第三章 まずは、修道院で仲間を増やそうと思います。
長い間、更新ができませんでしたが、これからも、何とか少しずつ書いていくつもりです。見守っていただければ嬉しいです。
私は手元のブレスレットに吸い込まれていった『聖書』に様々な想いをはせながら、小走りで修道院の中に入っていく。
転移者の私にとって、この『聖書』はとてもありがたい。
でも、百パーセントの信頼は持てない。
なぜなら、都合の悪いことには、ノーコメント、 それってどうなの?
つまり、女神側に不都合なことは言いませんけどってことだよね。
頼ることは頼るが、全幅の信頼はおかない、それが今の私の方針だね。
「あ、ユイ、探してたんだよ」
モエだ。
本物は、さっき私の中に入ってきたイメージよりずっとかわいい。容姿もそうだがその声やしぐさが、愛らしい。
「ごめん、ごめん。中庭にいたから」
「また、聖書を読んでいたの?」
「ええ」
「ユイって、本当に信心深いのね」
いやまったく。
女神様たちは、結構、ポンコツだと思っていますよ。
ただ、両親への愛と信頼で、女神様たちともうまくやっていこうとは思っているけれど。
「昼食の準備だったわね。手伝うわ」
「ごめんね。助かるわ。なんてったって、ユイは料理上手だから」
これは、前世のスペックがある程度継承されているのかしら? 父の影響で、私は幼い頃から料理好きで、それなりに美味いものが作れた。食材が違えば料理方法も違うだろうが、とりあえずやってみるしかないわね。
モエが私を料理上手だと認識しているのなら、まあ、なんとかなるだろう。
モエと二人、調理場へ向かう。
足を踏み入れた途端に、ここで知っておくべき情報が流れ込んでくる。
い、いたたたた。痛いよぉ。
急に蹲って頭を抱える私に、モエが驚いて大丈夫?と声をかけてくれる。
「だ、大丈夫かな」
答えながら、心の中でヒールを唱える。
おお、素晴らしい。
無詠唱でもちゃんと効くのね。
頭痛が消え、スッキリ爽やかだ。
しかし、新しい情報を手に入れるたびに、こう何度も頭痛に襲われるのはたまらないわね。
なんとかしないと。
課題ばかりが増えていくけど、新しい世界で生きて行くためには、仕方ないか。
「今日とれたお野菜はこれなんだけど」
ジャガイモとニンジンとタマネギ、レンコン、トマト、えだ豆にそっくりな野菜が並んでいる。
ほうほう、これらはこの修道院の畑で取れた野菜らしい。
とても艶々としていて、色といい形といい、見るからに美味しそうだ。
「今日は何人分、作るの?」
「10人分だよ。ミルラとカール、レンゲは、図書館に行っていてお昼は付き添いのシスター、リザ様と食べるそうよ」
ミルラとカールは、私とモエより一つ年長で、二人ともこの冬が終わったらここを出て行く。
とても優秀で、すでに高等法学院への進学が決まっている。
この国では15歳で成人して通常はなんらかの職業につくが、中でも特に優秀な者は、高等〜と呼ばれるそれぞれの専門学院で一年の専門的な学びを経て、正式な王宮の職員となる。
レンゲはまだ12歳だが、作家志望だ。そのため、図書館には、今日だけでなく毎日のように通っているようだ。
後は、乳飲児でまだ食事をとれない子たちを除くと、10人なのかな。
と、『聖書』で読んだ情報の中にあった。
「お肉はないのね」
「お肉なんてあるわけないじゃない。あんな高価なものは、ここでは無理よ」
でも、これはどう見ても枝豆だから大豆はあるはず。大豆でタンパク質はとれるのかな。
調味料や香辛料はどうかな?
私は、調味料などが並んでいる棚を見つめる。
塩はあるね。
これはなんだろう? もしかして? 私はそれの匂いを嗅ぐ。
これは、間違いないクミンだ。
それからこれは、見るからにターメリック。
うーん、せめてあと一つ、コリアンダーかカルダモンがあればいいんだけど。
ないね。
でも、野菜主体のカレーなら、これでなんとかなるだろう。
物足りないけど仕方ない。
「それ、使うの?」
「なんで?」
「だって、卒院して冒険者になった子が持ってきてくれたんだけど、使い方がわからないって、ずっと放っていたから」
そうなの、私?
だめじゃない。
「お米はあるのかな?」
「今日のユイは、変だよ? お米は、とっても高いから貴族の通うアズマ料理のお店でしか食べられないでしょう?」
な、なんと。
お米が高級食材とは。
まあ、仕方ない。パンはあるだろうか?
おお、かごいっぱいに盛られた、前の世界ではフランスパンにそっくりなパンがある。
ここで焼いたのかな?
「あれって?」
「朝早く、ヘンゼルが持ってきてくれたよ。ほんと、ここの卒院生は皆義理堅いよね」
どうやらこの孤児院を出て職に就いた者たちは、折に触れ、ここに寄付をしてくれているようだ。
ありがたいね。
「では、カレーを作ります」
カレー? と呟いてモエは怪訝な表情だ。
食べればわかる。カレーの素晴らしさは。
カレーと言い切るには香辛料が足りないかもしれないが、野菜の旨味も借りれば、それに近いものはできるはず。
私は、モエにタマネギをみじん切りにしてもらう。その間に、他の野菜も出来るだけ細かく刻んでいく。本当はすりおろしたかったのだか、そういう調理器具は見当たらない。
特にレンコンは団子にしたいので念入りに細かくする。前の世界で片栗粉と呼んでいた粉らしいものはあることを確認した。レンコンの水分をできる限り取り除きそれを混ぜ込み団子状にしていく。塩で味をつけ、こんがりと焼いておく。
モエが刻んでくれた山盛りのタマネギを炒める。甘さと香りが出るよう、焦がさないように飴色になるまで。
後は、そこに他の野菜も入れさらに弱火で炒めて香辛料を入れる。ここからは根気と食への愛情があれば問題ない。
ジャガイモは、溶けてしまうだろうが、今日はとろみとして入れたので問題ない。
ちょうどいい粘り気が出たところで、レンコン団子を投入して終わり。茹でた枝豆は、食べる時に彩り美しく散らすつもりだ。
もちろん味見はするよ?
当然だ。
おっ、美味しい。
完璧! とは言えないが、ランチには十分なクオリティだ。栄養のバランスもいいしね。
「わ、私も味見したいんだけど」
今にも涎を垂らしそうなモエのため、小皿に味見用のカレーを入れる。
「お、美味しい!!!」
モエが身悶える。
本当は、カレーはもっともっと奥深く美味しいんだけどね。
そこはおいおい、色々手に入った時にね。
「時間もちょうどいいね。みんなを食堂に呼んでくれる?」
「わかった」
モエがちょうりばを出て行く。
「アリエラ院長に気に入ってもらえるといいんだけど」
私が頼りにすべき人リストに、当然ながらアリエラ様は筆頭に載っていた。
誰かと親しくなるには、まず胃袋を掴むことだ、と父は言っていた。
事実、父の料理は様々な業種や地位の人たちを惹き寄せ、時に親身になって父を助けてくれていた。
いざ出陣。
ただの昼食ではあるが、私にとっては初アリエラ様だ。
文字で得た知識だけでなく、触れ合って肌で感じた感触は大切だ。声色や目も、その人の人格や感情をよく表す。
「今日は、ユイが、新しいお料理に挑戦して、とても美味しい料理を作ってくれました」
「これは、カレーというお料理です。パンをつけて食べてね。スパイシーなものが苦手なら、蜂蜜をかけるとマイルドになりますよ」
正直、さほど辛くない。
香辛料が少ないせいで。
「それでは、女神イシューさまに感謝を捧げいただきましょう」
女神イシューさまに感謝を。
皆の声が揃う。
思ったとおり、だれも辛い! とは言わない。
もくもくと、次々にカレーを食べている。パンにつけるのももどかしいのか、カレーだけを食べている子どももいる。
「ユイ、これは本当に美味しいわね。こんな美味しいお料理は、私も食べたことがありませんわ」
そう私に告げたアリエラ様は、本当に優しそうな目で私を見てくれている。
この眼差しは、慈愛に溢れ、少しの期待も見えるようだ。
「ありがとうございます。卒院された冒険者の先輩からいただいた香辛料の使い道を考えていて、ようやく今日、それが形になりました」
「なるほど。これは、アッシュが持ってきてくれたモノを使ったのですね」
アッシュ?
それは、『聖書』が示してくれた三人のうちの一人。
ちなみにもう一人は、療養中の前院長ミニョン様だ。
しかし、冒険者には力はあるだろうが、権力があるのだろうか?
「アッシュも義理堅いですね」
シスターの一人がつぶやく。
「本当にね。国の英雄で、今や伯爵にまで上りつめたのに」
うん?
「彼は、ここにいた頃から強く優しい子でしたからね。叙爵したからといって、そこは変わりませんよ。だからこその、英雄です」
「しかも、伯爵になっても相変わらず冒険三昧らしいですし」
「私たちの薬ではどうにもならないような、大きな怪我などしないでくれたらいいんですけどね」
「本当にね」
気づけば、みんなのお皿は空っぽだ。しかし、お代わりはない。
今度から、もっとたくさん作ろう。反省だね。
その日から、わたしの料理当番が増えた。
その代わりにお掃除やお洗濯は、免除されている。
その日に取れた野菜や、寄付してもらった食材、そして飼っている鶏の卵などを使いながら、私は前の世界の料理をアレンジしながら、料理に励む。
どれも好評だが、特に子どもたちに評判が良かったのは、市場で手に入れてきたベーコンで作ったオムライスだ。
肉類は高価すぎて、ここでの食費では購入が無理なのだが、実は、私がこっそり魔法で効果を高めて作った回復薬を売り、ベーコンを少し手に入れた。
本当は、私の回復薬は、びっくりするほど高く売れたのだが、食卓に、日常からかけ離れた不自然さを醸し出さない程度のものを買ってきた。
食事の度に、アリエラ様と話す機会が増えてきた。
アリエラ様は、豪華さは関係なく、その食材の旨味や特徴をよく引き出したお料理がお好きなようだ。
野菜スープが特にお気に入りなので、なるべく余った野菜で作ったスープを食事に添えるようにしている。肉骨はタダでもらえるので、それでスープの出汁はとっている。
薬を作ればお金は稼げるので、なんとかたまにはお肉も食べられるようにしたいのだけど。
これはアリエラ様に私の秘密をある程度話して許可と協力を得なければ難しい。
話すたび、慈愛に溢れた人だとは感じる。目を見れば、嘘や欺瞞はないとも思う。
それでも踏み込めないのは、その奥の奥に、深い、深すぎる悲しみを感じるからだ。
アリエラ様の過去を思えば、それは当然だろう。
夫と長男を理不尽な暴力で奪われたのだから。
だとしても、あの深い悲しみを私は恐れる。
それは、両親を理不尽に奪われた私の悲しみでもあるから。
悲しみが狂気に変わることが私は怖い。
そんなある日、私は、アリエラ様に院長室に呼び出された。