表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/27

後日談



「……軍に、お入りになるのですか」

「はい、配属先の騎士団はまだ決まっていませんが」


 帝都に戻ってきたマルクスを、午後のお茶に誘ったメアリは落ち込んでいた。


「まだ、そんなにお若くていらっしゃるのに」


「兄上が軍に入られたのは12の時です。それから5年間かけて、兵役義務を果たされました。僕は来年の春で14になりますし、早すぎることはないかと」

 

 暗い顔をして黙り込むメアリに、「申し訳ありません」とマルクスは謝罪した。


「ですがもう二度と、兄上の足を引っ張るようなことはしたくないので」


 それどころかアキレスの力になりたいのだと、マルクスは瞳を輝かせて言う。


「侍従のヤニスも付いて来てくれますし、心強いです」


 皇子の後方に控えている青年を見ると、彼は恐縮したように礼をした。


「殿下のことは、この命に代えてもお守りいたります」


 赤毛でそばかすのある、愛嬌のある青年だった。

 軍人というよりは商人に向いてそうな風貌だ。


 戦争によって領地を獲得してきたセイタール。反皇帝派による内乱は小規模ながらも断続的に発生しており、国境付近では、隣接する国々との小競り合いも続いている。この帝国に嫁ぐことを決めたからには、綺麗事ばかりは言っていられない――頭ではわかっているのに、メアリの口は重かった。


「どうか御身を大切にしてくださいますよう、ご無事なお帰りをお待ちしております」


 


 …………

 ………

 …



 

「メアリ、マルクス殿下のことが心配なのね」


 二人きりの時だけ、いつものように、気さくに声をかけてくれる侍女のアルガに、メアリはこくりとうなずいた。生まれた時からそばにいてくれる彼女――精霊たちには、絶対的な信頼を寄せているせいか、つい本音が口からこぼれ出てしまう。


「……戦なんて嫌い」

「ねぇ、メアリ、メアリさえ望めば――」

「それはダメっ」


 アルガの言葉を遮るように、メアリは口を開いた。


「ダメよ」

「でもわたしたちが代わりに戦えば……」

「望んでいないわ、そんなこと。わかるでしょ」


 黙りこむアルガに、メアリはふと思い出したように訊ねる。


「そういえば、精霊の森は女王陛下の結界に守られているのよね」

「ええ、そうよ。だから人間は、あの森では生きられないし、悪さもできない」


 精霊たちに見つかって殺されるか、飢え死にするまで出口を求めてさまよい続ける。


「私にもできないかしら」


 以前、無自覚に魔法を使っていると、精霊たちに指摘されたことがあるメアリは、かねてから考えていたことを口にした。といっても、精霊の森を守っているような結界ではなく、


「例えば、戦意喪失する結界とか、武器を植物に変える結界とか……」

「メアリらしいといえばメアリらしいわね」


 苦笑いを浮かべるアルガに、「ダメかしら」とメアリはしょんぼりする。


「でも、結界を張るっていう案はいいと思う。ノエが喜びそう」


 ノエ、と嬉しそうに婚約者の名を口にするアルガを見、メアリもにっこりする。彼の父親である宰相から、あなたの侍女を息子の婚約者にしたいという申し出があったのは、つい先日のことだ。


 ――いち時はどうなることかと思ったけれど。


 結果として、メアリは宰相の申し出を承認した。


 ノエとアルガにそれぞれ事情を聞き、アキレスや他の精霊たちとも相談した上で、慎重にことを進めたつもりだ。一年という婚約期間を置いたのも、アルガやノエの気持ちが途中で心変わりするかもしれない、何より、これまで精霊として生きてきたアルガには、人間として生きるための、準備期間が必要だと思ったからだった。


 かつて、精霊であったメアリの母親は、人間である青年に身も心も捧げてしまったため、精霊界の禁忌に触れてしまった。しかしアルガの場合、現段階ではまだかろうじて禁忌に触れていないため、相変わらず魔法が使えるし、仲間の精霊たちと言葉を交わすこともできるという。

 

「ねぇアルガ、暇な時でいいから、私に魔法の使い方を教えてくれない?」

 

 その日を境に、たびたび皇城で不可解な現象が起きるようになるのだが――言い争いをしていた恋人たちが急に仲良くなったり、殴り合いの喧嘩をしていた男たちが突然睡魔に襲われ、眠りについたりと――宮廷の人々は妖精のいたずらとして、誰も問題視しなかった。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] こういうのをかくて世はこともなし。というのかな。
[気になる点] そいえば生まれてくる子供は精霊の力を受け継いでるんだろうけど、 このまま結婚するとアルガ自身は罰として無力な人間にされてしまうのか 大変だな
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ