第175話 欲を張ったが運の尽き
闇市に乗り込んでいく私たち。
そこは、下町の奥深くにある昼なお暗い通りのこと。
一日でゼニシュタイン商会にも匹敵するというお金が動く、エルフェンバインの闇の市場だ。
だが実はここも、運営者に国が参加している。
国内で動く大きなお金が、国に分からないわけがないのだ。
ということで、闇っぽい感じにはなっているけれど……実際は中小の事業者が集まった市場なのだ。
表の市場はゼニシュタイン商会が占めているからね。
「どうして! どうして買い取れないの!」
叫ぶ声が聞こえる。
「いや、だってこれ、やばいものじゃない。うちじゃ買えないよ。預かって国に提出することはできるけどさ。それだって手間を考えたらすごいサービスだぜ」
言い争っているなあ。
私たちはすぐに、そこに到着した。
妙齢のご婦人と、古物商らしき男性がお話をしているではないか。
「もしもし、どうしたんですの?」
シャーロットがごく自然な様子で会話に割り込んだ。
「何よあなた」
「わたくし、通りがかりの古物に詳しい者なのですけれど」
古物商はシャーロットの顔を知っていたので、あっと言ってから黙った。
「これは……文書ですわね? なるほど、これだけでは大した価値がないようですけれども」
「そ、そうよ。だけど凄いものなの。これの価値が分からないなんて、この商人はだめだわ!」
「ふむふむ。ですが、それは彼が古物商だからで、この文書は紙質も普通ですし、書いた方も過去の著名な人物ではないようですし……。買取条件に当てはまりませんわね」
「あ、そういうこと……! あのピンクブロンドの女に売るのは怪しいからここまで逃げてきたんだけど、やっぱりあいつに売るのが良かったのかしら……」
シャーロットの目がきらーんと光る。
「もしかして、アルマース帝国使者さんの奥様?」
シャーロットが尋ねた後の、奥方の表情は見ものだった。
目をまんまるに見開き、顔色が真っ白になり、次の瞬間、猛烈な勢いで走り出した。
速い速い。
だがジャクリーンほどじゃない。
私は彼女の前に立ちふさがると、低く構えて踏ん張った。
「どけーっ!」
「よいしょぉーっ!!」
突っ込んできた彼女を、真正面から受け止める。
胸から腹を肩でキャッチして、勢いを上に流しながら起き上がる!
「ウグワーッ!?」
奥方は自分の勢いにふっとばされて、私の後方に落下した。
白目を剥き、泡を吹いている。
「ジャネット様、ご苦労さまですわ! それにしても、ジャネット様も案外動けますのね!」
「一般人相手ならね。ジャクリーンみたいなのは無理よ」
「またまた」
「謙遜はしてないから」
このやり取りを呆然と眺めていたベルギウス。
ハッと我に返ると、奥方が手にしていた文書を取り戻したのである。
「よし……よし! 確保ー!! これで私文書は救われた!」
その時、奥からバタバタと足音が聞こえてきて、見慣れたストロベリーブロンドの女に率いられた荒くれ者たちが闇市に乗り込んでくる。
だが、私文書を奪いに来たか。
逃げた奥方の行方を突き止め、追いついてきたのだろう。
こちらも条件は同じだ。
反対側から、走ってくる足音がある。
「お嬢、荒事ですかい!? 俺に任せてくれ! 憲兵が追いついてくる前に片付けちまいますよ!」
ナイツだ。
ドタバタのにおいを嗅ぎつけたのか、闇市の人々は商品が並んだテーブルや絨毯を引きずって通路の端に避難する。
これをぼーっと見ていたストリートチルドレンが、弄んでいたコインを地面に落とした。
「あ」
チャリーンっと音が響く。
それが合図だった。
大乱闘が始まる!
終わった。
ナイツが十人ばかり、剣の鞘で叩き伏せた辺りで憲兵隊が突入してきたのだ。
連れられていく荒くれ者たち。
ついでに、意識を取り戻した奥方も連行されていく。
犯人だからね。
仕方ないね。
当然の如く、ジャクリーンは姿を消していた。
逃げ足の速さだけは私が知る中で最強だな、あの女。
後にデストレードから聞いた話。
連れられていった憲兵所で、奥方が事件の真相を話したそうだ。
「あの人、帝国にも奥さんがいたのよ! そりゃあ、金持ちの男が一夫多妻をやる国柄だって知っているけれど、それにしたって裏切りだわ! 別れてって言ったら、どっちも大事だからって答えたの。むかついて後ろから殴ったら死んじゃって……そんな気はなかったのよ! ああ、私文書? あれはあの人が、あの女から高い金になるからって商談を持ち掛けられてたの。でも怪しいでしょ、あの女。だから私はちゃんとしたところで換金しようとして……。え、盗みじゃなくて、ほら、手切れ金よ。私にはもらう権利があるから……」
凄い人だ。
そして殺人と窃盗、さらには国家間の信用問題となるであろう私文書を売却しようとした罪で裁かれることになった。
そこから先は、法に委ねることにしよう。
しばらくしてから、ベルギウスに招かれた私。
彼の家には、見慣れぬお髭の男性がいた。
「あなたがあの手紙を取り戻してくれた方ですか! いやあ、助かりました! 私、大恥をかくところでした!! アルマースでは、名誉は何よりも重いですからね!」
髭の男性は満面の笑みで、私に握手を求めてきた。
「もしかして、ヤキメーシさん?」
「はい! ジャネット・ワトサップ辺境伯名代ですよね? 噂に違わぬ美しい方だ! あなたが王太子殿下の婚約者でなければ、私が求婚して第三夫人にお誘いするところだった」
「多いなあ!」
「ジャネットのお陰で、ヤキメーシ氏の面子も保たれたよ。そして我が国に、より品質の良いラクダを提供してくれると約束して下さった! 今日は彼が自ら訪れて、君に礼を言いたいと言う話でね」
「なるほど、そういうことね」
こうして私は新たなコネクションを手に入れたわけだが。
私とオーシレイって、もう婚約してたっけ……?
どこ情報だろう……!?
今度、陛下に直接聞いてみよう。
 




