101 「う~~ん、やっと学校が終わったぁー!」
「う~~ん、やっと学校が終わったぁー!」
教師が去った教室内で1人の女学生が自分の席でぐぅ~と背伸びをする。
彼女の名前は延寿 菊 (のべす きく)。市立本気狩中学校に通う2年生だ。
「やっほーキクちん、もうお疲れかい?楽しい楽しい放課後はこれからって言うのに、そんなんでどうするよ。」
「やっほーツツ。今日は部活ないから疲れても平気~。帰ってのんびり動画でも見る~。」
延寿菊にツツと呼ばれた彼女の名前は渡見 つつじ(わたりみ つつじ)。同じクラスの同級生である。
「ずるい~~。あたしも今日は部活休む~。」
「休め休め。」
「パワハラ顧問に殺されるー。キクちん代わりに部活にいってちょ。」
「私が行ったら全国優勝しちゃうからな~。」
「ほーーーう。キクちんが全国なら、あたしは世界で優勝しちゃうな~。」
「じゃあ、英語もっと勉強しないとね~。優勝インタビューで『サンキュー』しか言えなくて大恥かいちゃうよ。」
「へーきへーき、優勝賞金でちょ~一流の通訳を雇うから!」
「じゃあ、日本語の勉強の方をしとかないとね。通訳の人が困らないように。」
「日本語は日本一完璧だし。完璧すぎて産まれた瞬間から喋れたわー!」
「なにそれキモーい。すぐに怪しい研究施設に連れていかれそうじゃん。」
「実はあたしは人体改造されたサイボーグなのでした!」
「サイボーグってなんだっけ?ロボットだっけ?」
「半分人間半分機械じゃないの?」
「そうだったっけ?」
「ん~~~~~わからんすぎてエモい。」
「何がエモいかワケわからん!!」
部活開始時間前のわずかな時間が他愛もない会話で過ぎていった。
「ツツ、そろそろ時間ヤバいんじゃない?」
延寿菊がちらりと黒板の上の掛け時計を見て言う。
「げっやばっ。時間が経つの早すぎ~。…おっとっと。」
渡見つつじが手を挙げ大げさにリアクションを取る。しかしその時にバランスを崩してよろけてしまった。
「どわっ!?」
「きゃっ!!」
そして運悪く近くを通りかかった女生徒にぶつかる。
ぶつかられた女生徒の名前は芒原 月 (すすきはら るな)という。
「あっごめん!え~と…。芒原さん。」
「あっ…うん。こちらこそごめんなさい。」
芒原月はペコリと軽く頭を下げると、少し慌て気味に自身の机の乗せてあった荷物を取り教室を出ていった。
「ツツがひゃくぱー悪いのに、申し訳なさそうに去っていったね。」
「面目ない物珍しい転校生よ。…それにしてもあの子いつもボッチだよね~。部活とか入ったのかな?」
「さぁ?あの人と話したことないし。」
「え~そうなの?キクちんにしては珍しい~。」
「別に。話す機会が無かっただけ。」
「話しかければいいじゃん。私の時みたいにさ。元転校生としては嬉しかったんだぞ!」
渡見つつじは、小学4年生の時に転校してきた。
「芒原さんはなんか苦手。」
「と、言うと?」
「なんか犬っぽいから。」
「え~そう?」
「…目とか。」
「んー、つり目だけど、それって犬要素?犬種によって違うし、他の動物にもつり目な奴いるじゃん。」
「そうだっけ。」
「キクちんは、動物好きなこの町の住民には珍しく、犬は本当駄目だよね~。」
「う、うるさいなー。もうこの話は終わり!!ツツは早く部活に行きなよ!」
「うわっ!そうだった!んじゃまた明日ね~。」
ひらひらと手を振りながら渡見つつじは教室を出ていった。
「…………私ももう行こう。」
それを見届けた延寿菊はそうポツリと独り言を吐いて帰り支度を始めた。
西日の強い帰り道。片手で日射しを遮りながら延寿菊は歩いていた。
「あっ。」
ある者に気が付き声がでた。延寿菊の視線の先には芒原月と濃紺色の犬種不明の子犬がいた。
「(子犬とじゃれあっているのか。子犬はなに系統だろう。)」
因みにこの町に住む動物のほとんどは(特に野良)雑種であることが多い。
「ふふ。よしよし。」
「きゃんっきゃんっ」
芒原月はしゃがんで楽しそうに子犬を撫でていた。子犬も楽しそうに時々芒原月の手を掻い潜りペロペロと手の甲を舐めていた。
延寿菊はその光景を見ながら、
「(犬同士が遊んでいるみたい。)」
と思っていた。
「あ…。」
ここで芒原月がこちらを眺めている延寿菊に気が付く。
「さ、先ほどぶり………。え~と、お仲間?」
別に悪いことをしたわけじゃないのだが、眺めていたことがバレた延寿菊は、気まずい気分になり、思わず変なことを聞いてしまった。
「え…?」
「あっあっ!ごめん!そ、そうじゃなくて、その子は、芒原さん家の子?」
延寿菊はテンパりながらもなんとか普通の質問にごまかす。
「ううん…。」
芒原月は首を横に振る。
「そ、そうなんだ…。じゃあ犬、好きなの?」
「…うん。」
芒原月は今度は首を縦に振る。
「ふ~んそうなんだ…。」
「きゃんきゃんっ。」
とここで芒原月の足元にいた子犬が延寿菊の方に寄って来た。
「(別に犬は嫌いなだけで、苦手なわけじゃないし。)」
と心の中で誰にでもなく弁明して、自身もしゃがみ子犬を撫でてあけだ。
「えっと…。の、延寿さんは犬好き?」
芒原月が延寿菊の制服の胸元の部分にある名前の刺繍をちらりと見て名前を言う。
「犬は好きじゃない。」
「そ、そうなんだ…。でもなんか撫で馴れているね。その子、とても気持ち良さそう。」
「…昔、飼っていたからね。中型犬をだけど。」
「えっそうなの?」
「でも事故で亡くなっちゃったの。…私のせいでね。それからあまり犬は好きじゃないの。」
「そ、そうなんだ………。」
芒原月は想定外の話を聞き、なんとも気まずくなってしまう。
「きゃんきゃんっ。」
「この子、野良の子犬の癖に妙に人慣れしているね。親犬はどうしたんだろう。」
「私が見かけた時にはこの子、1人で歩いていたよ。」
「ふ~ん。…お前、親はどうした?きっと心配しているぞ?」
「きゃんっきゃんっ。」
子犬が町にある小さな山の方を見て吠える。
「ふふっ。言葉が通じているみたいだね。」
「…たまたまでしょきっと。ほら、もうすぐ陽が沈むから帰りな。犬好きの酔っぱらいに絡まれたら面倒だぞ。」
延寿菊が手をぷらぷらと振るう。
言葉が通じたのか、はたまた偶然か、子犬は山の方へ駆け出す。
途中振り返り、
「きゃんきゃんっ!」
と挨拶のつもりなのか吠えた。
「ばいばい。気を付けてね。」
芒原月が立ち上がり子犬に手を振る。子犬はそれを見て、尻尾を振りながら小山の方へかけていった。
「…本当に人懐っこいな。首輪していないだけで実は飼い犬かな。」
それを見ながら延寿菊はそう独り言を漏らした。
「よし、帰るか。」
子犬が完全に去った後、延寿菊も立ち上がりそう言った。
「…うんそうだね。」
芒原月も同意し、二人は更に強くなった西日の中を歩きだした。
「えと、延寿さんもお家はこの道?」
「うん…あ、あと菊でいいよ。みんなそう呼んでいるし。」
「…あっうん。…じゃあ、あの、私もよければ月って呼んでくれたら、嬉しい…かな。」
「別にいいよ。月ね。…可愛い名前だよね。」
「そ、そうかな?…初めてそう言われたよ。き、キクさんも素敵な名前だね!」
「そう?なんか古くさくない?」
「ううん。そんなことないよ。」
「ふ~ん。それと、さん付けじゃなくていいよ。同級生なんだし、呼び捨てでも。」
「えっあっ…うんじゃあ、き、キク……ちゃん。」
「…まぁいいか。」
延寿菊はちゃん付けの方が言われて恥ずかしかった。
延寿菊は心の中になんとなくの苦手意識があるものの、黙っているのは気まずいので芒原月に声をかける。
「そういえばさっきはごめんね。」
「え…?」
「ツツがぶつかったでしょ?」
「えっ、あっ……。うんうん。私もちゃんと前を見ていなかったから。ツツ…さん?が悪いわけじゃないよ。」
「いやいや、あれはひゃくぱーツツが悪かったよ。…なのに謝って慌てて教室から出ていったからさ。」
「……えと、じ、自分で言うのもあれなんだけど、私人見知りで…。」
「なるほどね。」
なんとなく腑に落ちた延寿菊。
「じゃあ、ルナは部活とか入ってないの?」
「うん、入ってないよ…。両親がどちらとも働いていて遅いから家の掃除やらなくちゃいけないし、塾もあるし…。」
「へぇ、塾に行っているんだ。」
「今日もこれからそうなの。」
「ふ~ん、塾行っているなら部活動は無理か。」
「…ううん。塾は今は週2日だけなの。…実は親は家の掃除とかいいから、塾がない日に部活に入っていいよって言ってくれてるんだけど、なんか、入りづらくて…。」
「ふ~ん。…新入生に向けた体験入部とかもあるし、そういうのは?」
「…なんか、1人だと、その…。」
「まぁ、こころぼそいよね。(特に転校生じゃなおさらだろうな~。人見知りだそうだし。)」
「あの、キクちゃんは、部活に入ってないの?」
「私は入っているよ。ただ今日はたまたま休みなだけ。」
「そ、そうなんだ…。」
芒原月は、延寿菊が何の部活に入っているか知りたいのか、不安気に延寿菊を見やる。聞けないでいるのは、部活に入ってない自分がぐいぐいと質問すれば入部させてと言っているもんだと思ってるからである。せっかく今少し仲良くなれた延寿菊と同じ部活に入ってみたい気持ちがあるが、それを言うには人見知りの芒原月には厳しかった。
「環境衛生部って部活。」
そんな芒原月の気持ちを察したかどうかは分からないが、延寿菊がさらりと部活名を言った。
「環境衛生部?」
部活名を知れたのはいいが、芒原月にはそれがどんな部活動がピンとこなかった。
「町中のゴミを拾ったり、野生動物の糞尿を片付けたり、…まぁ町内の美化活動をする部活。」
「ボランティア部って感じ?」
「まぁ言うならば。」
「わぁ。凄いね。中学生のうちからそんな活動ができるなんて。私は自分のことばかりだから、同じ中学生とは思えないよ。」
芒原月が眼を輝かせて延寿菊を見る。
「そ、そう?」
「うん、尊敬するよ。」
「べ、別にそんな大したことしてないよ。」
尊敬の眼差しを受け、照れて恥ずかしくなってしまう延寿菊。夕焼けで誤魔化せているが少し顔が赤くなっていた。
「大したことだと思うけど…。」
「じゃ、じゃあ明日来てみる?」
恥ずかしさに耐えきれなくなった延寿菊が思わず提案する。
「えっいいの?」
「うん、まぁ、あんまり人はいないけどね?でもその分融通は効きやすいし、毎日あるわけじゃないし、運動部みたいに強制参加じゃないから、塾とかある日は休んでも問題ないし?」
恥ずかしさを誤魔化すために聞かれてもないことをペラペラと話す延寿菊。芒原月はそれを真剣に聞いていた。
「わぁそうなんだ。」
「ま、それに入るかどうかは明日実際に見てからでいいしね?」
「うんわかった!じゃあ明日お願いするね!……あっわたしはこっちの道なんだけど…。」
十字路で立ち止まり、芒原月が一方の道を指す。
「私はそっちの道。」
延寿菊は他の道を指差した。
「じゃあここでお別れだね…。ばいばいキクちゃん!また明日ね!」
「あっうんばいばい。」
『また明日』と言えることが嬉しかったのだろう。顔を綻ばせながら、とても楽しそうに手を振り、芒原月は分かれ道をかけていった。
それに手を振りながら延寿菊は見届け…
「………………………あの子苦手なのに、つい話の流れで部活に誘ってしまったぁ~~。」
と思わず頭を抱えてしゃがみこんでしまうのであった。




