求める為の恋文(3)
その人は、葉本美琴さんといった。カフェの店長をしているらしく、アラサーぐらいの女性だった。
白いシャツにジーパン、その上に紺色のエプロンをしていて、飲食店の人らしい清潔感があった。メイクはほとんどされてなく、頬にはそばかすが浮いていた。少し火に焼けていて、いかにも海辺の町の人らしい。どこか垢抜けない雰囲気で、和葉は、美琴さんに好印象を持ってしまった。顔立ちも少し似ている気もして、もし自分に姉がいたらこんな感じだろう。初対面で異世界らしい場所にいるのに、美琴さんには良い印象があった。もっとも和葉は田舎育ちで、地域にみんなとも仲良く育ったので、人を疑う事は苦手だったが。
「あなた、道に迷ってしまったの?」
「ええ。ここはどこなんですか?」
とりあえず、美琴さんはカフェで一休みしようと提案してくれて、二人で歩いて向かっていた。和葉は一番知りたい事を隣にいる美琴さんに聞いてみるが、ニコニコ笑っているだけで答えてはくれなかった。
「大丈夫、絶対帰れるから」
「本当ですか?」
「うん。もし帰れなかったら、うちでしばらく雇ってあげるし、大丈夫よ。あと、これは地図ね。この通りに道を歩けば帰れるから」
美琴さんはエプロンのポケットから地図を出して渡してくれた。ハガキサイズの厚紙に地図が印刷されていた。地図は手書きのイラスト風のものを印刷しているようで、怪しさは漂うが信じる他なかった。もとより和葉は、人を疑うのが苦手なタイプだし、とりあえず美琴さんのカフェに行っても良い気がした。喉も枯れ、少し一休みしたい気分だった。
「カフェってあそこですか?」
「ええ、さっそく入りましょう!」
カフェは、青い屋根にアイボリーカラーの壁が印象的だった。レトロな書体で「お手紙カフェ・ミコトバ」という看板が出ていた。コンビニよりは少し小さなカフェのようで、規模はさほど大きくはなさそうだが、お手紙カフェってなんだろう?
「うちは店内に文房具がいっぱいあって、手紙が書けるのが売りなのよ。ランチセットかケーキセットを注文すると、便箋とかシールとか紙ものは使い放題ね」
「へー。それで採算取れるんですか?」
「意外と大丈夫よ」
最初は、異世界転移したような気分だったが、こうして日本語が通じ、手紙が書けるカフェがあるなんて、ファンタジー風の異世界では無いようだった。ここがどこかは不明だが、日本のどこかの田舎にワープしてしまったと思えば違和感はない。科学的では無いが。手紙を書けるカフェもそう珍しくはなく、雑誌やネットでも見た事があった。
しかし、店の前にあるポストを見たら驚くしかなかった。一見、何の変哲もない赤いポストだったが、「天国行き」と書いてあった。やはり、自分は異世界転生でもしてしまったのではとも重思い、不安になってきた。
「あ、あの、美琴さん。あのポストはなんですか?何で、天国生きって書いてあるんでしょうか?」
「あー、あれね。あれは飾りだから、特に気にしなくて良いわ」
さらっと流されてしまった。美琴さんはニコニコと笑っていたが、妙な圧もあり、深くつこんではいけない空気があった。和葉は空気を読み、これ以上質問するのはやめた。何より、喉が枯れて疲れていた。
「では、カフェに入りましょう」
「え、ええ」
美琴さんと一緒にカフェに入店した。カフェは見た目以上に広々とした印象だった。大きな窓があり、海が見渡せるせいかもしれない。店の左側には文房具コーナーがあり、そこだけカフェというよりは、どこかの文房具屋店のような印象だった。その隣には掲示板もあり、色々と便箋も貼ってあるのが目についた。
そこだけが普通のカフェと違っているようだが、あとは変哲もない。中央の大きなテーブルとカウンター席で飲食できるようだった。感染症対策は全くやっていないようで、そこだけは浮世離れた雰囲気もある。和葉がバイトしているファミレスはアクリル板があり、微妙な距離でテーブルが置いてあった。あのアクリル板は案外汚れやすく、メンテナンスする作業も面倒だった。近所にクレーマーの男性が住んでおり、感染症対策というよりは、変なもの客対策にいつの間にか目的が変わっていたが。
「どうぞー、座って。今日は特別にランチセット奢ってあげるわ」
「え? いいんですか?」
「ええ。今日がお客様も来ない雰囲気だし、少し暇なのよね」
大きなテーブルに席に案内され、水を受け取ると、なぜか奢ってくれる事になった。やけに好待遇で首を傾げていたが、水を飲みながら喉の渇きを癒していると、今は美琴さんの厚意を受け取っても良い気がしていた。そういえば和葉の出身地の田舎でも似たような事がある。困っている近所の人に奢ったり、逆に奢られたりすていた事も思い出し、ほんの少し実家に帰ったような気分になっていた。
ここは何処だか不明だし、イメージングも全く上手くいっていなかったが、ここのいると、何故か落ち着いてきた。たぶん窓から大きな海が見えて、疲れた心が癒されているのかもしれない。
席から立ちあがり、文房具コーナーを近くでみてもた。小さなラックに便箋や封筒、シールやマスキングテープなどがぎっしりと詰め込まれていた。無地でシンプルなものもあったが、花や鳥、クマや猫などがデザインされた可愛いものも多かった。
「可愛い」をテーマに何でも集めたような雑多な雰囲気もあるが、見ているとワクワクしてくる。普段はこう言った可愛い文房具には興味はないが、こいして見ると、心は自然と華やぐ。ボールペンやハサミ、ノリやカッターなどは貸し出し制のようだが、便箋などの紙ものは使い放題らしい。マナーが悪い客はいないのか、一人一個までなどの注意書きはなかった。和葉がバイトしているファミレスでは、たまにペーパーナフキンや割り箸を大量に使ったり、持ち帰る客もいて、対処が面倒だった。
文房具コーナーの隣にある掲示板コーナーは、美琴さんはお悩み相談のような事をやっているようだった。スーパーにお客様ご意見コーナーの相談バージョンといったところだとうか。中にはヘビィな相談もあったが、美琴さんは丁寧に回答していた。どれも丁寧な手書きの字で回答していて、見ていると思わず背筋が伸びそうだった。なぜか聖書の言葉を引用している回答も多かったが、よく知らない世界だ。こうして見ると、名言集とかそんな印象もある。
ある質問の回答には、こんな聖書の言葉が引用されていた。
「求めなさい。そうすれば与えられる。探しなさい。そうすれば、見つかる。門をたたきなさい。そうすれば、開かれる。だれでも、求めるものは受け、探す者は見つけ、門をたたものには開かれる。マタイの福音書・7章7-8節より」
なぜかわからないが、この言葉が頭に引っかかってしまった。
康二のイメージングをする事は、本当に合っているのかわからなくなってきた。むしろ、心がざわついてきた。
もしかしたら、イメージをしているのは、行動出来ない自分を慰めている行為だったのだろうか。本当に康二を恋人になりたいと求めていたのだろうか。そういえば、自分h何もしていない?
そんな疑問が浮かんだと同時に、美琴さんがプレートをもってきた。
「どうぞ。今日はフッシュバーガーです」
美琴さんは、穏やかに笑ってそう言った。