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推理令嬢シャーロットの事件簿~謎解きは婚約破棄のあとで~  作者: あけちともあき
ヒーローの研究事件

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第14話 ホーリエル公爵家

 朝。

 ホーリエル公爵家へ使いの兵を出し、これから訪れる旨を伝えた。


 出発の準備をしていたら、シャーロットのお出ましだ。


「おはようございます、ジャネット様」


「おはよう、シャーロット。……なんだか隣に、招かれざる客がいるようだけど」


 シャーロットの横には、顔色の悪い女がお硬い雰囲気の男装で立っていた。


「デストレード憲兵隊長よね」


「いかにもそうです。この件について、我々憲兵も見過ごしてはおれませんから」


 デストレード、職務に対してすごく真面目なのはよく分かる。

 ただ、人を人とも思わない風なのがなあ。

 いや、そうじゃないのか? 一応ちゃんとした服を着て、憲兵だってことを分からないようにしている様子だ。


「……もしかして、私についてくるつもりだから、気を使って服装を合わせた?」


「一張羅です」


 仏頂面でそんな事を言うのだが、それ男物じゃないか。

 まあいいか。

 デストレード、気を使ってはいてくれているのだな。


 私は二人を馬車に乗せて、公爵の屋敷へ向かう。


 王都に滞在する貴族は、基本的には各地方に領地を持っている。

 領地では王のごとく振る舞う彼らも、王都では国王に従う貴族である。

 

 彼らは一年ごとに、王都と領地を行き来する。

 これは王国がそう定めた法のためだ。

 互いに貴族の顔を把握し、領土と王都を移動することで、彼らの財力を消耗させる意味合いがある……のだが。


 なんだかんだ言って、王都は物が溢れ、便利で文化的だ。

 一年ごとの観光気分でこちらにやって来ている貴族も多い。


 ちなみに。

 辺境伯はこの王都通いの義務を免除されている。

 それだけで、全ての貴族の中でも特別扱いされているのが分かろうというものだ。


 これ、逆に言うと他の貴族が私財を溜め込んで、ろくでもないことをやらかすんだと国に思われているということなのではないか。

 間違ってはいない。


 さて、そういうわけで目の前にあるのは、公爵が滞在している屋敷だ。

 今年は公爵がいる年。

 だから、この間、爵位を剥奪されたローグ伯爵もいたわけだ。


「何者……はっ! そ、その紋章は」


 馬車に掲げられたワトサップ家の紋章。

 縦長の盾の左右に、槍の穂先、斧頭、剣の切っ先、矢尻、ハンマーが突き出した攻撃的な紋章だ。

 ここに、ドラゴンもグリフォンも獅子も、さらには人すら描かれていない。


 人が武器と盾を持って、困難に抗い打ち砕く。

 それを意味する紋章だった。


「ワ……ワトサップ家ご令嬢、ジャネット様!」


「はい」


 屋敷の門を守る兵士が、ガチガチに緊張して敬礼してくる。

 私は彼に頷くと、門を開けさせた。


「……貴族のご令嬢は、正確には爵位持ちではない扱いのはずだが……。シャーロット嬢、なぜ彼らはジャネット嬢に対してああも緊張しているんだ?」


「ご存知ございませんの? ワトサップ辺境伯家は、かの家の王都における全権をジャネット様に与えているのですわ。ですから彼女は、ワトサップ辺境伯家そのもの」


「なんと。見目麗しいだけの深窓のご令嬢ではなかったのか」


 失礼だな君は。

 まあ、確かに私は見た目のせいで侮られることも多い。

 コイニキール王子とか。


 御者台から降りてきたナイツが、デストレードに向かって肩をすくめた。


「あんた何も知らんのだな。お嬢は辺境に帰れば軍神の如く崇められてるんだぞ。ワトサップ辺境伯令嬢ジャネットの名を知らん軍人はいない」


「そこまでのものだったのか……!?」


 ナイツも持ち上げすぎ!

 私は妙に居心地が悪い感じで、公爵家の応接間まで通されたのだった。


 そこは赤い絨毯が敷き詰められた、白い壁の部屋である。

 広い。

 我が家の応接間の十倍くらいあるんじゃないか。


 いや、うちの屋敷がそういう設備はけちってるだけなんだけど。

 私はソファに座り、公爵の到着を待つ。

 隣には当たり前みたいな顔をしてシャーロット。


 デストレードとナイツは地位が低いので、部屋の隅で立っている。

 本来、貴族は相手が下位の場合、少々待たせてから登場するものだ。


 だが今回は、私が名代とは言え同格の貴族。

 すぐにホーリエル公爵が姿を現した。


「これはこれは、ワトサップ辺境伯代理殿」


 黒々とした髪の、壮年の男性である。

 年頃は父と同じくらいだから、多分あの髪は染めている。

 目つきは鋭いが、どこか疲れているように見えた。


「お久しぶりです。ホーリエル公爵」


 私は立ち上がり、礼をする。

 シャーロットがそれに倣った。


「……横にいるのは?」


「ラムズ侯爵令嬢シャーロットです。私の仕事の手伝いをしてもらっています」


「そうか。まあいい」


 公爵は悠然と部屋の中を歩み、ソファに深く腰掛けた。

 私たちも腰を下ろす。


「それで、用件というのは何かね」


「ドッペルゲン様にお会いしたくてやってまいりました」


 ピクリ、と公爵の眉が動いた。


「あれは体調を崩している。人には会わせられん」


「一昨日、アカデミーにいらっしゃいましたけれど」


「あれは……。ドッペルゲンが勝手に行ったのだ。あれは悪魔退治で疲れている。しばらく静養させる」


 なるほど。

 とにかく公爵は、ドッペルゲンを外に出さないつもりなのだ。

 シャーロットの指先が、ぶるぶる震え、唇が今にも開きそうだ。


 いけない!

 ここで推理を始めて公爵を論破したら大変なことになる!

 私はそっと手を伸ばして、見えないところでシャーロットの脇腹をつねった。


「ひゃっ」


「?」


 訝しげな公爵に、私は咳払いして返す。

 シャーロットが、「しゃっくりですわ」と誤魔化した。

 よしよし。

 

 彼女の推理衝動みたいなものは抑え込めたようだな。

 でも、情報をできるだけ引き出しておかなければ。


「ドッペルゲン様は、特に怪我もされずに帰って来られて何よりでしたね」


「ああ。いや、怪我が無い、というわけではないのだが……」


 何かを言いかけた公爵は、シャーロットが凝視してきているのに気付いて口をつぐんだ。


「今、ドッペルゲン様はどちらに?」


「あれの部屋だ」


「そうなのですね」


 ここで私はちらりとシャーロットを見る。

 彼女は頷いた。


「実は先日、私は賊に襲われまして。剣を持った何者かが、馬車を破壊して危うく殺されるところでした」


「それは……」


「公爵家の使用人の方も、賊の手に掛かったとか」


「むっ……。まあな」


「怖いことです。こういう時こそ、悪魔狩りの英雄ドッペルゲン様のお力があればと思います」


「ぬうっ……。わしはこの後、予定がある。今日はこれくらいで良いかな」


「ええ。お時間を割いていただきありがとうございました」


 立ち上がる公爵。

 私は彼を見送った。


 そして、小声でシャーロットに問う。


「どう?」


「真っ黒ですわね。これは叩けば叩くほど手がかりが出てきますわよ」


 とても嬉しそうに彼女は囁くのだった。

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