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2.
高橋大輔は格闘技団体『アンリミテッド』ミドル級の絶対王者である。
その高橋が今、自宅である試合の映像を観ていた。
裏格闘技団体『修羅』で行われた試合である。
裏格闘技の動画は少ない。地下格闘技とは違い、基本的に情報が表に出ない。誰かが隠し撮りしたと思われる動画は画像が粗く、ブレブレで選手の顔もまともに映っていない。
たが、ケージの中で右腕を挙げ観客にアピールしている男ははっきりと誰だかわかる。
修羅で絶対王者で、今現在アンリミテッド、ウェルター級エースと言われている加瀬晴人だった。真っ赤に染め上げた頭髪と、180センチの長身、そして特徴的な背中に刻まれた龍の刺青。顔はハッキリ見えないが加瀬であると高橋にはハッキリわかっていた。
だが、高橋が見たいのは加瀬ーーーではなく、加瀬と対峙している男の方だった。
和田辺深秋、加瀬を凌ぐ身長と黒髪というくらいしかわからないが、強いということは一目でわかる。
会場は加瀬コール一色で完全にアウェー状態だが、和田辺はそんな声など意に介さずじっと加瀬を見ている様だった。
ーーーゴングがなった。
高橋が知っている加瀬という男は様子見などしない。圧倒的な身体能力と体力に物をいわせて試合中ずっと動き続けて相手を圧倒する。
だが、その加瀬が行かない。
30秒、1分と時間が経つにつれてヒートアップしていた観客も加瀬が行かないとこに、いや、前に出れない事に気が付いたのだろう。
いつのまにか会場は静まり返り、二人の様子を見守っていた。
膠着状態が2分になろうとしたとき、和田辺が動いた。
高橋には和田辺が呆れたような表情をしたように見えた。
和田辺が前に出ると加瀬は後ろに下がった。ジャブや蹴りを出すが、距離がめちゃくちゃで牽制にもなっていない。
少しすると加瀬の背中がケージに触れた。
リングと違いケージでは袋小路になることはない。だから加瀬は手が出せずともサークリングしておけばよかった。しかし、和田辺の圧に押されて真っ直ぐに下がってしまった。
加瀬が己の過ちに気が付き左右に流れようとしたときにはもう遅かった。
加瀬が左右にどちらに動いても和田辺は同等、もしくはそれ以上の速度で付いてきて加瀬をケージ際から逃さない。
加瀬は前に出るしかなくなった。
意を決したのだろう、加瀬が咆哮を上げ前進ーーーだが、自分の間合いより遠い距離からの前蹴りで突き飛ばされ再び背がケージに触れる。
踏み込んでパンチを繰り出すが、全て和田辺の前蹴りでパンチが触れる距離まで届かない。
空振り。
あるいはモーションに入る前に突き飛ばされる。
会場がざわつき出す。
絶対王者の圧倒劇を観に来たであろう観客達も、ようやくこの試合が大人と子供の戦いである事に気がついたようだった。
試合が大きく動いたのは4分ほど経過した時だった。
加瀬がダメージ覚悟で大きく踏み込んだ。
映像ではわからなかったが、その後すぐに会場が沸き加瀬が腹部を押さえて下がったのだ。
おそらく、右を振りかぶった所に三日月蹴りかーーー高橋はそう考察した。
加瀬は痛みで苦悶の表情を浮かべているように見える。
和田辺が前に詰める。
加瀬が嫌がって大振りのパンチを繰り出す。
そこに狙いすましたように左ミドル。
三日月蹴りが頭にある加瀬はミドルをガードしようとする。
がーーー途端に和田辺のミドルキックは軌道を変え加瀬の頭部を襲った。
加瀬が糸が切れた人形のように崩れ落ちた。
高橋は完全に意識が絶たれたと思った。
しかし、和田辺は崩れ落ちた加瀬に間髪入れず追い討ちのパウンドの嵐。
血が観客席まで飛ぶのがわかる。
観客の悲鳴が聞こえる。
30秒ほど殴り続けた後、レフリーが割って入って試合を止めた。
勝ち名乗りを受ける和田辺。
絶対王者の敗北に静まり返った会場。
映像を撮ったであろう人物が
「大儲けしたぜ」
と言って映像は終了した。