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5/12 深夜 東京都某所公園
男が二人対峙していた。
「いいのかい?」
長身の男が訪ねた。
名を和田辺 深秋という。
「なにが?」
そう答えたのは田中 良だ。
田中はプロの総合格闘家だ。
Tシャツを着ていても隆起した筋肉が見て取れる。
「酒が入ってる。飲んでない時でもいいんだぜ」
「こんなのは酔ってるうちに入らないよ」
田中はそう言って、ファイティングポーズを取った。
和田辺は構えない。
「構えないのか?」
和田辺はそう聞かれると
「いいから来なよ」
と、笑みを浮かべながら言った。
「じゃあいくぜーーー」
田中が、一気に間合いを詰める。
ワンツー。
だが、それはフェイントで、本命は両足タックルーーー。
田中は高校でレスリングインターハイにまで出場したレスラーだ。
プロのリングでも大抵の場合はテイクダウンできる。
テイクダウンに対しては圧倒的な自信を持っていた。
恐らく自分より10キロは軽い和田辺の体重。
格闘において体重差というのは命取りになる。
10キロも軽く、なおかつ重心が高い和田辺からテイクダウンをとることなど、田中にとっては容易。なはずであった。
だが、和田辺は倒れなかった。
それどころか、タックルを切られた。
同時に右膝が田中の顔面を襲う。
「うお!」
間一髪避けた。
流血。
額のどこかを切ったのであろう。
田中から精神的なヌメリとした嫌な汗が流れる。
たまらず距離を取った。
だがーーーバックステップに合わせて今度は和田辺が距離を詰めた。
零距離。
和田辺の右拳が田中の胸部に触れる。
ーーードンッ
「ガッぁーー」
ワンインチパンチ。発勁。
八極拳などの中国拳法で見られる技術。
一瞬、呼吸ができなくなった田中は体勢を立て直すが、目の前に和田辺はいない。
刹那、リバーブローが田中を襲う。
鈍痛。
「ギーー」
右
左
前蹴りーーー
田中の顔が血に染まる。
立て直すーーー、田中はプロ格闘家としての意地か、本能か、無防備になった和田辺の顔に渾身の右ストレートを、叩き込む。
が、意識を失ったのは田中の方だった。
「惜しかったね。びっくりしたよ。ちょっとね」
意識のない田中に語りかける和田辺。
その右頬には擦り傷が出来ていた。
「流石、A級ランカー。擦り傷一つもらうつもりはなかったんだけど」
そう言いながらスマートフォンで写真を撮る和田辺。
「さて。仕事は終わった、次はもっと強い奴だと嬉しいんだが」
そう言って和田辺はその場を去っていった。
その後、匿名の通報により田中は病院に搬送された。
表向きは酔っ払い喧嘩に巻き込まれて無抵抗のまま怪我をしたということになっている。