第12話 デストレード憲兵隊長
「……ということがあったのよシャーロット」
「それは災難でしたわねえ。というか、災厄ですわね」
確かに。
私は殺されかけたわけだし。
ドッペルゲンらしき人物の襲撃を受けてから一夜明け、私はこの事を憲兵隊に連絡した。
第一犠牲者であった、ホーリエル公国の従者は一人だったようで、他に目撃者はいなかった。
今回は犠牲者が出ておらず、私もカゲリナもグチエルも、襲撃者を見ている。
しかし……私はこれで解決するとは思えなかった。
もし犯人がドッペルゲンだったとしたら、公爵家の権力で憲兵隊の捜査などさせてもらえないだろうし、それを伝えた私に対する公爵家の当たりが問題になりそうだ。
それに街灯から屋敷の屋根へと跳んだ身体能力、どうして私たちを襲ったのか?
おかしな状況が多すぎる。
というわけで……。
私はシャーロットの屋敷で、テーブルを挟んで紅茶をいただいているところなのだ。
今回はちゃんと、お砂糖とミルクを入れている。
おいしい。
「ジャネット様はお砂糖は三杯入れる派ですのね。わたくしは四杯ですわ」
「甘くない……?」
「糖分は頭脳の活力になりますの」
シャーロットは甘党らしい。
彼女は紅茶の香りを楽しみ、カップの半ばまでをゆっくりと干したところで、一息ついた。
「ジャネット様がおっしゃるお話ですけれど……それだけではなんとも判断が付きませんわね。現場に行ってみませんと」
「意外。シャーロットのことだから、紅茶を飲みながらすらすらっと解いてしまうのだと思っていたわ」
「わたくし、魔法使いではありませんもの。確たる証拠と、推察ができるだけの条件が揃って、初めて推理というものができるようになるのですわ。ということで、お茶が終わったらともに参りましょう?」
「被害者をすぐに現場に連れて行くのね……」
「合理的ですもの。ほら、さっさと紅茶を飲み干してくださいな。後片付けは魔法生物にやらせます。思い立ったらすぐ行動がわたくしのモットーなのですわ」
彼女、人の心が薄いな……?
私は慌てて紅茶を飲んで、彼女に引っ張られるようにして現場へと向かうのだった。
「現場ですわね」
あちこちに憲兵がいる。
彼らが囲んでいるのは、襲撃者によって天蓋が壊された馬車。
そして折れた剣を囲んで、わいわい言っている。
その中で指揮をしている、顔色の悪い女性がいた。
彼女は私たちをじろりと見ると、露骨に顔をしかめる。
濃い灰色の髪を後ろで結び、三白眼で黒目ばかりがギラギラした、ネズミのような印象の女憲兵だ。
彼女のつけている階級章で、憲兵隊長であることが分かる。
「やあ、お仕事に精が出ますわね、デストレード憲兵隊長」
「またあなたですか、シャーロット嬢。素人が首を突っ込んでこられると、迷惑なんですがねえ」
おお、彼女ったら、仮にも侯爵令嬢に向かって言うじゃないか。
私へも、怪しげなものを見るような目を向けている。
「こちらは?」
「昨日の犠牲者となりかけた、ジャネット様ですわ。ワトサップ辺境伯令嬢の」
「ははあ……。我々に仕事を与えてくださった方ですな。詳しい話をお伺いしても?」
「構わないけれど」
いちいち物言いがカチンと来るな、彼女。
私のデストレード憲兵隊長への印象は、最悪だった。
私が彼女に、情報提供という名の尋問をされている間、シャーロットが楽しげに現場を歩き回る。
途中、憲兵たちに、「あっ、こっちに入られては困ります」「あーッ! シャーロット嬢そこから先に入ったら、あーッ!」「いけません、馬車に登らないで下さい馬車に登らないで下さい」とか声を掛けられていて、とても楽しそう。
デストレードも、こちらの尋問どころではなくなってきて、慌ててシャーロットのところに走っていってしまった。
まあ、これは彼女もご愁傷様、という感じであろう。
シャーロットの手に掛かったら、憲兵隊の権威も形無しだ。
ついにはデストレードに羽交い締めにされて、シャーロットが馬車から降ろされてきた。
「追い出されてしまいましたわ」
けろりとして告げるシャーロット。
あんな大暴れをして、一般人なら既に逮捕されているところだ。
「彼女と顔見知りなの、シャーロット?」
「ええ。わたくし、冒険者に協力して事件を解決することがありますの。その時に何度か関わりましたわねえ。仕事熱心な方ですわよ?」
「仕事熱心は分かるけどね」
根掘り葉掘り聞かれてしまった。
襲撃者の外見がドッペルゲンに似ていた、という話はしなかった。
これは私の見間違いかも知れなかったし、もしこの証言を足がかりにし、デストレードが公爵家に乗り込んでいったら大変だからだ。
憲兵隊は公爵家を強制捜査なんてできないだろうけど、デストレードならやりそうだ。
「それでどう? 何か分かったの、シャーロット?」
「ええ、推理を行うための情報が手に入りましたわ! それについては、またお茶でも飲みながらお話しましょう。ジャネット様のお屋敷にお邪魔してもよろしくて?」
「構わないわ。早速行きましょう。もう、まさか襲撃された現場で、また嫌な目に遭うなんて思ってもいなかった!」
これは、メイドたちに甘いお菓子でも買ってきてもらって、たっぷりとお茶を楽しまねば割に合わない。
馬車に乗り込んで去って行く私たちを、デストレード憲兵隊長は大変迷惑そうに見つめているのだった。
どうも彼女のことは、好きになれそうもない気がする。
だが、私が辺境伯令嬢だと知っても、全く怯むことのない胆力はなかなかのものだと思う。
馬車に揺られる間、私の頭の中はあの感じが悪い憲兵隊長でいっぱいで、なかなかお茶とお菓子に切り替わらないのだった。




