悪役じゃないのに婚約破棄された令嬢のお話
4/1から連載を始めるようと思って、リハビリ用に書いた(連載とは無関係な)短編です。せっかくなので投稿してみます。
性癖の歪みって整体じゃ取れないかな……?
「スカーレット・アスタール公爵令嬢! 貴女との婚約は破棄させていただく!」
学園の卒業パーティ。在校生と卒業生のみが出席を許される、こどもとして振舞える最後の場でそれは始まった。
本来であれば卒業生代表として私たち在校生へとことばを送ってくださるはずのフィリップ王太子殿下は忌々し気に私のことを睨みつけている。その横にいるのは殿下の同級生にして、在学中に騎士団へと入団を果たしたアルファード様と、宰相閣下のご子息であるデウス様。
卒業生の中でも群を抜いて優秀で、貴族令嬢どころか家庭がうまくいっていない貴族夫人からも秋波を送られるほどの容姿の持ち主だ。私たち在校生の間でも三人と別れることを惜しむ者も多く、記念にダンスを申し込もうと話し合っている子たちもいた。
卒業してしまえば一人前の貴族として扱われる。そうすると、婚約者のいる者は男女問わず異性との関わりは減るし、地方に嫁ぐ令嬢に至っては夜会で会うことすら難しくなる。彼女たちにとっては、青春の大事な一コマとなるはずの日であったのだ。
それが、殿下の発言で凍り付いてしまっていた。
とはいえ、それを他人事のように聞き流すことはできない。
なにしろ、断罪されているのは私なのだから。
うすうす理由には気づいているものの、周囲に知らしめる意味も込めて質問する。
「殿下に置かれましてはご卒業おめでとうございます。それで、婚約破棄とは穏やかではありませんわね。理由をお伺いしてもよろしくて?」
「何を白々しいことを。我が愛しの華、リーゼに対する暴言の数々、よもや言い逃れができるとは思わんことだ」
殿下のことばとともに前に歩みを進めたのは、サーモンピンクのドレスに身を包んだリヒテンシュタイン子爵令嬢、リーゼ様だ。三人と同じく卒業生としてこのパーティには参加していたが、何の役職もなければ際立って優秀な成績を修めたわけでもない。おまけにご両親も地方の下級貴族の彼女が三人と一緒にいる理由は一つ。
三人が三人とも、リーゼ様に慕情を向けているのだ。
ハニーブロンドの艶やかな髪にぽってりとした唇。優し気な目に泣きぼくろの彼女は、ひょっとすると女性でもドキドキしてしまうほどの色香がある。14歳でまだまな板のような胸しかない私とは違い、一目見てわかるほどの豊満な肉体の持ち主でもあった。
如何に私が筆頭公爵家の長女で殿下の婚約者であったとしても、それを覆すほどに魅力的なのは私としても認めるところである。
「一応お伺いしますが、暴言とはどのような?」
「彼女が子爵家の出であるのをいいことに、乳母扱いしようとしただろう!」
「おむつの替え方やあやし方を学ぶように助言したことをおっしゃっていますの?」
「他に何がある!」
はぁ、と私は大きな溜息を吐く。
「初めにいっておきましょう。この婚約破棄、受け入れましょう。その上でお聞きください」
婚約破棄を受け入れる、という発言に周囲からどよめきが起こる。
貴族の婚約とは家と家との結びつき。もちろん愛があればそれに越したことはないけれど、一存でその結びつきを切ることはできない。もし両家が合意したのであれば、婚約解消という措置になるのが通例であった。
「私が正妃となりましたら、リーゼ様と殿下との関係は認めるつもりでしたのよ? もちろん、側妃とはなりますし、他の御二方との関係は断っていただきますが」
「私たちとリーゼとの関係をそんなふしだらなものと貶めるか! いやな女だな!」
怒声を発する殿下の横、宰相子息が代わりにとばかりに私へと詰問をする。
「話をごまかさないでいただきたい。今、問題としているのは貴女がリーゼさんを乳母扱いしようとしたことです。如何に身分差があろうと彼女はれっきとした子爵令嬢なんですよ? 名目上は側妃だと強弁しようとも、貴女の行いは彼女を乳母扱いしようとしているとしか思えません」
はぁ、と二度目のため息。
「公爵家の名に誓って、私は彼女を乳母扱いなんてしようとしていません」
「嘘よ! スカーレット様は私に赤子の面倒をみれるようになれって仰っていたもの。私はそれに応えようと人形相手に練習をしましたが、『こんなあやし方では泣き止まない』『おむつを替えるのに手間取りすぎ』と私のことを詰っておりましたもの!」
「詰ってたんじゃなくて、側妃として必要なことを学んでもらおうとしていたのよ」
「つまり彼女を乳母扱いしようとしたのを認めると?」
「いいえ。違うわ」
はっきりと言い切った。周囲が静かになるのを待ってから私ははっきり、聞こえやすいようにことばを発する。国王陛下からは口を噤むようにお願いされていたけれど、公衆の面前で婚約破棄をされたのだ。もはや義理立てする必要はない。
「私が面倒をみて欲しかったのは、殿下よ」
「なっ!? はぁ!?」
思わず淑女にあるまじき声をあげるリーゼ様に思わず眉をひそめてしまう。
「殿下は私にバブみを求めておりましたの。夜な夜なおむつの交換を強要し、ちょっとしたことでわめきだしてガラガラとおしゃぶりで機嫌を取ることをお求めになりますの」
絶句するリーゼ様に、なおもことばを重ねる。
「側妃として殿下の寵愛を賜るのであれば、貴女には殿下をあやしつける方法を学んでもらわなくてはならない。私が求めていたのは、最低限殿下が寝付ける程度にあやせるレベル。詰っていたのでもなんでもなく、殿下が納得されないレベルでは側妃として認められませんもの」
リーゼ様は真っ青な顔で横に立つ殿下を見る。
殿下はふん、と鼻を鳴らし、
「醜い嫉妬はやめよ! リーゼの母性はスカーレットなどとは比べ物にならない。小手先の技術などなくとも、私は存分にオギャれるであろう!」
「そうです。リーゼさんの慈母の如き笑みをみるだけで僕たちは安心できるんです! 疲れたように溜息を吐きながらおしゃぶりを差し出す貴女とは違うんです!」
大きく深呼吸。
令嬢としてのマナーに蓋をして、お腹に精いっぱい力を入れて叫ぶ。
「そもそも何で私がアンタたち相手に母親の真似事をしないとならないのよッ! 14歳の私が! 18歳のアンタたちの! おむつを替えて! 膝枕しながらガラガラを振って! 溜息の一つも吐かなきゃやってらんないのよ!」
「ふん! 国母となるべき者の発言ではないな!」
「その通りです。国母とは国の母。つまりすべての国民は貴女の子なのですよ! それを慈しむことすらできないとは、軽蔑に値します!」
私の暴言に対する二人の返答に、リーゼ様は真っ青な顔のままでよろめく。
その先にいるのは、静かに私を睨みつけていた現役の騎士でもあるアルファード様。
「アルファードさま……あなたは違いますよね……?」
すがるような瞳でアルファードを見つめるリーゼ様に、騎士らしくよく通る声で「安心しろ」と返す。
「俺はこの二人とは違ってバブみなど求めてない。俺が求めてるのはスイカみたいなデカパイ。それも、少しだらしないくらいのが一番だ」
「アンタも大概サイテーよ!」
思わず突っ込んでしまったけれど、清々しく言い切られてしまったリーゼ様は、そのままくたりと倒れた。
「む、リーゼ?」
「スカーレット! 貴様の暴言のせいでリーゼが!」
「言い逃れのできない現行犯です! すぐに衛兵を呼びましょう!」
盛り上がる三人に待ったの声が掛かる。
現れたのは主催者として裏方に徹していた教師の一人。飄々とした人物だが誰にでも人当たりが良く、眉目秀麗。おまけに三男とはいえ侯爵家の出という超優良物件にも関わらず、未婚。令嬢たちから人気が高く、毎年卒業パーティで告白されまくっていることで有名なイングリッド先生であった。
「君たちは何を馬鹿なことをいっているかと思えば……」
まともな思考能力がありそうな発言……!
思わず紅潮させながらイングリッド先生のほうへ振り向くと、にっこり笑って手を振ってくれた。
「まずアルファードくん。人間性を無視して胸にしか興味がないのであれば、貴方に人間の女性はもったいない。牛で十分です。我が領は牧畜がさかんなので、一等優秀なホルスタインを紹介して差し上げます」
驚くほど痛烈な皮肉に周囲はぎょっとするが、『バブみ』『オギャる』『デカパイ』とパワーワードが続いたあとだと大したことないように聞こえてしまう。ふしぎ。
「次に殿下とデウスくん。あなた方は間違っている」
「何だと!? 女に母性を求めることの何が悪い! 貴様にだって母はいるだろう!?」
アンタにも母はいるでしょうがッ! 自分の母にオギャりなさいよ!!!
少なくとも私はアンタたちのお母さんじゃないのよ!!!
「君たちは何もわかっていないッ!」
普段の飄々とした様子からは考えられない、雷のような怒声にホールがしんと静まる。
「母が子を慈しむのは当たり前のことです。他者に求めず、自らの母にオギャりなさい」
まっとうな発言に、思わず会場の全員が頷いた。
もっといってやれ、と心の中で応援するが、
「母ではなく、それどころかまだ幼いスカーレットくんが慣れないながらも頑張ってバブみを出す。だからこそ成熟した男性はリードするようにオギャり、より高きバブみを目指していけるのです。バブみは求めるものではない! 育てるものなのです!」
アンタも同じ穴のムジナかああああああああああああああ!
周囲の視線が零度よりも低くなっていく中、殿下とデウスが目を見開く。
「バブみを……」
「育てる……!」
感銘を受けたように呟く二人。
イカれた空気に、もう全部投げ出して帰ろうかな、と他人事みたいに考え始める。
そこに待ったを掛けたものが現れた。
またしても裏方の教師。
といっても今度はイングリッド先生とは比べものにならない権力をもっている学園長のエルク様だ。まだ殿下たちと同じくらいの年に見えるけど、エルフの血を引く長命種で、御年100歳。学園長になる前には宰相を務めていた方で、当時の辣腕ぶりには国王陛下ですら頭があがらないほどである。ちなみに、同じくエルフの血を引いている、私と同じくらいの見た目の方と結婚されている。
「何をイカれたことを言ってるんだ貴様らは」
今度こそまともな人が、と若干期待がかかるけれど、イングリッド先生という例があるので信用できない。固唾をのんで様子を見守る。
「バブみ? オギャる? なんの冗談だそれは。貴様らそろいもそろっておしめが取れないガキなのか?」
「なっ、いくら学園長と言えど――」
「おしゃぶりが取れないガキがさえずるな!」
ピシャリと言い放ったエルク様。
流石の威厳である。
「夫婦が営んでいればやがて自然と父と母になる。無理やり誰かに求めるものではない」
ましてや育てるなどと世迷い事を、と吐き捨てる。
周囲からもうんうん、と頷くような気配があり、自然、私もエルク様を信頼できるような気がしてくる。
「いいか? 女はやがて母になる。世の中の婆はほとんどが親だ。それに対して成長する前の無垢な少女の美しさときたら……スカーレット嬢はまさに花開く直前のつぼみ! 最高の状態じゃないか!」
「えっ、何を――」
「女は11から14が至高! それ以上はメスになるからな」
「は?」
「おおっと、安心したまえ。イエスロリータ・ノータッチが紳士のたしなみだ。枯れた花は捨てるが、つぼみが花開こうとするときに摘むような無粋はせん」
清々しく言い切ったロリコンに背を向け、私は会場を出ることにした。
その後、何をどう決着したのかは知らないけれど殿下とデウス様は廃嫡。イングリッド先生は教師を首になって侯爵家に幽閉されているらしい。アルファード様は騎士団でみっちりしごかれる毎日を送っており、学園長は奥さんにしこたま叱られて謹慎中らしい。
婚約は殿下――元殿下の有責で解消となり、私は晴れて自由の身となった。王妃教育につきあってくださった宰相閣下や王妃殿下には申し訳ないけれど、すっきりした気分だ。
特に王妃殿下は私のことを気にかけてくださっているが、「お詫びにイケてるマッチョを紹介するわ。ヒゲとハゲ、どっちが好み?」と言われて殿下の嗜好が歪んだ原因が分かった気がした。
ちなみに連載はえっちなTSロリサキュバスが健全な動画配信をするようなお話です。
お楽しみに!
※連載が始まりましたらココに宣伝用URL載せるので良かったらブクマでもしてやってください。
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新連載【TSロリサキュバスの健全配信活動!】
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4月1日朝七時から投稿開始予定です!