第131話 緊急避難所に使われる
「状況はよく分かりましたわ。それでわたくしの家が避難所になっているのですわねえ……」
「ここならインビジブルストーカーが色々お世話してくれるでしょ」
「確かにそうですけど。まあ、事件のお話を聞かせてくれるのならいいでしょう」
よし、シャーロットが譲歩した。
お人形はクビド氏の安全が確保されたことを理解して、くるくる踊っている。
感情表現豊かだなあ。
彼女の名前は、エルピーと言うらしい。
クビド氏曰く、娘だと思って育てているとか。
最初は何もわからないゴーレムだったけれど、時折、鳥のさえずりや子どもたちの声に反応していたらしい。
ある時、クビド氏が読んでいる肩の上からじーっと見ていたらしく、氏はこのゴーレムに意識が宿っていることを知ったそうだ。
「それからは、毎日が楽しくて。少しずつですが、エルピーは色々なことを吸収していきます。わしはこの年まで独り身でしたが、なんでしょう。本当の娘ができたようで嬉しくて」
そう言ってクビド氏が破顔した。
エルピーは意識を取り戻した彼の膝の上に座って、バスカーに手を振っている。
『わふ!』
バスカーも嬉しげに鼻を鳴らした。
「ではクビドさん。あなたは倒れた時、奴らが来る、と仰っていたそうですが」
「ああ、はい。しかし、その」
クビド氏が部屋の中の一角をじーっと見る。
そこには、仏頂面のオーシレイが紅茶を飲んでいた。
「なんだ。俺のことは気にしなくていいぞ」
気にしなくていいって、仮にも次期国王となる人を意識から外せる人なんているわけがない。
あの後、「俺も行くぞ」と行ってついてきたオーシレイ殿下。
シャーロットは最初、目を丸くしていたが、少し考えた後に「殿下もどうぞ。きっと良い方向にお話が進むでしょうから」と言った。
許可をもらった後、オーシレイは彼女の家に上がり込み、こうして紅茶をご馳走になっているのだ。
「殿下、許嫁でもない年頃の乙女の家に上がり込んでしまうのはどうなんですか」
「構わんだろう。お前の友人なのだ。それに俺はお前と正式に婚約関係になったわけではないが、しょっちゅう遊びに行っている」
「言われてみれば……!!」
「巷では、ジャネット様と殿下は仲睦まじい婚約者同士だと噂されていますわねー」
「ええ!? いつの間に!?」
「ほんとうか!!」
私はびっくり。
オーシレイはなんだか嬉しそう。
……まあいいか。
「実際、俺は構わん。この事件についても、希望がないなら公にするつもりはない。父はこの国を立て直した人物だからこそ、ああしてことさらに厳密な法の運用を行うが、俺にはもっと柔軟なやり方が許されている」
なんか凄いこと言ったぞ。
これってつまり、この殿下がイニアナガ陛下からも次期国王として正式に認められているってことだ。
もちろん、対外的には発表されていない。
確かに、オーシレイは適任だと思う。
一切スキャンダルは起こさない。それは彼が遺跡の研究に情熱を燃やす賢者だからだし、遊んでいるような見た目に見えて、実は恋愛経験はゼロらしい。
ゼロなのかー。
「なぜ俺を生暖かい目で見る」
「なんでも」
彼の理想に叶う女性がいなかったせいらしいけど。
まあ、今の時代、恋愛なんかしないで結婚して、そこから夫や妻じゃない人と恋愛をする貴族なんか珍しくもないし。
子どもさえ作らなければ、大目に見てもらえる世の中なのだ。
さらには、不義の子どもができたとしても、その子が家を継ぐならば許される場合が多い。
血の繋がりよりも、家が存続することが何よりも大事なのだ。
しかしまあ、そんなオーシレイが妙に私に構ってくるのはなぜなんだ。
やっぱり、兄であるコイニキールの婚約者だったからかな?
コイニキールは今も、元気に辺境で一兵士をやってるんだろうなあ。
きっと父にしごかれているだろう。
「ジャネット様、ジャネット様。おーい。戻ってきて下さいませー」
「あっ、いけないいけない」
自分の世界に籠もっていた。
シャーロットが、クビド氏から事情を聞き出したところだったのだ。
「この方は、もともとエルド教の司祭だったそうですわ。今でも信仰を持っているそうですけれど、思想の違いから本教会と袂を分かったそうですの」
「ははあ、どうりで!」
エルド教っていうのは、私たちが信じる精霊教と異なる、空の彼方にいる神様を信じる教え。
ラグナ教、ザクサーン教、エルド教ってあって、根っこの教えは一つなんだけど、解釈と信仰対象となるご本尊が違う。
昔は同じ神様だって教えてたみたいだけど、今は別の神様なのね。
エルド教は、本来ならば遺跡から発掘される魔法の道具を、自ら作り出す力を持っている。
ただし、世の中に流れてくるのはそれの下位品ばかりだけど。
「わしはエルド教から出て、ひっそりとエルドの神を信仰しながら暮らしておりました。エルピーはわしが作ったエルドの祝福の一つで、最後のものなんです。ですが、ついにエルド教の奴らに見つかってしまったのです」
クピド氏がわなわなと震える。
「わしの命はどうなってもいい。だが、エルピーを渡すのだけはいやだ! この子はこれから育っていくのです。新しい命が今、こうやって生まれようとしているのです!」
そこで彼は、ちょっと自嘲気味に笑った。
「たかが物に感情移入して、と笑われるかもしれませんが」
「笑わんぞ」
真面目な顔で、オーシレイ。
あら、ちょっと見直した。
「遺跡の発掘物の中に、心を持つものがあってもいい。俺は研究を続けながらそう結論づけることが増えた。ジャネットから報告があった、ドッペルゲンガーの件もあるしな」
あの件か。
彼は今まで、あの話に対する調査や研究を進めてくれていたらしい。
「うちのインビジブルストーカーもですわね。意思の薄い、自動的に仕事をこなすだけの使用人だったのですけれど、どこかの騎士さんが悪いことをたくさん教えこんだおかげで、今ではわたくしとチェスをしたり、負けが混むと盤をひっくり返したり、わたくしの機嫌が悪い時はとびきり甘い紅茶を淹れてくれたりするようになりましたわ」
「つまり、そういうことよ」
みんなの言葉をまとめて、私。
「ここにいる私たちは、クビドさんの思いを馬鹿にしないわ。むしろ、よーく分かってる。頼ってちょうだい」
「皆さん……!!」
クビド氏は、ダーッと目と同じ幅の涙を流すのだった。




