第6話 乗り込め、お茶会
ローグ伯爵令嬢キャサリンは、自分の派閥の貴族子弟を招いて、頻繁にお茶会を開いている。
そのことは私もよく知っていた。
キャサリンは、炎のような真っ赤な髪の毛をくるくるカールさせているのが印象的な女性だった。
目は大きいけれど、どこか猫を連想させるようにつり上がっている。
気が強くて、王立アカデミーでは私に突っかかってくることも多い。
家柄では、彼女より上なのが私だけだからかも知れない。
同年代に公爵家の子女はいないもの。
なので、私は彼女のお茶会に呼ばれたことはないのだけれど……。
「呼ばれていないところに突然乗り込むのね」
「ええ、その通りです。決定的な自白を引き出すためには、相手の意表をついて心を乱すのがいいのですわ」
「お嬢。シャーロット嬢はな、冒険者の相談役をやってるんだ。だから考えが現場向きなんだな」
「そのようなことをしてるの!? どうして?」
「趣味ですわね」
変な人だ……!
だけど、面白い女性だ。
そして今回は、シャーロットの謎の情報網から、ローグ伯爵家でお茶会開かるる! との連絡を受けて動き出したというわけだ。
「情報屋は飼っておくものですわ」
「深くは聞かないことにしておくわ」
あえて知らないでおく、ということも世の中では大事。
これも辺境で生き残るためのコツ。
物心ついた頃から、襲撃してくる蛮族やモンスターとの戦いを見てきた私。
文字の読み書きを覚え、古代の叙事詩を諳んじるようになった頃には、軍略を学び、戦場に兵士たちとともに立ってきた。
そんな私が、王都の華やかさを知らないままでいることを不憫に思い、父が留学させてくれたのだ。
王立アカデミーは、貴族の子女が通って教養を学ぶ場所。
そして、将来に繋がる人間関係を育むところだ。
ここで私は、辺境伯という存在が思ったよりも軽んじられていることを知った。
皆、蛮族にもモンスターにも襲われない平和を当たり前のものだと思っている。
これは正直、腹立たしい。
「よし、じゃあ早速乗り込むことにしましょう。シャーロットがきちんと、事件の証拠を掴んでくれると信じてる。だから、私はあえてナイツにこう指示を出すの」
シャーロットが微笑み、「お任せくださいな」と告げる。
私は頷いた。
そして御者台に向けて、叫ぶ。
「突っ込めー!」
「了解、お嬢!!」
どんな指示であっても、ナイツは私に忠実。
なので指示通り、馬車はローグ伯爵家の庭をめがけて突っ込んでいく。
我が家の車を引く馬は、元は戦場で活躍していた馬。
引退する年齢まで生き残った猛者ばかり。
目の前に壁があろうが、躊躇しない。
突撃で石造りの塀を蹴破り、纏った鎧が道を開く。
飛び散り煙のようになる、粉砕された石塀の粉末。
その中を、私は馬車から降り立った。
シャーロットやナイツのエスコートを待たない。
目の前では、今まさにお茶会の真っ最中だったキャサリンと、取り巻きの貴族子女が呆然としてこちらを見ている。
「ごきげんよう、ローク伯爵令嬢。それから、皆様。お呼びにあずかってはいないのだけれど……聞きたいことがあったので、こうして顔を出しました」
「あ、あ、あ、あなた、ジャ、ジャネット……」
キャサリンがそう言うのを聞き流しながら、ざっと茶会のメンバーを見回す。
いた。
カゲリナとグチエル。
二人とも顔面蒼白になって硬直している。
ちょっと可哀想になるくらい。
戦慣れしていないから、仕方ない。
「おや! こちらにコイニキール殿下がおられると思ったのですが、いらっしゃらないようですわね」
私に続いて降り立ったシャーロットが、わざとらしい声をあげる。
彼女を見て、キャサリンが何もかも理解した、という顔になった。
「シャーロット!! 冒険者を侍らせて、下町に君臨する悪徳の女! ジャネット、こいつと組んだのね!」
散々な言われようだ。
だけど、シャーロットがどういう人なのか、周囲の話でだんだん分かってきた。
貴族の令嬢としては、とにかく破天荒な人なのだ。
だが、とても頼りになる。
私一人では、訳がわからないままだっただろう今回の婚約破棄に、解決の糸口を次々に見出してくれる。
私は迷っている暇もない。
「シャーロット、どう? 何か分かる?」
「コイニキール殿下がついさっきまでこちらにいらっしゃったことは分かりますわね」
この言葉に、キャサリンや取り巻きたちがギクリとした。
「な、何を証拠にそんな戯言を!」
「キャサリン様。あなたの隣に置かれた椅子が空いておりますわね?」
確かに。
集まるのが貴族の子弟なのだから、人数分の椅子が用意されているのは当然。
しかし、一つだけ椅子は空いていた。
そして主催者であるキャサリンの隣が空いているということは、彼女が隣に座ることを許したか、もしくは彼女が最も重要だと考える賓客だということではないか。
「そ、それだけではコイニキール様がいらっしゃったなんて言えないでしょう!」
「椅子のしつらえ、作り。そのどれもがキャサリン様の椅子よりも上等のものですわね? そして椅子の前。テーブルの上に、そこだけ茶器が片付けられた後の空間が残っていますわ。殿下がお茶を飲んでいた場所を、別の茶器で埋めるなんて、恐れ多くてできませんものね」
「う……」
「うう……!」
状況証拠ばかりだと思うのだけど、シャーロットの言葉を否定できる材料もない。
何より、キャサリンの隣に座れて、彼女よりもいい椅子に座る人なんて、コイニキール以外に思い当たらないもの。
公爵家には、私たちと同年代の子女がいない。
だから、茶会には来ない。
王家では、コイニキール以外に二人の王子がいるが……。
第二王子は別の派閥を持っているし、第三王子は私の世代よりも下なのだ。
「一昨日、婚約破棄を一方的に宣言した殿下が、今日すでに、別の女性のもとに出入りしている……これは由々しき問題ではございませんこと……?」
「ううううう……!!」
キャサリンが蒼白になって、ぶるぶる震えた。
「どうなの、キャサリン? 貴女なら分かるわよね? 第一王子と辺境伯の娘との婚約は、個人と個人のものではないの。国の一大事なの。だから、私は直々にこうして動き回ってる。このままじゃ、国が危ないのだもの」
辺境伯の娘という立場だから、私のこの言葉には、強い説得力がある。
平和ボケしている彼女たちには伝わらないかも知れないが。
壁を破られた物音を聞きつけて、伯爵の騎士が駆けつけてきた。
だが、彼らは馬車の横に悠然と立っているナイツを見て硬直した。
「へ……辺境最強の騎士ナイツ……!!」
彼はこうして立ってるだけで仕事を果たしてくれる。
力づくですら私たちを排除できないと思い、キャサリンは目を泳がせた。
考えてる、考えてる。
だけど、ここで相手に落ち着く暇を与えないのがシャーロットらしい。
彼女が口を開く。
「では、ローグ伯爵の口から直接、婚約破棄についてお聞きしたいのですけれども」
「!!」
声にならない悲鳴を漏らして、キャサリンが白目を剥いた。
そのまま椅子ごとひっくり返ってしまう。
気絶しちゃった……!