表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/229

第4話 宮廷の噂

 馬車に揺られながら、下町から王宮へ。

 町の色が、くすんだ灰色から、鮮やかな赤や黄色に変わっていく。


 富裕層が住む地域は、町の色合いが国の方針で定められているからだ。

 この辺りは、赤の地区で商業区域。

 私たち貴族も、ちょこちょこ買い物にやってくるところだ。


「知っていまして? ここには千年前のエルフェンバインの城がございましたの。ですがその時、エルフェンバインを魔王とその軍勢が襲いましたわ」


「ああ、知っているわ! この国は一度、魔王によって滅ぼされかけたのよね」


「ええ。それまで、世界には魔物というものは存在しなかったそうですわね。ですが、魔王はエルフェンバインを攻めるために魔物を呼び出し、それ以来、世界には魔物が満ちましたの。どうしてだと思います?」


「……さあ……? 魔王は、人を滅ぼしたがっていた、とか?」


「実は記録には、魔王と人が手を取り合って、天から来た災厄と戦ったというものがありますの」


「ええ……!?」


「エルフェンバインは、魔王にとって大切なものを奪おうとしたのでしょうね。魔王はそれを取り返すために来た。その結果として世界は変容したのでしょう。この町の赤は、流された血の色なのですわ。だから、その歴史を忘れないために、町を赤くするという触れが出された……のですけれど」


 シャーロットが肩をすくめた。


「ああ。すっかり忘れられてるよね。私も全然知らなかった」


「そういうものですわ」


「シャーロットはよくご存知だったわね」


「過去の記録を大切に保存しているところは、この国のいいところですから。今度一緒に参りましょう? 王宮図書館」


「シャーロットがエスコートしてくださるの?」


「もちろん。おまかせくださいませ、ジャネット様」


 彼女は私の手を取り、目を合わせてきた。

 うっ、凄く目力が強い!

 夢見がちな乙女なら、この目ですぐに落とせそう。


 ラムズ侯爵令嬢シャーロット、とっても強烈な人だ。

 私がすっかり、彼女の目線で金縛りみたいな状態になっている間に、馬車は目的地に到着していた。


 はー、やばいやばい。

 顔が熱い。

 きっと今の私は、顔が真っ赤になっていることだろう。

 ただでさえ色白で、陽に当たっても赤くなるだけですぐ戻るのだ。

 目立つんだよなあ。


「止まれ! 何者……」


「ワトサップ辺境伯令嬢、ジャネット様の馬車だ!」


 外で門番の兵士とナイツがやり取りしているのが分かる。


「お前ら、辺境伯の馬車を止めるのか?」


「ヒェッ、そ、それは……」


 ああ、いけない。

 ナイツが兵士をいじめてる。

 彼は元冒険者なので、権力者側の人間が基本的に嫌いなのだ。


「ナイツ、そこまでにして。私です。通してくれますね?」


「は、はい!」


 兵士たちは私の顔を見ると、かくかくと頷いた。

 あれ?

 どうして兵士の人たちの顔が赤くなっているのだろう。


「ジャネット様は、殿方の女性観を狂わせますわねえ。魔性の女ですわ」


「はい?」


 あなたがそれを言う?


「それにしても、兵士の方々も可哀想に。辺境最強の冒険者、虹の剣のナイツに睨まれたら、竦まない殿方などおりませんわ」


「それは確かに言えるわねえ……」


 ナイツは、元々、ワトサップ辺境伯領を拠点にして活動していた冒険者だ。

 辺境最強と言う呼び名の通り、数々の伝説めいた成果を上げていて、辺境伯領が彼の活躍で救われたことも一度や二度ではない。

 そんな彼を召し抱えられたことは、この上ない幸運であると思っている。


 虹の剣という呼び名は、彼が常に持っている魔剣に、虹色の欠片が埋め込まれているところから来ている。


「いやあ、生意気な連中でいけませんね。しかもあいつら、お嬢の顔をじろじろと見やがって。お嬢は辺境の至宝なんですからね。金を払え、金を」


 あまりといえばあまりな言い草に、私はすっかり呆れてしまった。

 シャーロットは、声を殺して、だけどお腹を抱えて笑っている。


 そんな破天荒な護衛の騎士だけれど、エスコートはきちんとするのだ。

 私が馬車から降りる時、彼が手を貸してくれた。


 降り立ったのは、昨日の事件があった王宮の舞踏館。


 私の後から、ナイツのエスコートを笑いながら受けて降りたシャーロット。


「いや、あのナイツ殿がわたくしをエスコートしてくださるなんて。世の中は何があるか分かりませんわね。さあ、参りましょうジャネット様」


「ええ。まさか、昨日の今日でまたここに来ることになるなんて、思ってもいなかった」


 いきなりの婚約破棄で、本当ならば傷心であろうはずの私。

 まあ、彼のことはそこまで……だから別にいいのだけれど。

 イニアナガ陛下のお腹の具合とか、お父様がこれから起こすであろう癇癪についてい考えると、少し憂鬱になるのだった。


 それでも、隣にいるシャーロットが、私を物思いに耽る暇もないほどに次々と驚きをもたらしてくれる。

 これはこれでありがたい。


「まあ、ジャネット様よ」


「昨日あんな目に遭ったのに、よく顔を出せたものですわね」


 舞踏館の中には、貴族の令嬢がたがいて、私を見てひそひそ話をする。

 ああいう、じめっとした陰口は好きではない。

 あんなことを辺境でやっていたら、仲違いしている間に蛮族に殺されてしまうからだ。


 あなた方の平和を、誰が守っていると思っているのか。

 私はちょっと憤慨する。


「あんな目とは……何のことですかしら?」


 そこに声を掛けたシャーロット。

 スラリと伸びた背筋。

 長い足が、舞踏館の床を音高く踏みしめる。


 うーん!

 シャーロット、背が高い。

 私の陰口を言っていた彼女たちよりも、頭ひとつ高いんじゃないかな。


「は……はわわわわ」


「そそそ、そんな……」


「宮廷の……いえ、世の中のルールをご存知ではなくて? いえ、むしろあなたがた……あちら側ですわね? 何を確認しにいらっしゃったのかしら、テシターノ男爵令嬢カゲリナ様、シタッパーノ子爵令嬢グチエル様」


「は、はわわーっ!!」


 陰口な令嬢たちの家柄、名前まで把握済み!

 二人とも、顔面蒼白。


 いいぞ、もっとやれ。

 私は内心で、ぐっと拳を握りしめるのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
ネーミングセンスが天才すぎるwww 「コイニキール王子」「イニアナガー陛下」あたりで既に限界だった腹筋が、「テシターノ男爵」と「シタッパーノ子爵」で爆発しましたwwwヒィwww
[一言] 魔王の大切なもの… あ、合法ロリか。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ