高価で尊い付箋紙(1)
水木美波は、仕事部屋で付箋紙をグシャリと丸めてゴミ箱に捨てていた。
今日は出版社から送られてきたゲラチェックがあり、付箋を貼ったり、ボールペンで書き込んだりすていた。
美波の仕事は作家だった。純文学やミステリ作家ではなく、ネット出身のライトノベル作家なので、夫と高校生の娘以外は知らない事だが。やはり、ライトノベル作家というと、下に見られる事も多く、あまり言いふらしてはいなかった。
コロナで長年勤めていた職場が潰れ、暇になった美波はネットで小説を書き始めた。模様見真似で悪役令嬢ものを書いたら、出版社から連絡がある、あれよあれよという間に書籍化が決まった。その後も運良く人気漫画家にコミカライズされたりして、収入は良かった。もう五十過ぎだし、このまま作家業を続ける事にした。編集者とのやりとりもコミュニケーション能力も要求され、見かけよりは大変だった。娘の友達にサインを書く事もあるが、基本的には作業自体は一人で行うで、その面も大変だった。
一人でゲラチェックをしていると、孤独で、少々退屈でもあった。ストレスもたまり、要らなくなった付箋紙をわざわざグシャグシャのして丸めてしまう癖もある。作っている作品は明るいコメディが多いが、その作者は別に明るい気持ちではなかった。
美波は、この仕事について悩んでいた。今は和風ファンタジーブームで、担当編集者からは、既存の人気作品と似たものを作れと言われた。今、ゲラチェックしている作品は、明治時代、無能でいじめられている巫女が、生贄にされかけたが、ルシファーの花嫁になるシンデレラストーリーだった。今はこういう「生贄モノ」も人気らしく、編集者にその要素を必ず入れろと言われた。
美波の住む飽田市には、城の跡地があり、人柱の白骨遺体も多数出土されていた。大学の時の日本文化の授業では、宗教にまつわる生贄儀式について研究した事もあり、この設定に一体どこのエンタメ要素があるのか疑問だった。最近では、カトリック教会の幼児虐待スキャンダルが生贄儀式のようとも言われていた。きな臭いカルトの影のは、必ず生贄がセットである印象だった。オウム真理教のサリン事件なども一種の生贄儀式なのかもしれない。
そんな事を編集者に言っても通じず、とにかく人気設定でテンプレだからの一点張りだった。結局こうして、気分が乗らずまま新作を書き上げ、ゲラチェックをしていた。
編集者の言う事も理解はできる。本屋に行くと、見事に和風ファンタジーのシンデレラストーリーだらけ。あるレーベルでは毎月のように「生贄」とタイトルの入った作品を販売している。納得はいかないが、売れたものを後追いするだけでもそこそこ売れるのだろうし、企画も通りやすい。そういう商売スタイルだと諦め、受容するしかない。今は本も売れず、コミカライズのコラボで売っているような所がある。特にライトノベルはその傾向が強く、仕方ないのだ。他の作家も似たような境遇で、よっぽどの売れっ子以外は好きな物は書けない。かつてのベストセラー作家も初版は一万部未満も多いと聞く。美波は自分に強く言い聞かせ、納得する他無いと思う。
おそらく自分の新作も、パッケージは似たようなテンプレとして売り出されるだろう。確かに中身は作家によって色々と個性はあるが、パッケージは見事にテンプレ、金太郎飴だった。ロゴのデザイン、あらすじや帯の煽りだけ見れば、ライトノベルを読まない人は、全部同じ作者に見えるかもしれない。
自分のこんな新作が本屋で並べられている光景を想像しても、全く嬉しくはない。パッケージは、他の作品とよく似ていて、あまり価値もある気がしない。代わりはいくらでもいるだろうし、実際そうだった。
今はチャットGPTも小説が書けるらしい。自分のテンプレ作品は、AIでも作れそうな気がして自信もなくなる。編集者は「人気作品と似たようなもの」を望まれる。
「はぁー。向いてないのか、わからない」
ゲラチェックをしながら、美波の悩みがより深くなっていく。
そう言えば、ファミレスでは配膳ロボット、スーパーではセルフレジが当たり前になっていた。徐々に人が要らない世界になっていくような悪寒もしていた。今はみんなマスクをしているので、人間もより無個性に見えていた。
自分の仕事も十年後残っているのかわからない。ライターはほとんど無くなるのではないかとも言われていた。学歴社会も崩壊するとも言われ、娘の教育も最近はユルくなっていた。勉強よりはバイトの方を応援したい気分もある。
自分はもう五十過ぎだが、明るい未来も全く描けない。自分が必要とされているのかもよくわからなかった。誰かに褒められたり、認められたい気持ちもあり、認証欲求を拗らせそうだった。同業者では、ネットのレビューに一喜一憂し、病んだ人も知っている。そういう内面的な問題でもライトノベル作家の生存率も低いらしく、十年二十年と書き続けている人は、鉄のメンタルらしい。美波は、そう思うととても憂鬱になてきた。




