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甘い新婚生活②



 それから瞬く間に数日が経ち、


「……妃殿下、そのご格好は?」

「アキレス様を連れて、しばらく実家に戻ります」


 既に平民服に着替えたメアリはきっぱりとした口調で言った。当然、実家とはレイ王国の王宮ではなく、精霊たちのいる魔の森のことだ。本来、人間は立ち入り禁止なのだが、アキレスは既にメアリの夫であるし、今は人の姿をしていないため、精霊たちに立ち入りを許可してもらったのだ。


「これ以上、この部屋にアキレス様を閉じ込めておくわけにもいきませんし」

「確かに、以前よりも大きくなられましたね」


 言いながらノエは、メアリの隣にちょこんと座る獅子の子ども――アキレスを見た。


「さすがは殿下、成長速度がずいぶんとお早いですね」

「シャーっ」

「上から見下ろすなっ、って怒っておられるわよ」


 後ろで控えているアルガの通訳に「それは失礼」とノエは笑いながらしゃがみこむ。


「それにしても、かつて戦場の獅子と呼ばれた殿下が、本当に獅子になられるとは――ッつ、なぜ引っ掻くんですか」


「シャーっ」

「絶対に面白がっているだろ、お前、とおっしゃっているわ」


「ひどいことを。これほど殿下に尽くしているというのに。見てください、私の腕を。殿下のせいで引っかき傷だらけですよ」


「シャーっ」

「微妙に嬉しそうな顔をするな気持ち悪い、だそうよ」 


 二人のやりとりを微笑ましく思いながらメアリは「それに」と口を挟む。


「この件が陛下のお耳に入る前に身を隠したほうがいいかと思いまして」

「それもそうですね」


 ノエは立ち上がると、「あとのことはお任せ下さい」と笑みを浮かべる。


「とりあえず、お二人は新婚旅行に行かれたことにしましょう。皇太子殿下にも休暇は必要ですから」


 時期的にタイミングが良かったのか、ノエは快く送り出してくれた。呪いが解け次第すぐに戻ると約束し、精霊たちの魔法で瞬時に魔の森へと転移する。


 森に着いた途端、駆け出したアキレスを追って、メアリも小走りに走り出した。


「見て、アルガ。アキレス様ったらあんなにはしゃいで、走り回っておられるわ」


 これまでずっと、目立たないよう、部屋でじっとしていたのだ。無理もない。しかし森にいる精霊たちはやや警戒した様子で、アキレスを遠巻きに眺めている。


「メアリ、何度も言うようだけど……」

「わかっているわ、アルガ。アキレス様がここにいられるのは獣の姿をしている間だけ」

「呪いが解けて殿下が人間の姿に戻ったら、仲間たちは容赦なく彼を攻撃するわ」


 そうなる前に自分が彼をここから連れ出すと、メアリは再度約束した。


「それにしても、このイモ……妖精まで連れてくるなんて」


 ずしりと重みのある剣を指さされて、


「あら、この子は必要よ。呪いを解く手がかりになるもの」

「だといいわね」


 呆れたように言いつつ、アルガは精霊の姿に戻ると、メアリの周りを飛び回る。


『当の本人は、いつどこで呪われたのか、全く覚えていないし』

「それも呪いに含まれている可能性は?」

『……ありうるわね』


 ひとしきり走ると、見慣れた小屋が現れて、ほっと息をつく。


「ひとまずお茶でも飲んで、ゆっくりしましょう」


 扉を開けたままアキレスを呼ぶと、彼は飛ぶようにやってきた。

 メアリの足元にすり寄り、ごろごろと喉を鳴らす。


「まあ、ずいぶんとご機嫌ですね」

『ここに来られてとても喜んでおられるわ。メアリとずっと一緒にいられるって』


 それを聞いたメアリは感激のあまり涙ぐみ、そっと彼を抱き上げる。


「私も同じ気持ちです」


 答えて抱き寄せると、ざらりとした舌でぺろりと頬を舐められた。胸がキュンと高鳴り、あまりの可愛らしさにぎゅうぎゅう抱きしめると、「ぐぅ……」という妙な鳴き声が聞こえて、慌てて力を抜く。


「ごめんなさい、苦しかったですか?」


『違う意味で胸が苦しいそうよ』

『ああ、メアリ、察してあげなよ』

『見た目は子ども、中身は大人』

『羊の皮をかぶった狼』

『正確には獅子の皮をかぶった人間でしょ』

『……それってどういう意味?』

『さあ? どういう意味だろ』


 そんな精霊たちを横目に、メアリはそっとアキレスを地面に下ろすと、外から水を汲んできて、お湯を沸かす。お茶の準備をしている間もアキレスが足元にまとわりついて離れないので、たまらず笑い出してしまった。


「アキレス様ったら、お願いですから少し離れてください」

「……みゃ」

「怒ったのではありませんわ。うっかりおみ足を踏んでしまいそうで、怖いんです」

「みゃ」


 そういうわけならと、少し離れた場所でちょこんと座る。そんなアキレスを盗み見ながら悶えているメアリを見、精霊たちはこそこそと話し出す。


『おい、通訳なしで会話が成り立ってるぞ』

『森のおかげかな?』

『女王陛下の魔力がそこかしこに充満しているからじゃない?』

『……二人きりにしてあげようか?』

『そうだね、何せ二人は夫婦だし?』

『ハネムーン中だし』


 いつの間にか、精霊たちが姿を消していることにも気づかず、メアリは申し訳なさそうにアキレスに話しかけていた。


「できればすぐにでも呪いを解いて差し上げたいのですが、まだ方法がわからなくて」

「みゃ」

「急ぐ必要はない? ですが……」

「みゃ?」

「そうですね、人間の姿に戻ればここにはいられません」

「みゃ、みゃ」

「まあ、アキレス様ったら。本当によろしいんですか?」

「みゃ」


 よほどこの場所へ来られたことが嬉しかったのか、すぐに呪いを解く必要はない、人間の姿に戻る前に、ここでメアリがどのように暮らしているのか知りたいと強く望まれて、メアリは吹き出してしまう。



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