第114話 外交官、困る
私よりも一期先輩に当たる、王立アカデミーを出た人なんだけれど。
貴族の次男坊から、今は王城に勤めて外交官をやっている人がいる。
べルギウスという名の彼は、言うなれば私の親戚。
数ヶ月に一度挨拶しあう程度の仲だ。
そんな彼が、我が家を訪問してきた。
「ジャネット。君はあのシャーロットと交友があるそうだけど、本当かい?」
ライトブロンドの髪を小粋にまとめた彼は、背丈はそれほどでもないが、甘いマスクと優雅な物腰で宮廷では女官たちに大人気らしい。
だが、目の前にいるべルギウスはどうも、困りきった様子だった。
「本当だけれど、どうしたのべルギウス。まあまあ、うちの紅茶でも飲んで」
「ありがとう。あっ! 味が濃くなっている」
「シャーロットに影響されて、色のついたお湯じゃなくしたの」
「ははあ……、君がその彼女に影響を受けるくらいには親しい、ということがよく分かった」
お茶を飲み、お菓子を口にして、ようやくべルギウスは落ち着いたようだ。
「実はね、僕はちょっとした大きな案件を抱えていて」
「ちょっとした大きな案件」
「あまり大きな声では言えない話だから、ニュアンスでね。アルマース帝国という国は知っているかい?」
「もちろん。エルフェンバイン王国、イリアノス神国、アルマース帝国で世界の三大国家と言われてるわけでしょう? 子どもだって知ってるわ」
アルマース帝国は、イリアノス神国同様、神という存在を信じる国。
厳格な法によって管理され、人々は規律正しい生活を送る……国だったらしい、五百年前は。
今ではイリアノス神国同様、エルフェンバインとの商取引もちょこちょこ行われており、戦争をするわけでもなく、国境間で争うこともなく、なあなあな関係になっている。
平和が長くて、みんな大きな戦争を起こす気が無くなっているんだよね。
その点、蛮族は元気だったなあ。
「話を続けてもいいかな?」
「どうぞ」
私が物思いから帰ってくるのを待っていた彼。
なかなか気遣いができる気がする。
どこかの、王子と賢者を兼ねる人とは大違いだ。
「そのアルマース帝国との、新しい条約を結ぶ話が進んでいてね。これは機密情報なのだが、ワトサップ辺境伯もご存知なので、娘である君にもこうやって話をしている。条約文書が作られ、イニアナガ陛下の印が押されたのだが……」
エルフェンバインは、ハンコ文化である。
貴人は独自のハンコを作り、文書にそれを押す。
サインよりも早くていいのよ。
ちなみに、庶民はサイン文化だ。
「その文書が盗み出されたかもしれない……」
それだけ告げると、ベルギウスが頭を抱えた。
「あー……。どうしよう……死ねる……」
また鬱々とし始めた。
「つまり、失くしちゃったということよね。じゃあ、詳しい話は道すがら聞いて、シャーロットの前でもう一回その話をしてちょうだい」
「あ、案内してくれるのかい!?」
「もちろん。血の繋がりがある者を放っておくなんてのは、ワトサップの沽券に関わるもの」
こうして、私はベルギウスを連れてシャーロットの家へ。
当然みたいな顔をしてナイツが御者をやる。
彼女の家に到着すると、珍しく家の前にシャーロットの姿が無かった。
「ねえ、シャーロットはお留守?」
扉に向かって話しかける私を、べルギウスが不思議そうに見つめる。
「ジャネット、一体何を……ひょえええ」
ベルギウスの目の前に紙が浮かび、そこにサラサラと文字が描かれる。
『いるけれども、忙しい』
「なるほど。ジャクリーンを追い詰める作戦をやってるわけね。でもこっちも緊急事態だから、通してもらっていいかしら」
宙に浮かんだ紙が揺れた。
これを見て、ナイツが感心している。
「インビジブルストーカーのやつ、ついに紙を使って意思疎通できるようになったんだなあ。俺が毎度毎度、教えてやった甲斐があったぜ」
「そう言えば、ナイツはここに来た時ずっと下の階にいたもんね。もしかして最初から?」
「ああ、最初からこいつとやり取りしてましたぜ」
教え込んだかー。
ドン引きするべルギウスを連れて、シャーロットの部屋へ。
例によって、ナイツは下の階で待機する。
「今度は武器の扱いを教えてやろうと思いましてね」
「とんでもないことになりそうな気がする」
だけど、面白そうだからやらせとこう。
二階に到着すると、シャーロットが紅茶を飲みながら何やら思索にふけっていた。
頭の中で、ジャクリーンを追い詰める計画を練っているんだろう。
彼女のことだから、既に実行していっているのかもしれない。
「シャーロット!」
ちょっと大きめに声を上げると、彼女は椅子に座ったままピョンっと飛び上がった。
「まあ! ジャネット様! いつの間に?」
「忙しいところごめんね。実は事件が一つあって、あなたをご指名なんだけど」
「わたくしを? いいでしょう。気分転換に事件に関わりたいところでしたの」
シャーロットは立ち上がると、私たちを出迎えた。
べルギウスと握手とかしてる。
やっぱりシャーロットの方が明らかに背が高いなあ。
「あなたがラムズ侯爵令嬢?」
「シャーロットで通っていますでしょう、ベルギウス外交官? そうお呼びくださいませ」
「ぼ、僕のことを知っているんですか」
「身につけた外套は王国の高官に支給されるものですし、靴先には町中を歩くのとは違う埃が乗っていますわ。そして指先のペンだこと、ジャネット様との親しげな関係。甘いマスクにふんわりとしたライトブロンドは、宮中の女性が放っておかないでしょう? 思い当たる人物は一人しかいませんわ」
「さ……流石です、シャーロット嬢」
べルギウスの表情が柔らかくなった。
この人ならば、と思ったのだろう。
うむ、シャーロットは凄いのだ。




