ホッチキスvsステープラ(5)
後日、清花はお手紙カフェ・ミコトバに向かっていた。学校帰りだが、マスクはしていなかった。中間テストが終わった日でもあるので、余計に開放感に満ちていた。
あのカフェに行ってから、清花は毎日マスクを外していた。学校でも駅でもスーパーでも、通学路でもマスクはしていなかった。
案外、人のマスクの有無なんて気にしている人は少ないらしい。駅やスーパー、通学路では何も言われなかった。それどころか、ハイスペそうなイケメンに話かけられた事もあった。ハイスペな経営者界隈では誰もマスクなどしていないそうで「頑張ってね!」と応援されてしまった。
学校では、麗羅に文句を言われた事もあったが、清花がマスクを外した事をきっかけに他のクラスメイトも外し初めていた。中には容姿に悩み恐怖感でマスクをつけていたものもいたらしく、感謝までされてしまった。
建前では「マスクをしましょう」というルールを守っているクラスメイト達だったが、本音では、「息苦しい」「めんどくさい」と思っているものも多いようだった。
そのうち、いわゆる美人の陽キャまでマスクを外し始めていた。麗羅は気に入らず「陰謀論者ですかー?」などと馬鹿にしていたが、陽キャは麗羅など全く気にもしていなかった。
「あんたは世間の大多数の立ち位置に立って、偉そうにしたいだけだよね? ジャイアンに媚び売ってるスネ夫かよ。いい人アピールしたかったら、一人でやりな。感染症対策なんて、あんたみたいに拗らせているメンヘラへの対策だから。ノーマスクの人見るだけで怖いのは、完全に不安障害だよ? 病院いったら? 本気で疫病の事なんて考えてない人が大多数だから。世の中のルールなんて『やってる感』出しておけばいいのばっかりだし、真に受けてるのは麗羅だけだよ」
麗羅は、陽キャの「論破」に何も言い返せないようだった。清花も麗羅に何も言われなくなった。
こうしてスッキリと息がしやすい毎日を送れているのは、あのカフェのお陰だと思い、再び地図を持っていく事にした。
なぜ海辺の町へ行けるのか謎だが、両親よると、いじめられているクリスチャンが、「主の祈り」をして眠ると、夢の中で天国に行けたりする事もあるらしい。もしかしたら、悩んでいたり、苦しんでいる人への避難場のような世界があるのかもしれないと言っていた。
その説があっているかはわからないが、そう思っていても良い気がする。
清花はお手紙カフェ・ミコトバに辿り着くと、さっそく入店した。
「あら、久しぶり! いらっしゃい!」
美琴さんは笑顔で出迎えてくれた。当然マスクもしてなく、綺麗な歯並びを見せていた。そばかすだらけで素朴な肌だが、口元は綺麗だ。そういえないマスクをずっとしていると、口元がだらしくなり美容に悪いと英会話教室の先生は言っていた。やっぱりマスクを外しておいて良かったと思う。
さっそくランチセットを注文し、文房具も見てみる事にした。店内には他に客はいなかったが、三毛猫がいた。どうやら、カフェにいついてしまったようだ。
掲示板コーナーをみると、以前、清花が相談した答えも出ていた。桜のイラストが描かれた綺麗な便箋に、それに負けないぐらいの文字が綴られていた。
匿名さんへ
ご相談ありがとうございます!簡単にいえばホッチキスでもステープラでもどっちでもいいです。秘書検定などでは、正式名称のステープラと答える事が多いそうなので、その場合は出題者が望む答えを書きましょう。こんな名称は、どれが正しくて間違っていると判断はできません。通じればいいですよね。ステープラだと知らない人も多いんじゃないですか?
思えば人はどうでもいい事に別れて揉めますね。ワクチンvs反ワクチンとか、専業主婦vsワーキングママとか。
クリスチャンでも、カトリックvsプロテスタント、日曜礼拝vs土曜日礼拝など、どうでも良い事で揉めています。揉めてる私達を見て、よりキリスト教の印象が悪くなっているだろうと思います。日本でクリスチャンが少ない理由もそんなところでしょう。
本当は聖書ではローマ人への手紙14章などで、クリスチャン同士で裁かないように伝えています。教義や教派で揉める事よりも、裁きあっている事の方が、神様の目から正しくない事もあるでしょう。明らかに間違っている場合の注意や忠告はもちろん必要ですが。
私が思うに、人について注意や忠告ではなく、論破や裁きをしたくなるのは、「自分は正しい」と思い込んでいるからかもしれませんね。人間なんてそんな良い存在でも無いですが。
まあ、本当にホッチキスでもステープラでもどとらでもいいんです。うちはマスクをしてもしなくてもどちらでも良いです。お手紙カフェ・ミコトバの店長より。
回答を読みながら、気が抜けてくるというか、心は軽くなっていったが、自分はマスクで悩んでいた事は伝えていないはずだった。
なぜ回答の最後に、マスクの事が書いてあったのだろうか。まるで心を読まれていたみたいで、少し怖くなってきた。
「お客様、ランチプレートお待ちしました」
美琴さんはテーブルにそれを置くと、清花のそばにやってきて、話しかけた。今日はおにぎりプレートのようで、味噌汁の出汁の良い匂いが広がっていた。
「あの、美琴さんて何者ですか?」
「えー、私は普通のカフェ店長です」
まじまじと美琴さんの顔を見つめるが、答えはなく、逆にはぐらかされてしまった。
「この猫ちゃんのホッチキス、可愛いでしょ?」
その上、文房具コーナーから猫のホッチキス(またはステープラ)をとってくると、ドヤ顔をしていた。
「まあ、可愛いと思います」
清花の頭の中は疑問しか浮かばないが、猫のホッチキスを見てたら、気が抜けてどうでもよくなって、笑ってしまった。
素顔で、花の咲くような笑顔を見せていた。




