第181話 美女とバンダースナッチ
「ひとまず、小さな範囲の事件ですし、地道に調べて参りましょう」
シャーロットが提案し、私とターナと彼女の母親も同意した。
実際これは、何ら実害を受けてない話なのだ。
事件と呼ぶかすら怪しい。
ということで……扉を開けて食事を受け取るときだけ、部屋の住人は外に出てくると言うから。
「鏡を設置してみましたわ」
シャーロットが指差したのは、絶妙な角度で二階の扉前を映す鏡。
そしてそこから反射して、一階の私たちが見られるようになっている。
「食事は、男の人ですしたっぷり出しているんです。お金ももらっているので」
「なるほど。一人前にしてはかなり多いと思ったら」
お盆の上にたっぷりと盛られた、パンや肉や野菜のスープなどなど。
毎日朝昼晩と出して、残らず平らげられているそうだ。
「食べっぷりがいいのは嬉しいですけどねえ」
姿が見えないのが不安なのだと、家主のターナの母が言う。
そう、これは彼女の安心感を得るための作業。
考えてみたら、シャーロットが最初にやる気を見せなかったのもうなずけるな。
シャーロットは私の頼みだから聞いてくれたのかも。
そんな事を考えながら、二階を映し出す鏡を見守っていたら……。
扉が開いた。
中から、そーっと細い影が姿を表す。
「あれ!? 女の人!?」
ターナが驚いた。
二階に住んでいたのは、黒髪で線の細い、美しい女性だったのだ。
そして、その次に現れたものを見て、みんな目を丸くした。
最初は、現れた女性の姿がところどころボヤケているのかと思った。
そういう視認しづらくする魔法でも使っているのだろうか? と。
だけど、そうじゃない。
慣れてくると分かるのは、これは彼女の周囲を、高速で飛び回っている者がいるのだ。
大きさは子犬くらい。
だけど複数で、びゅんびゅんと動き回っている。
「バンダースナッチですわね」
シャーロットがその正体を言い当てた。
「バンダースナッチ?」
「小さな竜のような見た目なのですわ。世界の外からやってきた生き物の一つと言われていますわね。一匹ですけれども、気分が高まると複数の姿に別れて激しく動き回ると言われていますわねえ」
「変なものがいるのね……!」
二階の女性は、キョロキョロした後、そーっと料理を部屋の中に引き込んだ。
扉が閉まる。
「いつも料理を全部食べてしまうはずだわ……。彼女とペットが一緒に暮らしてたのね」
ターナの母が納得した。
バンダースナッチがどうとかは、全然気にしていないようだ。
強い。
「お金も多くもらっているし、足音がするくらいで騒がないしね。あとは部屋を汚さないでいてくれたら何も言わないわ」
どうやらこの話はここで解決したようだ。
だが、母親はよくてもターナの気持ちが片付かない。
「なんで男の人が借りたはずなのに、女の人がモンスターと一緒に住んでるんですか!? これって謎です、謎ですよね!」
眼鏡をクイクイやりながら言ってくる。
凄い迫力!
「シャーロット、彼女がこう言ってるんだけど」
「ええ。この状況、事件の香りがしないと言えば嘘になりますわね。他人の状況を詮索するというのは、趣味が悪いのですけれど」
とか言いながらも、シャーロットはやる気だ。
バンダースナッチを連れた女性が、男性の借りた部屋にずっと住んでいる。
この謎を解き明かしたい気持ちになっているのだろう。
ちなみに。
部屋には下から井戸水を汲み上げられる装置や、トイレがちゃんと設置してあるんだそうだ。
女性の一人暮らしでも安心ね。
昼間は二階の住人に動きが無いということなので、私たちは夜を待つことになった。
夕食を食べ終わったのであろう頃合い。
二階には明かりがついているが、窓の構造から下から屋内を伺うことはできない。
「ジャネット様、あまり遅くなると家の方が心配しません?」
「多分ズドンが近くで護衛についていると思うわ。彼って水を探知できるので、人の中にある水の種類で相手を見分けられるらしいのよ」
「便利ですわねえ」
そんな話をしながら、近くの屋台で串焼き肉とパンを買い、ターナが持ってきたスープを飲んでいたら……二階の明かりが消えた。
「消えた。寝るのかな?」
「まだ早い時間ですわね。むむっ」
シャーロットが唸った。
「むむむっ」
私とターナも唸った。
暗くなった二階から、ピカピカと光が点滅したからだ。
私には、魔法的な光に見える。
「バンダースナッチが光を放っていますわね。そしてこれは……意味のない点滅ではありませんわ。光が規則的な……」
「手旗信号みたいな感じ?」
「そう、それですわ!」
「バンダースナッチが信号を送ってるってことなんです!? じゃあ、あの人は外にいる誰かと連絡を取りあっている……!?」
ターナがゴクリとつばを飲んだ。
そういうことになるだろう。
二階の住人は、何らかの意図を持って住み着いていたのだ。
バンダースナッチまで連れているし、ただの人ではない事は確かだろう。
少なくとも、外に姿を現せない理由がある。
私たちは、信号が送られているであろう対面を振り返った。
そちらには、平屋の家屋がある。
屋根の上に向けて光を送っている……?
「上に誰かいますわね!」
シャーロットが指差した。
どうやらこの声が聞こえたらしい。
何者かが、屋根の上で立ち上がった。
バタバタと駆けていく音がする。
「追いかけますわよ!」
追跡開始だ。
今日の帰りは、ちょっと遅くなりそうなのだった。




