立ち尽くしてしまいました。びしりと人差し指で私を指差してまで宣言することですかね、それは。とりあえず、「ですよねー」と適当な返事をしたところ、さらにぎろりと睨まれてしまいます。
わ、めっちゃ理不尽じゃないですか。正直涙目になっちゃいましたよ。そもそも、たった今「僕が君を妹と思うことはない」ってジェロームさま……もといお義兄さまが言ったばっかりじゃありませんか。私、悪くないですよね? まあ義妹――しかも平民――なんてものが突然できるなんて正直たまったもんじゃないと言いたくなる気持ちもわからなくはないですが。
それなのにお母さまとお義父さまときたら、「あらあらまあまあ」と言わんばかりの顔でこっちを見守ってやがりますし。ちょっとそこのふたり、新婚ほやほやのバカップルになるのは構わないですけれど、もう少し子どもたちのことも考えてくださいな。私はともかく、お義兄さまはこの結婚を両手を挙げて賛成しているわけではなさそうですよ。
家庭内でこれとか、学園内だとどうなっちゃうんでしょう。せっかく大好きな先輩とひとつ屋根の下、憧れの「おにいさま」呼びができるという妄想の賜物みたいなシチュエーションが整ったというのに、やっぱり現実は非情ですね。でもそんなツンツンなお義兄さまも好き。
とりあえずそういうわけで、顔合わせの時点で波乱の幕開けとあいなりました。
***
私は、王立魔術学園の一年生。平民ということもあり、奨学生として学校に通っています。一応これでも、元は男爵令嬢だったんですよ。
ところが父が亡くなると同時に、母は婚家から追い出されてしまいました。ご丁寧に私のことも、貴族籍からしっかり抜いてくれやがったようです。財産分与なんてこれっぽっちもありませんでしたし、用意周到でしたよ。けっ。
とはいえ、没落令嬢だった母のことを婚家の皆さんは疎ましく思っていたようですし、繋がりがなくなって私的にはせいせいしているくらいです。嫌味と皮肉しか言わない親戚なんて要りませんもの。
そんな私の唯一の楽しみは、学園の華であるジェロームさまを愛でること。学内に存在するファンクラブに加入し、会合と称してお茶会を開き、ジェロームさまの尊さについて語るのです。それがまさか、お母さまとジェロームさまのお父さまが再婚するなんて。
実はお義父さまは、学生時代からお母さまのことがお好きだったのだとか。夫を亡くし、婚家にも実家にも頼れなかったお母さまのことを気にかけ援助してくださっていたそうです。お義父さまの奥さまは、ジェロームさまが小さい頃にお亡くなりになっていたそうで、浮気だとか不倫だとかとは無縁のクリーンな関係のようです。やったね!
それにジェロームさまと家族になったのなら、今までは学園でチラ見することしかできなかったお姿も、今後は朝から晩まで眺め放題ではありませんか。ひやっほう!
***
なんて浮かれていた時期が私にもありました。まさかの全拒否ですよ、全拒否。
顔合わせに参加して以来、ジェロームさまには家はおろか学園でも塩対応されるようになってしまいました。その上、どこからかお母さまとジェロームさまのお父さまの結婚話が漏れてしまったのです。すると何が起きるかと言いますと……。
「ねえ、ちょっと聞いているのかしら。平民の癖に生意気なのよ!」
嫉妬した学園の女生徒たちからの八つ当たりです。まあ確かに、彼女たちの言いたいこともわかります。
抜け駆け厳禁がファンクラブのお約束。私たちは無駄な争いから離れて、心穏やかにジェロームさまを観賞するためにファンクラブに加入しているのです。
実際、本気でジェロームさまを結婚相手としてゲットしようと目論んでいるご令嬢の皆さまは、ファンクラブへの加入を辞退されるのだとか。みんなで仲良くジェロームさまを愛でるという私たちのモットーは、彼らからすればひよっているようにしか見えないわけです。
そんな人間が、棚ぼたで義妹の地位を獲得だなんて刺されても文句は言えません。嫌だけど。
だからと言って、これはあんまりではないでしょうか。いつものように呼び出しを食らい、まあ多少文句をぶつけてすっきりしてもらえるならまあいいかと思って出掛けてみれば、まさかの呪いをかけられました。さすが血の繋がった親戚を身ぐるみ剥いで叩き出すタイプの人間はやることが一味違いますね!
「ひいいい、身体が浮いてます!」
「残念だったわね。人間とは異なる姿に変わったあんたは、永久にこの世をさ迷うのよ!」
「呪いの内容が普通にえぐい」
「相変わらず失礼ね」
「でもまあ、なっちゃったものはしょうがないですね。そうだ、ジェロームさまの下へ行こう!」
「え、ちょっとあんた何を気軽に今後の方針を決めてるのよ」
「だって、泣いても喚いてもどうせ状況は好転しませんよね?」
それくらい、目の前の従姉妹を含む叔父一家に家を追い出されたときから身に染みてわかっています。だったら、少しでも現状を楽しまなくては損というもの。
「そうやって、余裕ぶっていられるのも今のうちよ。今のあんたの声は、呪いをかけたわたしにしか聞こえないわ。もしもあんたの声が聞こえる人間がいるとすれば、それは運命の相手くらいなものよ」
「つまりどれだけそばで興奮して叫んでみたところで、バレないということですね! やったー!」
こうしてはおられません。私は元気良く自宅に向かって飛び立つことにしました。
***
いやあ、まさか自分にここまで鳥としての才能があったなんて驚きですね。ちゅぴちゅぴ歌いながら、屋敷まで颯爽と飛んでまいりましたよ。
実は途中で、「もしかしてここらへんで鷹とか鷲とかに見つかったら、捕食されて一発アウトじゃね?」とか考えちゃったわけなんですが、なんとか無事にたどり着いたので問題なしです。運も実力のうちっていいますし。
さあ屋敷に着いたらまずは、お母さまへの連絡です。え、ジェロームさまに会いに行かなくていいのかって?
そりゃあもちろん行きますよ。でも、お母さまは心配性ですからね。うっかり従姉妹一家に連絡を取って、また傷つけられてはたまったものではありません。もちろん今回は、夫である侯爵さまがいらっしゃるので、ものすごい反撃を食らうことでしょうが。
いろいろと考えてみたものの、結局素直にインク壺の中に足を突っ込み、壁に魔術信号を描いてみることにしました。
黒丸と横棒で書き表す伝達用の魔術信号ですが、鳥の足跡でもなんとか完成。インクが高級そうな机や絨毯やらにべっとりと染み込んでしまったらしいことは知らないふりをしておきましょう。とりあえず目的を達成できたのでヨシ!
「何がヨシだ。おい」
ひええええ、ジェロームさまを見に行く前にご本人に捕まっちゃったんですけれど。一体どうしましょう。
***
ちょこちょこちょこちょこ
とりあえず逃げます。どうしてでしょうか。自分でも飛べばいいと思うのに、なぜか前方向にちょこちょこ早歩きしてしまいます。あれ、あれれ、なんで?
一生懸命早歩きしている間に、お義兄さまに窓を閉められてしまいました。ひええええ、そんな殺生な。
しょんぼりしつつ窓に近づくと、呪いをかけられた自分の姿が確認できました。こ、これは、そこら辺をちょこちょこ早歩きしている白黒の鳥!
お母さまと下町に平民として住むようになってから見かけるようになった可愛い小鳥です。いやあ、ラッキーですね。不細工な鳥に変えられていたら泣いていたかもしれません。ハゲワシとか、まず名前が可愛くなさすぎます。
「どうしてハクセキレイ?」
残念、私にもさっぱりです。それにしてもこの鳥の名前はハクセキレイというそうです。そんなことまで知っているなんて、さすがジェロームさまは博識ですねえ。ああ、私も鳥を愛でるジェロームさまを愛でたい! その願いは叶わず、黙ってジェロームさまを見上げるのみなのですが。
「一応確認しておくが、クリスタル嬢を見ていないか。学園に登校していたはずだが、休み時間中に行方知れずになったらしい」
なんということでしょう。鳥のままでは知らないフリをするときに口笛を吹いて誤魔化すという作業が難しいことに気がついてしまいました。
既に学園内は大騒ぎになっているようです。これで鳥の足跡で描いた魔術信号が見つかったら、怪しさ大爆発なのでは?
「何が、『ちょっと出かけてきます。心配しないでください。お母さま、お義父さま、お義兄さま大好き!』だ。心配するに決まっているだろうが。……一番最後か……」
わーん、ジェロームさま、なんだかんだ言って心配してくださるのですね。カッコいい! 大好き! なんか後半意味不明なことを言っていたような気がしますが、イケメンなのでヨシ!
「だから、何がヨシなんだ」
すみません。全部従姉妹のせいなんです。うっかり呪いをかけられた私も鈍臭いですが、そもそも呪いをかけてくる方が悪いと思います!
「……それで、どうするつもりだ。魔術信号を壁に描く小鳥など、誰かに見つかったら警らに突き出されるか、学園の変態教師の実験材料にされるかのどちらかだが。それに運良く野生で生きられたとしても、主食は昆虫になるぞ」
まさかの可能性に血の気が引きました。嫌です、そんなの嫌すぎます。お願いです。こんなちゅぴちゅぴ鳴く可愛いハクセキレイを見捨てないでください。使い魔として一生懸命働きますから!
「使い魔契約か。悪くない」
一生懸命アピールしたせいか、ジェロームさまは私の言い分を理解してくださったようです。やっぱりすごい!
そういえば学園の授業で、人間相手に使い魔契約を結んではいけませんって習ったような……。まあいっか。ジェロームさまなら、使い魔に対してもそれなりの扱いをしてくれるでしょ。……してくれるよね?
***
お義兄さまの使い魔として暮らし始めてから数日。居心地の良い生活にだらけきっております。使い魔ってこんなに幸せなの? 推しにお世話される生活、最高かよ。
今日もお義兄さまのお部屋でのんびりティータイムです。私が行方不明になっているせいで、学園は休校なのだとか。申し訳ない。
そしてここで重要な事実が判明いたしました。なんと、お義兄さまには好きな方がいらっしゃるようなのです。
夜半、切なげな顔で「どうして素直に好きと言えないんだろうな。あんな傷つけるような言い方なんかしたくなかったのに」なんて独り言をつぶやく姿は、王国中の画家を呼び集めて絵画にし、後世に伝えていきたい美しさでした!
これは大ニュースですよ! ぜひともファンクラブメンバーにも共有せねばと張り切っていたのですが、お相手が少し……いえ大変問題でして。
何かお手紙やら、難しそうな報告書をジェロームさまが読んだりしている中で、私は見てしまったんです。従姉妹の絵姿をじっと見つめているのを。
えええええ、お義兄さま、女の趣味が悪過ぎますよ。どうして従姉妹なんですか。世の中にはもっと可憐で優しい女の子が山のようにいるんですよ。なんでそんなドブみたいなところから選ぶんですかね。
どうにかして従姉妹から関心をそらそうと、従姉妹の絵姿をつついてボロボロにしてやりました。従姉妹の絵姿を飾るくらいなら、ファンクラブに所属している美人さんたちの絵姿でも置いておこうかしら。
大体従姉妹には、婚約者がいるんですよ。醜聞をかぶってまで、選ぶ価値のある相手には思えませんがねえ。お義兄さまの目が節穴でがっかりですわ。
「あまり失礼なことを言っていると、頭から食べてしまうよ」
ひいええええ、お義兄さま、お助けを! ちゅぴちゅぴ言っているだけなのに悪口をかぎあてるとは。そういうところも最高です。
「はあ、まったく。とんでもない使い魔だ。さあ、僕の名前を呼んでごらん。それくらいできるはずだ」
マジですか。使い魔って、声帯の違いすら乗り越えるんですか? 小首を傾げつつ、言葉を紡ぎます。ちゅぴちゅぴを頭の中の言語に合わせるのって難しい!
ジェロームさま。
呼びかけるとくすぐったそうに目を細められました。
「途中までしか聞こえないな。長い言葉は難しいんだろう、ジェロと呼んでごらん。ほら、ジェロだ」
じぇ、じぇ……。
推しの名前を勝手に愛称で呼ぶなんて、そんな恐れ多いいいいいい。
***
ひとりで悶絶していると、来客の知らせが入りました。なんと従姉妹の婚約者さまが屋敷にやってきたというのです。
ジェロームさまと従姉妹の婚約者さまはとりたてて仲が良いイメージはなかったのですが、どういう繋がりなのでしょう。
まさかジェロームさまと従姉妹の仲をお疑いなのかしら。いやはや、従姉妹がジェロームさまに色目を使うことはあっても、その逆はないですよ。従姉妹の婚約者さまもそれくらいご存知だと思うのですが、あばたもえくぼと言いますしねえ。
「せっかくだから、一緒に行くかい?」
もちろんです!
ちょいちょいちょいとジャンプして、ジェロームさまの肩に乗せていただきます。使い魔と言いつつ、役割としては「可愛い」が仕事なわけですが本当にこれでよいのでしょうか。
道すがら従姉妹の婚約者さまのことを考えて、思わずため息をつきました。まあ、はたから見ればいつも通りちゅぴちゅぴ言っているだけなんですが。
従姉妹にはもったいないくらい誠実な方なんですよね。政略結婚かと思いきや、本当に従姉妹を大事にしているみたいで。
あんな従姉妹のどこがいいんでしょうか。婚約者がいるにも関わらず男漁りをする従姉妹を庇っているみたいですし、もしかして寝取られ願望のあるかたなのかしら。性癖が高度過ぎるわ。
「好きだからこそ、ただ必死に我慢している場合もあるね。その場合は、たががはずれたときどうなるかな」
さらりと怖いことをおっしゃるジェロームさま。我が家で修羅場とか止めてください。
***
従姉妹の婚約者さまは、片手に鳥籠、反対側の手で簀巻きにされた従姉妹を抱えて深々と頭を下げていました。うーん、これってどういう状況なのでしょう。端的に言ってカオスです。従姉妹がこの状況に追い込まれるなんて、もしかして従姉妹の婚約者さまって意外とできる人物なのでは?
「今回は君の誠意に免じて、彼女の家のお取り潰しだけで済ませるけれど。その気になれば連座で責任を求めることもできるんだよ。本当に彼女を引き取るのかい?」
「それでも大切なひとですから」
おおお、いつもの穏やかな雰囲気ではなく、仕事のできる高位貴族モードも素敵ですね! それにしても婚約者さまの愛が深い……。従姉妹は彼の何が不満だったんでしょうかねえ。
「さあ、早いところ終わらせよう」
おや、ここで私を抱っこですか? 呪いの解き方って授業でありましたけれど、呪いを消滅させることは基本的に難しくて、相手に送り返すのが一般的だったはずです。失敗すると痛いって説明された気がしますが、本当なのでしょうか。
「大丈夫だから、心配しないで。リラックスして」
頭と首の周りを優しく撫でられ、思わずうっとりと目を閉じてしまいます。ああ、そこそこ、たまらん、気持ちいいですう。ああああ、もっとお。
「まったく、心臓に悪い喜び方だ」
「だって、気持ちいいんだから仕方ないじゃないですか。ああ、そこそこそこそ。ふわあ、たまらん」
おや?
はたと目を開けると、あられもない格好でジェロームさまにしがみついている私がいました。あのかわいらしい羽もなくなり、ごく普通の人間の姿です。
ちょ、ジェロームさま! 戻すなら戻すって言って! ひ、酷い、もうお嫁に行けない!
「何がお嫁に行けないだ。あまりにもハクセキレイに魂が馴染んでしまったせいで、これ以上術を解くのが遅くなっていたら一生をハクセキレイとして生きるところだったんだぞ」
そ、それは困るかな……って、あれ、別にそれでも良かったのでは? お義兄さまの使い魔生活は、最高の待遇でしたし。
***
ところで、呪いを返された従姉妹はどうなったのかというと、彼女もまた小鳥になっていました。なんだろ、ちょっと目元が鳩みたいで怖いですね……。
「カッコウ」
す、すごい。本当にカッコウって鳴くんですね! それにしてもカッコウ……。え、託卵しそうだからってこと? じゃあ、私は? 私はなんでハクセキレイだったの?
「警戒心がないからだろう」
「そんなあ」
とりとめもないことを話す私たちの横で、従姉妹の婚約者さまが笑顔で従姉妹を捕獲していました。とても豪華な鳥籠は、住み心地もそれなりによさそうです。これなら安心ですね。
「すごいですねえ。特注品でしょうか?」
「そうだろうな。数ヵ月どころか、数年単位で予約をしておかないと手に入らないような逸品だろうな」
「はあ、愛ですねえ」
なんだか、従姉妹のやらかしを事前に知っていたかのようなタイミングの良さですが、たまたまですよね?
かごの中のカッコウがけたたましく鳴いていましたが、ホトトギスではないので喉は大丈夫でしょう。なんだかんだ言って、婚約者さまは従姉妹を溺愛しているようなので、悪いようにはならないと思いたいです。
「どうかな。嫉妬に狂った男は怖いよ?」
「ひえっ」
「婚約者殿にはしっかり手綱を握ってもらおうか」
ぴえん。急なホラー展開は止めてください。
あのところで、お義兄さま。人間に戻った私とお義兄さまの使い魔契約ってどうなったんでしょう。まさか奴隷契約にスライドしたりしてませんよね?
***
慌ただしく従姉妹たちが帰ると、お母さまとお義父さまになぜかお説教されてしまいました。悪いのは従姉妹なのに。しくしく。
やっと自分の部屋に戻れたと思ったら、今度は出会ってから一番いい笑顔のジェロームさまに捕まる始末。めっちゃ怒ってますやん。そのままあっさりと、二回目のお説教タイムに突入です。
「どうしてあの時、助けを求めてくれなかったんだ?」
「あの時というのは……?」
「もちろん、魔術信号を描いていたときだ。あのとき、もっと具体的に状況を伝えることだってできたはずだ。どうしてひとりで抱え込もうとするんだ」
「だってこれ以上刺激すると、従姉妹が何をしでかすかわからなくて……。お母さまに自分が結婚したせいで娘がこんな目に遭ったとか思って欲しくなかったんです」
今まで苦労して女手ひとつで私を育ててくれた母に幸せになってほしい。そう思うのはおかしなことではないはず。
「義母上の弱点になりたくなかったと?」
「お義父さまやお義兄さまの足手まといにもなりたくなかったんです。ただでさえ、あまり良く思われていないのにこれ以上迷惑をかけられませんもの」
私を追い出したことからもわかる通り、あの家のひとたちは相当がめついわけで。金のなる木だと思えばきっと離してくれません。私の呪いを交渉の材料にされたくなんてなかったんです。
「僕たちが彼らに遅れをとるとでも?」
「す、すみません」
ひえ。お、怒らせちゃいましたか? プライドが傷ついたってことですかね。やはり高位貴族の誇り、怖いです。
「大事な家族なんだ、もっと頼ってくれ」
「お義兄さま!」
「それはなしで」
ちぇっ。この意地悪さんめ。
***
「ところで、どうして従姉妹殿の絵姿をボロボロに? 晴らしきれない恨みがあるのであれば、代わりに……」
「いやいやいや、そういうどろっとした話じゃないんで。我が従姉妹ながらあの子は裏でかなり遊びまくっていますからね。何としてでも阻止したかったんです」
俗に結婚は人生の墓場なんて言いますが、託卵だとか性病の可能性が格段に高い結婚とか、博打にもほどがあるでしょ。ああやだ、ばっちいばっちい。
「なんだ、妬いてくれたわけじゃなかったのか」
しょんぼりと肩を落としたジェロームさまの姿に、首をひねりました。
「大好きなひとが幸せになるというのに、どうしてそれを妬む必要があるのでしょう。ジェロームさまが選んだ相手なら、心から祝福しますよ」
「それは誰であっても?」
「さすがに従姉妹みたいな性悪相手はちょっと……」
「なるほど。言質はとったよ」
「は?」
「いいや。こっちの話だから」
にこりと微笑むと、ジェロームさまに両手を優しく握られました。はっ、もしやこれが兄妹の距離なんでしょうか。はーん、役得です! って、ちょっと顔が近くないですかね? 使い魔生活の間、お風呂とか入ってないんですよ! 水浴びくらいはしていますが、汗もかいているし、く、臭いかも! 乙女心的に離れたいいいいい。
「少なくとも僕は、クリスを無一文で追い出すような家の人間に心惹かれることはないね」
「ジェロームさま? あの、一旦すみません。なんだか距離感がおかしいような……?」
「おかしいのは君の方だろう。ずっと名前で呼んでほしいと言っていたじゃないか」
さらりと返され、ぐぬぬぬと言葉に詰まってしまいました。確かに一理ありますが、なんだか騙されているような。
「それはですね、家族になったのに『クリスタル嬢』呼びはどうなのかなあっていう意味だったんです!」
「まったく君は酷い。僕がどれだけ我慢していたのか、何も知らないんだから。君の無邪気さが大好きだけれど、あんまり無防備で今すぐ押し倒していろいろとわからせたくなるよ」
おしたおす……? ははは、そんなまさか。空耳でしょうか?
「ジェロームさまが、私相手に性欲煩悩大爆発の飢えた狼みたいなこと言うわけないでしょう!」
脳内がぐるんぐるんとなって、口から内臓が飛び出そうです。
「クリス、君が僕に何を夢見ているのかわからないけれど、僕はただの男だよ。好きな女の子に振り向いてもらうために必死なね」
「ジェロームさまが私を好き? そんなことあるわけ」
「いつか求婚しようと思っていた相手が、いきなり自分の妹になると知った時の僕の気持ちがわかるかい?」
今度は、頭なでなでされたああああ。唐突な告白に限界を超えた私は、そのままぶっ倒れて再びベッドの住人となったのでした。
***
「本当に君は酷い」
「すみません」
「これから本気を出して攻め落とすと決めた途端に発熱だなんて」
「たぶんこれ、知恵熱です」
自分で言うのもなんだけれど、めちゃくちゃ恥ずかしい。なんだそれ、子どもか。
「そうか。なら、宣戦布告としていただいておこう」
いきなり抱きしめられ、慌てて両腕を突っ張り、距離を取ります。
「ダメです。万が一変な病気だったらどうするんですか!」
「ああ、良かった。僕が嫌いなわけじゃないんだね」
「は!」
きききききききすされてしまった!!! あばばばばっばばっばばばっば。
「ふふふ、可愛いね。壊れたぜんまい仕掛けのお人形みたいだよ」
「って、なんでさらに、ききききききききすをするんですか!」
「風邪はひとにうつすと早く治るって言うじゃないか。タチの悪いものなら、早々にもらっておかないとね」
今まさに、タチの悪いものに絡まれているんですが!
「もう逃がしてあげないから。諦めて」
「ジェロームさま」
「そんな顔をされたら我慢できなくなる」
「ひいっ。あ、あの、兄妹でこんなことは良くないと思います!」
「ああ、大丈夫。君と僕が将来結婚できるように、父と君との養子縁組はまだしていないそうだから。必要なら叔父の養女という形にできるから、身分差とか存在しないからね?」
「ひゃい」
「それから、人間相手の使い魔契約は婚約の宣誓契約魔法の亜種だから逃げられるとは思わないように。奴隷契約ではないけれど、かなり反動はキツいよ?」
ふたりの事情がお母さまとお義父さまにも筒抜けだったことを知り、恥ずかしさのあまり悶絶。その上、最初からハクセキレイのときの会話も筒抜けだったなんて。この後私は再び高熱を出し、さらにベッド生活は長引くことになったのでした。
お手にとっていただき、ありがとうございます。ブックマークや★、いいね、お気に入り登録など、応援していただけると大変励みになります。