第31話 シャーロットの兄!
用は特にないのだがシャーロットの家にお茶に行く。
いつものことだ。
彼女が淹れる紅茶は香り高く、お砂糖も良いものを使っているみたいでついつい多めに入れたくなる。
用意するお菓子のセンスもバッチリ。
私が思い描く、王都っぽいものがそこには全てあった。
彼女と向かい合いながら、他愛もないお喋りをして時間を過ごす。
私にとって何よりもぜいたくな時間だ。
「そう言えば」
話の流れで、私は口を開いた。
ずっと疑問に思っていたことがあったのだ。
「シャーロットはラムズ侯爵家の令嬢なんでしょ? どうして一人でここに暮らしているの? 侯爵家は何も言わないわけ?」
「いい質問ですわね。皆様、わたくしと話していると会話の内容に気を取られて、わたくしのプライベートを気にする余裕がなくなりますのよ」
「でしょうねー」
そりゃあ、でしょうねしか言えない。
彼女と話をしていると、シャーロットのペースに巻き込まれてしまうのだ。
「それでどうなの?」
だから、彼女に問いかけるには端的な言葉を使うに限る。
「それはですわね、ラムズの家督はお兄様が継ぎ、侯爵として執務をなさっていますわ。あの方もわたくしと同じくらい頭が切れる方なのですけれど、生まれた家と、生まれた順番と、生まれた性別で侯爵家を継ぐ以外の選択肢がなかったのです」
「ははあ、シャーロットと同じくらい頭のいい侯爵……。結構とんでもない人じゃない?」
「お兄様は比較的常識人ですので」
それって自分が非常識だって言ってるようなものでは?
「お兄様にご興味がおありですの? 今年はちょうど、王都に参じているところですわよ。会いに行きましょう」
「そうしよう」
そういうことになった。
ちょうど、このところ特別な出来事もなく、平和だったのだ。
退屈していたと言ったら聞こえが良くないが、実際私は平和にちょっと飽きていたのかも知れない。
まだまだ辺境が抜けていない。
さて、珍しくシャーロットが出す馬車に乗ることになった。
待っていたナイツには、先に帰ってもらう。
馬車は御者がいないのに走り出す。
不思議だ。
というか馬すらいない。
「どういうこと……?」
「家を守る魔法生物がいると言いましたでしょう? インビジブルストーカーという種類で、その形は変幻自在。鏡に反射した光だけがその姿を映し出す存在ですわ。とてもよく言うことを聞きますのよ」
つまり、そのインビジブルストーカーが馬車を牽いているということか。
「変な馬車が来ると思ったら! やあシャーロットさん!」
小汚い格好をした少年少女たちがいて、シャーロットに手を振っている。
「あら皆さん、その後の調査はいかがです?」
「情報あるよ! 後でポストに入れておくね」
「素晴らしいですわ。はい、これはお駄賃」
また、シャーロットが子どもたちとやり取りしている。
「下町遊撃隊?」
「ええ、そうですわ。こうして下町の情報を隅々まで集めていますの。彼ら、とても有能でしてよ? 子どもを警戒する者は少ないですわ。狭い所に入り込み、大人たちの話を立ち聞きして、表には出てこないような情報をすぐに集めて来ますわね」
どうやら彼らこそが、シャーロットの情報源らしい。
なるほど、意外な人間関係だ。
ちょっと汚れた格好をしているのも、その方がむしろ怪しまれず、下町に溶け込むからかも知れない。
「それで、情報って?」
「わたくしの商売道具なのですから、おいそれとお話するわけにはいかないのですが……他ならぬジャネット様ですからね」
シャーロットは、いつの間にか子どもたちから受け取ったらしき紙切れを広げた。
「町外れの屋敷に、ちょっと変わった食物が運び込まれているようですわね。どれもこれも、野草に近いお野菜ですわ」
「へえ……それがどうかしたの? 全然おかしい感じがしないんだけど」
「そのお野菜、とっても高いのですわよ。味は良くないのに、王都では希少だから。そんなものを好んで食べる人が屋敷に住んでいるのかしら? それも最近になって食べだすなんて」
「妙なことが気になる人だなあ」
私はしみじみと、シャーロットが変な人だなと思うのだった。
そうこうしている間に、馬車は大きなお屋敷前に到着する。
貴族街ではなく、赤の通りから少し外れた所にある屋敷だ。
ユーマリオスクラブ、と壁には描かれている。
ユーマリオスとは、かつて世界を脅かし、そして世界を守った魔王の名だ。
その名前を使うなんて。
「貴族の子女は舞踏会に参加したり、あちこちでお茶会をして交流を深めていますわ。では、殿方は? 執務が無い時の彼らはどこにいるのかしら? その答えがここですわよ」
「ユーマリオスクラブ……。なに、ここ?」
「言うなれば、殿方の社交場。ただし、政治の話題は一切厳禁ですわ。三回政治の話をしたら、クラブを追い出されますの」
「詳しいなあ……」
クラブは女人禁制……ということもないらしく、普通に中に入れてくれた。
ただし、女性はお喋りな者が多く、口数が多ければ自然と、その話の中に政治に関するものが上ることがあるらしい。
なので、かつて参加していた女性たちは全員追い出されたのだとか。
シャーロットは堂々と屋敷の門をくぐっていく。
屋内はなんと、とても広大なロビーだった。
あちこちに円形のテーブルと椅子が設けられ、壁の一面は全てが本棚。あるいは古今東西の酒が並べられた棚になっている。
「おや! ジャネットではないか!」
「げっ」
思わず変な声が出てしまった。
ここで会うとは思わなかった人物がいたからだ。
第二王子オーシレイ。
彼は窓際で、王宮が発行する貴族新聞を読んでいた。
貴族新聞とは、そのものずばり、国の政治や貴族、国外の情勢について書かれているペーパーだ。
政治の話はだめだけれど、政治の読み物はいいわけね……。
「お前がここに来るとは珍しい。どうだ。俺の妻になる気になったか? 俺はお前の才能を遊ばせてはおかんぞ。王妃でありながら国の重要な役職たる軍務卿につける。軍務を取り仕切らせるつもりだ……」
ここで、向こうからヒゲの紳士が走ってきた。
「殿下、政治の話です。ペナルティ1です」
「しまった!!」
オーシレイが頭を抱える。
私はにんまりした。
「殿下、ここでは私に結婚の話をしないほうがいいみたいですね」
「そ……そのようだ」
オーシレイがとても悔しそう。
だが、新聞を畳んでポケットにしまい、私たちと同行する気になったようだ。
なんでだ。
「ああ、いましたわよ。向こうで詩集を読みながら、自作の詩を書いているのが兄ですわ!」
「なんだ、ラムズ侯爵ではないか。彼に用事があったのか?」
当然というかなんと言うか、オーシレイとラムズ侯爵は知り合いらしい。
そこにいたのは、シャーロットと同じブルネットの髪を短く刈り揃えた、すらりと背の高い鋭い目の男性だった。
なるほど、猛禽のような印象がある。これもシャーロットと同じだ。
「お兄様」
「シャーロットか。どうした」
「お友達を紹介に来ましたのよ」
「ふむ」
立ち上がったラムズ侯爵。
長身のシャーロットやオーシレイよりも、さらに背が高い。
彼は軽く会釈をすると、
「ラムズ侯爵マクロストです。以後お見知りおきを、ワトサップ辺境伯名代ジャネット様」
私のことを、すぐに言い当てたのである。




