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精霊と魔術師⑥




 翌日、帝都の城へと戻ったメアリは、再び後宮を訪れていた。

 後方には、魔法で侍女アルガの姿に扮したニキアスが控えている。

 

「これはメアリ王女殿下、ようこそおいでくださいました」

「キャサリン様にご挨拶をと思い、参りましたの。取り次いで頂ける?」

「……こちらでお待ちください」


 出迎えた侍女は、以前と同じ受け答えをすると、隣室へと姿を消した。

 それから五分、十分と応接室で待たされるものの、キャサリンは一向に姿を見せない。


 ――前と同じだわ。


 ため息をつくと、メアリは諦めて立ち上がった。

 応接室の扉を開けて、控え室にいたニキアスを引き入れる。


「会えましたか?」

「いいえ、今回もダメみたいです」


 かぶりを振ると、ニキアスは素早い動きで奥の部屋へと続く扉に近づいた。

 試しに開けようとするが、びくともしない。


「鍵がかかっているようには見えませんが」


『だから言ってるだろ』

『結界のせいだってっ』

『魔術の腕は鈍ってないでしょうね?』


「もちろん。この程度の結界なら、すぐに解除できます」


 その言葉通り、彼が呪文を唱えて扉に触れた瞬間、パリンっと硝子の割れる音がした。


『やったぁっ』

『やるじゃん、引きこもり魔術師っ』

『それ褒めてないから』


 歓声を上げながら扉を通り抜けて、寝室へと侵入する精霊たち。

 しかしすぐさま戻ってきた彼らは、怒りの声を上げていた。


『大変だよ、メアリっ』

『あいつが生きてたっ。死んでなかったんだっ』

『処刑されたのが別人だったなんて……知らなかったわ』


 まさか、とメアリが口を開く前に、どんっと勢いよく扉が開いた。


「誰だっ、勝手にわしの結界を壊した愚か者はっ」


 現れたのは、青白い顔をした恰幅のよい男性――フォスター侯爵だった。

 小柄でやせ細ったニキアスとは似ても似つかない、傲慢そうな顔つき。

 

「もしや王女殿下、あなたが……」

「いいえ、父上。僕です」

 

 変装魔法を解いて、ニキアスは自ら正体を晒した。


「お久しぶりですね、父上。僕の顔なんぞ、今さら見たくないでしょうが」


 数年ぶりの息子との再会に、目を見開く侯爵だったが、


「おお、何を言うか、ニキアス。よくぞ戻ってきた」


 声高に彼は言った。 

 喜色満面の父親を前にして、ニキアスは怪訝そうに眉をひそめる。


「優秀なお前を勘当するなど、わしが間違っていた。あの時はどうかしていたのだ」

「……僕のことを許してくださるのですか?」

「無論だ。お前が再び宮廷魔術師の地位に戻れるよう、わしから陛下にお願いしよう」


 伸びてきた父の手を、ニキアスは拒むように避けた。


「旅の道中で、父上が再婚されたと聞きました」

「あ、ああ、たまたま縁があってな」

「僕にも紹介して頂けますか?」

「……ニキアス、その件については後で二人きりで話そう」


 視線を泳がせるフォスター侯爵に構わず、ニキアスは続けた。


「何でも、僕の継母になる方はレイ王国ご出身だとか」

「……珍しいことではなかろう」

「同盟国ですからね。しかし、この年になって妹ができるとは思いませんでした」

「……ニキアス、今この場でその話をするのは――」

「王女殿下がいるから都合が悪い、ですか?」


 挑発的な息子の言葉に、侯爵はガリッと奥歯を噛み締める。


「何が言いたい?」

「父上こそ、早くお気づきください。ご自分が利用されていることに」

「何だとっ」


 その時だった。


「あーあ、もうバレちゃったのね」


 能天気な声を出して、侯爵の後ろから金髪碧眼の少女が現れた。

 

「あなたって、案外使えないのね」

「キャサリンっ、お前は出てくるなとあれほど……」

「おじさんが無能だからいけないんでしょ」


 ふわふわとした巻き髪に、目尻の下がった大きな瞳、華奢な体つきにあどけない表情――髪や瞳の色が違っても、彼女が何者か、メアリは瞬時に気づいた。


「アメリア……生きていたのね」

「そうよ、お姉様。お会いできて光栄だわ」


 優雅に淑女の礼をすると、可愛らしく小首を傾げてみせる。


「わたくしの正体に気づいてくれたのはお姉様だけよ。陛下なんて、完全に別人だと思い込んでいるんだもの。おかしいったらないわ。あの方はわたくしの顔なんかより、身体のほうに夢中みたい。お前が一番具合が良いと、いつも褒めてくださるもの」


 あけすけな物言いに、メアリはさっと頬を赤らめる。


「なんて、はしたない」

「お姉様こそ相変わらず清純ぶって、馬鹿みたい。そんなんじゃすぐに殿方に飽きられてしまうわよ」


 アキレス様はそんな方ではないわ、と言い返したい気持ちをぐっとこらえると、


「……アメリア、あなたには罪の意識というものはないの?」

「お姉様から婚約者を寝とったこと、まだ根に持ってるの?」

「ユワン殿下に、皇后陛下殺害をそそのかしたのはあなたでしょう」


「それのどこが悪いの? あのババァは、薄汚い野良猫を見るような目で、わたくしを見たのよ。おまえは皇太子妃にはふさわしくないと、面と向かって言われたわ。わたくしのやることなすこと、全てが下品で我慢ならないんですって」


 言いながら、アメリアはくすくす笑う。


「まさか自分が最愛の息子に殺されるとは思ってもみなかったでしょうね。子どもを生んだ後は皇帝陛下に女として見てもらえず、欲求不満だったみたいだし。それでヒステリックになって、わたくしに八つ当たりしていたのよ」


 あまりの言いように、メアリは絶句してしまった。

 

『相変わらず、すげぇな、この妹』

『メアリには刺激が強すぎる』

『姉妹でどうしてこうも差が出るのかしらね』


「そこまでだ、キャサリン」


 苦虫を噛み潰したような顔で、侯爵が口を挟んだ。


「今すぐ部屋に戻りなさい」

「久しぶりにお姉様に会えたのに」


 不満そうな声を出すアメリアを、怖い顔で睨みつける。


「誰がおまえの命を救ってやったと思っている? 皇帝陛下の呼び出しがあるまで、大人しくしていろ」

「……そうね、夜に備えて体力を温存しておかないと。あの男、年の割にしつこいから」


 アメリアが姿を消すと、室内はしんっと静まり返った。

 辺りに緊迫した空気が流れ、侯爵が重い口を開く。


「さて、メアリ王女殿下……」

「私をどうなさるおつもり?」


 メアリを庇うようにニキアスが前に立った。


「ご安心ください、殿下には指一本触れさせない」

「……ニキアス、この父に歯向かうというのか?」


 侯爵の声は静かだった。


「父上こそ、いい加減に目を覚ましてくださいっ」

「我ら魔術師の存在が希薄になった今、フォスター侯爵家の名は廃れる一方ぞ。なぜお前にはそれが分からん」


「だからアメリア王女を利用しようと考えたのですか? いかに皇帝陛下を篭絡できても、彼女の存在は諸刃の剣――宰相閣下や他の貴族たちの目まで、欺けるわけがない」


「だから手を貸せと言っている」

「悪しきことに魔術を使ってはならないという師匠の……祖父の教えを破るつもりですか?」

「父は死んだ。現当主はわしだ」

「こんなこと、絶対に上手くいくはずがない」


 長い睨み合いの末、先に目を逸らしたのは侯爵のほうだった。


「お前との話は終わりだ。さっさとここから出て行け。二度とわしの前に顔を見せるな」

「メアリ王女殿下には手出ししないと約束してくれるなら……」

「小賢しい。殿下の身を案じているのか? 殿下にお前は必要ない。精霊の守護があるからな」

「……何を企んでおられるのです?」


 それには答えず、侯爵はあらためてメアリに向き合った。


「メアリ王女殿下、娘の非礼をお詫びします。ですからどうか、この場はお引取りを」

「私は皇帝陛下に全てお話しするつもりです。それでもよろしいのですか?」


 侯爵は不気味な笑みを浮かべると、それを隠すように頭を下げた。


「どうぞ、お好きなように」

 





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