神様の定規(2)
飽田市は、あまり治安の良いところではなかった。駅前には大きなパチンコ屋や風俗街などもあり、道端は生ゴミが散乱していた。カラスや野良猫もうろつき、ホストやヤクザっぽい人も歩いていた。
マキは内心ビクビクしながら、飽田市の駅前を歩いていた。この治安が悪そうな土地に美容整形病院があるそうだ。スマートフォンで地図を見ながら、その場所を探していた。
幸い、土曜日の昼間だった。サラリーマンや大学生風の男女も歩いているのが見える。夜だったらに逃げ出したくなるが、今はそこまで怖さはなかった。
ただ、慣れない土地なのですっかり迷っていた。三十分ほど歩き回り、春だというのに、マキの額には汗が浮いていた。思わず着ていたカーディガンを脱いで腰に巻く。ファッションもどことなく垢抜けない。もし妹が着れば可愛くなりそうな服も、マキが着るとダサくなる。ピンクや白が好きで、服も女の子っぽくまとめているが、どうも可愛くなれない。カバンにはウサギやクマのマスコットもついていたが、マキの表情はだんだんと沈んでいった。
「きゃ!」
しかもキャバ嬢っぽい女がぶつかってきた。派手な金髪で、胸元がガバガバな服をきていた。明らかに普通の職業の女ではなさそうだ。
「何この、ブス! ぶつかってくんなよ!」
しかも呪いの言葉のようなものも吐かれ、マキの表情は、さらに曇っていく。キャバ嬢は整形している可能性は高そうだが、目がパッチリと二重で、西洋人形のように可愛らしい。
「あはは、芋臭〜」
その上、笑われた。マキは居た堪れなくなり、走ってその場を離れた。
自分では可愛いものが好きなのに、どうもうまくいかない。妹と比べられ、ヒソヒソ悪口を言われた事も思う出し、マキの目元は濡れていた。
「何なのよ、もう……」
もし、平安時代に生まれたら、自分は美人だったかも知れない。残念ながら今は令和。パッチリと目が二重の可愛い子が正義。見た目の良いものが、何もかも得しているように見えて悔しい。悔しくて口の中を噛み続け、痛みを感じていた。
どれくらい走ったのだろう。気づくと、駅前からかなり離れた場所にいるようだった。飽田市の公園の側にある、広い空き地のような場所にきていた。
本格的に迷ってしまったようだ。再びスマートフォンを取り出し、地図を見る。何度も現在地を確認するが、なぜかスマートフォンの地図が消えて、見れなくなっていた。
「あれ?」
気づくと、どこかの海辺に着ていた。
「ここ、どこ? こんな所に海なんてあった?」
迷子になった怖さに身がすくみそうになった時、目の前にカフェがあるのが見えた。なぜか周りには人がいなくて、静かな波音だけが響いていた。潮の良い匂いもする。もしかしたら夢か。思わず頬をつねるが、痛みを感じた。
どうやら夢ではなさそうだが、だとしたら、ここから帰らなければならない。おそらく治安の悪い土地に行った怖さから、いっぱい走り、遠くの方まで着てしまったのかも知れない。
なぜかスマートフォンで地図も見られないし、周りにも人がいない。このカフェの人なら何か知っていそうだ。ここで食事などをする気はないが、他に選択肢は無いようだった。
マキの肩まで伸ばした髪の毛は、潮風に揺れていた。静かで、どこか時間の流れ方がゆったしているように感じてはいた。気づくと、マキの目元の涙は、すっかり乾いていた。