第100話 もう一度言うが儀式なんてなかった
上昇するガラス板に乗って、一行は上へ上へ。
「本当に便利ですわねえ。こういうのを屋敷に据え付けられたら、階段をわざわざ登らなくても済みますのに」
「これはね、一見して便利そうに見えるけど、魔力を使っていないだろう? どういう原理で動いているか解析できていないし、例え調べがついても原理を再現できなければ俺たちには扱えないんだ」
「なるほどー。それは現実的ではありませんわねえ……。未知のものを調べるのが好きそうな方が、いつか解明してくださるのを待つばかりですわね」
シャーロットは未知を追求するのを好むが、それはあくまで事件に関して。
こういう機械を調べるのは、賢者たちの仕事なのだ。
「王都の賢者たちは、みなフィールドワークを嫌がりますものねえ。お陰でエルフェンバインでは、新しい発見はこの数十年ほとんど無いとか」
「あるある。その代わり、賢者たちは知識を分かりやすく噛み砕いて、本にして国に広めてくれているだろう? 彼らは賢者と言うよりは、教師なのだよね。俺が出会った本当の賢者は、セントロー王国という海を隔てたところのジーンという子爵で……」
「ついたです!!」
クルミがぴょんと飛び跳ねたので、話は中断となった。
ここは遺跡の最上階。
強烈な風が吹き抜けてきて、シャーロットは驚いた。
「建物の中なのに風が吹きますのね!」
「ああ。どうやら君の推理した通り、天蓋を開けて何かをしようとしているらしい。普段ならば閉まっているものなんだ」
最上階は広大な空間で、今までのように区切られてはいなかった。
天蓋の一部は透明になっており、なるほど、ここは遺跡における展望室だったのかも知れないと想像できる。
そして空が望めるようになった空間の真ん中で、今まさに床にチョークで何かを描いている男がいた。
彼はハッとしてこちらを振り返る。
「ど、どうしてここが!」
「簡単な推理ですわ。あなたがゼフィロスを崇める、精霊王の信徒だからですわよ。里に降りてきて暮らしていらっしゃったのでしょうけれど、どこかで遺跡の天蓋が開き、素晴らしい光景と強い風が吹き込んでくるというお話を聞いたのでしょう? そうしたら、いても経ってもいられなくなって、遺跡の鍵を盗んでここまで来てしまったのですわね」
「ど、どうしてそれが!」
男は、アンクト家の使用人である。
体格が良く、髪の色は銀色。
不思議と、ゼフィロスを崇める者たちには銀髪が多いらしい。
風は色を持たないから、髪の色も薄くなるのだろうか。
そして銀髪のゼフィロス信者はすべからく……精霊使いである。
「ええい、だが儀式の邪魔はさせん! 俺に従え、シルフ!」
使用人が叫んだ。
すると、彼の周囲で風が渦巻く。
「精霊を使役してきたね。少しだけ攻撃を凌いでもらっていいかな?」
オースはそれだけ告げると、前進しながらポケットを探った。
彼に向かって風が叩きつけられる。
オースは素早く床に身を投げだすと、ポケットから取り出したものを高く掲げる。
それは遺跡の鍵だ。
シャーロットはクルミと二人で、襲いかかる強烈な風を、柱に隠れてやり過ごす。
そしてちょっとだけ顔を出すと、
「なるほど、天蓋を閉めるのですわね!」
「そういうこと。それっ」
鍵から指示を受けて、天蓋がゆっくりと締まりだす。
「ぬおお! させんぞ!」
負けじと使用人も鍵から指示を出して、天蓋を開こうとする。
二つの命令が拮抗して、天蓋がガクガク震えた。
「今ですわね!」
シャーロットは柱の影から飛び出した。
「ぬお!? シルフ……」
「させないですよー!」
クルミがスリングで、茶色い弾を投げつける。
それは地面に炸裂すると、中に仕込まれた香辛料をばら撒いた。
「うわーっ! からい!!」
男はシルフに命令を出すどころではない。
そこに飛び込んだシャーロットは、男の襟首を掴むと……。
「バリツ!」
そのまま彼の体を一回転させて床に叩きつけた。
「ウグワーッ!!」
男は白目を剥いてしまう。
彼が手にしていた鍵からの指示は途切れ、天蓋は閉まっていった。
こうして、事件は解決。
シャーロットは書きかけだったチョークの跡を見て、ため息を吐いた。
「どうしたんだい?」
「見て下さいな、これ」
指し示したのは、白いチョークが魔法陣を書きかけているところだった。
「これは絶対に効果を発揮しませんの」
「それはまた、どうしてだい?」
「遺跡の床は一枚板ではないでしょう? 細かい部品が組み合わさっているのですわ。それで、部品の合わせ目で魔法陣の線が途切れてしまっていますの。魔法陣は、途切れない線で描かねば正しい形になりませんし、効果を発揮しませんわ。彼がここで儀式を行おうと言うのなら、予め魔法陣を描いた板でも持ち込んで行うべきでしたわねえ」
「詳しい人です!」
クルミがシャーロットを尊敬の目で見た。
シャーロットがニヤリとする。
「まだ色々教えて差し上げましてよ!」
「ホントですか!」
シャーロットとクルミはウマが合うようだ。
しかしここでシャーロット、本来の目的を思い出す。
「そうでした。わたくし、卒業旅行で観光にきたのでしたわ! オースさん、クルミさん、それでは改めて、遺跡の案内をよろしくお願いしますわね!」
かくして、遺跡は元通り。
後からやって来たマクロストに使用人を預けると、シャーロットは遺跡観光を存分に楽しむのだった。
■ ■ ■
「それって、前にシャーロットが言ってた遺跡の話?」
「そうですわねー。また行きたいですわねえ。この間、王都の外側にいらした神官のアリサさんとマーナガルムのブランですけれど、あの方々はオースさんのお友達ですわね。人柄のできた方でしたし、はるばるイリアノスから訪ねて来られるのも分かる気がしますわねえ」
シャーロットが遠い目になった。
なるほど。
「じゃあシャーロット。私がアカデミーを卒業したら、一緒に卒業旅行に行こう?」
「まあ! わたくしでいいんですの?」
「もちろん!」
王立アカデミーで学べる期間は二年間。
私の卒業は来年だ。
近いような、遠いような。
そこで、彼女に案内を頼むのもいいかも知れない。
今からその時が楽しみになるのだった。
「……あれ? そう言えば、シャドウストーカーが影も形も出てこなかった気がするんだけど」
「ああ、それはですわね。お掃除ゴーレムを中に入って動かしていたのがシャドウストーカーでしたの。ですので、わたくしはお仕事の報酬として、オースさんからちょっと分けてもらってこの家に連れてきたのですわ」
「本題どころか、ついでの話じゃない……?」




