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精霊と魔術師⑤




「ニキアス様、普段使われている木の器も結構ですけど、やはり食器は必要ですわ」

「そうですね、買いましょう」

「あとシーツや敷物用の布地も」

「分かりました。他にも必要なものはありますか?」


 翌日、メアリはニキアスを連れて、セイタールの辺境の街に来ていた。

 目的は当然買い物で、新生活に必要な物を買い揃えていく。


 メアリはメアリで、森では手に入らない卵やミルク、調味料などを買い求めに来ていた。久しぶりにセイタールの平民服を着て、はしゃいでいる。


『買い物くらい独りで行かせればいいのに……』

『おせっかい焼きなんだから』

『それがメアリのいいところでしょ?』

『そんなんだから頭がお花畑とか言われちゃうんだよ』

『言ったの誰よ?』

『誰だろうね』

『言いたい奴には言わせとけばいいのよ』

『それにしてもあの二人……』

『どこぞの新婚夫婦みたい』

『もしこの場にアキレス皇子がいたら……』

『ニキアスの命はないわね』


 精霊たちが何やら物騒なことをつぶやいているのが気になるものの、


「助言を頂けて助かりました。あ、荷物持ちますよ」

「これくらい平気です」

「でしたらどこかで食事でも……」


 青空市場の前を通りかかったところで、


「旦那さん旦那さん、これどうだい? そこの可愛い奥さんにぴったりだと思うけどね」


 店主に呼び止められたニキアスはぽかんとする。

 

「……旦那さんって、もしかして僕のことですか?」

「他に誰がいるってんだい。ほら、綺麗な髪飾りだろう?」


 どうやら夫婦と勘違いされているらしい。


 不必要な物を買わされる前に、メアリは慌ててニキアスを店主から引き離した。

 彼の手を掴んだまま、足早に歩き出す。


「装飾品は必要ありませんから。さあ、行きましょう」

「あ、あの、手……」

「あら、つい。ごめんなさい」


 さっと手を離すと、ニキアスはなぜか残念そうな顔をしていた。


「昼食は……お店に入ると高くつきますから、外で食べません?」


 屋台でサンドイッチと飲み物を買って、木陰にある休憩用の長椅子に座った。


 ふわふわのパンに挟まれた、新鮮な野菜と塩気のきいたバター、上には濃厚な味わいのチーズソースがかかっていて、つい夢中で食べてしまった。食後に温かな飲み物を飲んで、ほっと息をつく。


 腹が膨れると眠たくなってきた。


「なんかいいですね、こういうの」


 しみじみとした口調で言われて、「そうですね」とメアリも相槌を打つ。

 日差しもぽかぽかしていて散歩日和だ。


 こうしているとつい時間を忘れてしまいそうになる。


「……リィさんはいずれ帝都に戻られるんですよね?」


 黙ってうなずくと、ニキアスは言いづらそうに続けた。


「皇帝陛下が新しく愛妾を迎えられたと聞きました。そのせいで居づらくなったと」


 ちらりと近くにいる精霊たちを見やると、


『まさか僕らの会話が盗み聞きされていたとは』

『小声で話していたのにねぇ』

『この人って、聞いていないようで、聞いているのね』


 言い訳されてため息をつく。


「それでも帝都に戻るつもりですか?」

「私は皇太子殿下の婚約者ですから」

「……アキレス皇子のことはよく存じ上げております。あの方の剣に強化の魔法をかけたのは僕ですから」


 ニキアスが真剣な目をして訊ねる。


「皇子のことを愛しているのですか?」

「ええ、心から」


 すぐさま答えると、ニキアスは押し黙り、沈黙が流れた。

 どうやら話は終わったようだ。


 森に帰る前に、買い忘れた物がないか、メアリが荷物を整理していると、


「……リィさんには感謝してるんです。たくさん親切にしてもらって」


 まだ話は続いていたらしく、ニキアスが再び口を開いた。


「僕は実家でも厄介者でしたから。あるのは魔術の才能だけで、人とろくにコミュニケーションもとれないし、口下手で、ダンスも上手く踊れない。おまえは当主にふさわしくないと、父にも何度言われたことか。けれどあなたは、そんな僕に優しくしてくれた」


「大したことは何も……」


「いいえ、僕にとっては大したことなんです。ですから僕はあなたに少しでも何か返したい――僕にできることがあれば、何でもおっしゃってください」


『だったら愛妾の寝室に張られている結界を壊してっ』

『フォスター侯爵家の結界がある限り、僕らはあの女に近づけない』

『同じ血族のあなたなら、簡単なはずでしょ?』


 精霊たちに先を越されてしまい、メアリは慌ててしまう。


「ダメよ、ニキアス様を巻き込んでは……」

「構いません、むしろやらせてください」


 ニキアスは珍しく、感情のこもった声で言う。


「その件に父が関わっているというのなら、なおのこと」






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