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精霊と魔術師⑨






 その後、キャサリンは不慮の事故により、命を落としてしまう。


 自身が作った毒入り菓子を、誤って食べてしまったらしい。

 突然けいれんを起こし、悶え苦しみながら亡くなったと近くにいた侍女が証言した。


 娘の葬儀の後、フォスター侯爵は後妻と別れ、勘当した息子を呼び戻すと、当主の座を譲り渡して姿を消した。噂では、帝都から遠く離れた小さな村で、隠居生活を送っているらしい。


「これで良かったのかしら」


 死んだ魚のような目をして椅子にもたれ掛かるニキアスを見て、メアリは気の毒に思った。


「申し訳ありません、ニキアス様。まさかこんなことになるなんて……」


「いいえ、身内の尻拭いは身内がやるもの。むしろ、処罰されたのが父だけで済んで、助かりました。たいてい、当主が罪を犯した場合、その親族や使用人も罰を受けますから」


「では領地へお戻りに?」

「そうなりますね。皆、事情が分からずに動揺しているでしょうし」

「……寂しくなりますわ」


 ニキアスは俯くと、「僕もです」と蚊の鳴くような小声で言った。


「できることならあの森で、あなたと一緒に暮らしたかった」

「まあ、ニキアス様ったら……」


 そんなにあのツリーハウスが気に入ったのねと無邪気に微笑むメアリに、



『やっぱりメアリって鈍いよね』

『気づいたら気づいたで気まずいだろう』

『何にしても奴が自分から出て行ってくれて助かった』

『怪我の功名だね』


  

 




 ***






 

「メアリっ、ノエが帰ってきたわっ。あ、もちろんアキレス殿下もご一緒よ」


 部屋に飛び込んできたアルガの知らせを聞いて、メアリは落ち着きなく、室内をうろつき始めた。

 豪華な衣装がやけに重く感じる。


「私、おかしなところないかしら?」

「大丈夫、今日はとびきりお綺麗ですよ」


 何度も鏡を覗き込むメアリに、すぐさま侍女モードに戻ったアルガが苦笑する。


「……今回のこと、アキレス殿下に何て説明するの?」

「それが、説明したくてもできないの。陛下に箝口令を敷かれてしまったから」

 

 まあ、とアルガは気の毒そうな顔をした。


「妹の件でお詫びに伺ったら、とても落ち込んでいらして、しばらく女遊びは控えるとおっしゃっていたわ。だから私、陛下に申し上げたの。妹の言ったことはどうぞお忘れくださいって。あの子は昔から天邪鬼で、思ったことと反対のことを口にするからって」



『いやぁ残念ながらあれは……』

『……嘘偽りのない本音だったけど』

『メアリには内緒にしておこう』

『そうだね。たぶん、内容も理解していないだろうし』


 アルガに睨まれて、ひそひそと精霊たちが小声で話している。


「でもアキレス様に隠しごとをするなんて……なんだか後ろめたいわ」

「あたしもノエには言わないつもりよ。絶対バカ笑いするに決まってるもの」


 きっぱりと言うアルガに、メアリは感心してしまう。


「でもノエ様のことだから……」


 噂をすれば影とはよく言ったもので、


「私がどうかしましたか?」


 扉を開けて本人が入ってくるところだった。

 アルガは慣れたもので、しかめっ面をして言った。


「ちょっとっ、ノックくらいしなさいよねっ」

「しましたよ、ですが話に夢中で気づいていないようだったので」


 言いながら、吹き出しそうな顔でメアリを見る。


「殿下、この度はずいぶんとご活躍されたようですね」

「なんで知ってるのよ」


 驚くというより呆れたようなアルガに、ノエは甘く微笑んだ。


「離れているあいだ、私の可愛い婚約者に悪い虫がつかないか、心配で」

「……嘘ばっかり」


 言いながらもアルガは顔を赤くしている。

 どうやら嘘ではないらしい。


「もしかして、アキレス殿下もご存知ですの?」


「いいえ、殿下には何も伝えておりません。ニキアス・ソフォクレスにはいずれ、宮廷魔術師としての職務に戻ってもらうことになるので。やる気のなさそうな顔をしていますが、この国では誰よりも魔術に精通している男です。殿下も彼を気に入っている。ですから余計、不要な波風は立てたくありません」


 最後はどういう意味か、よく分からなかったものの、


「よろしいですか、メアリ王女殿下。間違っても、アキレス様の前で、他の男の名前など口になさらぬよう、お願い致します。でなければその男の首が飛びますから」


 真面目な顔で懇願されて、素直に了承する。


 ――そうよね、ふしだらな女だと思われてしまうもの。


 故国でもセイタールでも、貴族の女性が、婚約者以外の男性と二人きりになることは許されない。ましてやメアリは王家の人間――あらぬ醜聞が立てば、確実にアキレスの評価を落としてしまう。


 ――これまでだってニキアス様と二人きりになったことはないけれど、普通の人には精霊たちの姿は見えないから。


「分かりました、ニキアス様のことは一切申しません」


 それからしばらくして小さくノックする音が聞こえ、ノエが扉に近づく。


「アキレス皇太子殿下がお越しになりました」


 その言葉に、自然と頬が緩んでしまう。

 恭しく扉が開かれ、彼が現れると、メアリは優雅に膝を折った。

 

「お帰りなさいませ、アキレス様」


 

 







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