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Deeper 1

とある平凡な女子高生の日記。

五月七日


 驚いた。

 (しずく)が昼休憩になるまで学校に来なかったのにも驚いたし、その原因が十時まで寝てしまっていたからというのにも驚いた。でもそれより驚いたのは、雫が死体を見た、と言ったことだ。その死体があったのは四丁目の空き地らしい。けれどそんなの簡単に信じられる話じゃない。

 私はパンを食べながら雫に聞いた。


「それ本当?」

「本当よ。私がこういう冗談言わないの知ってるでしょ」


 知っている。雫は冗談を本当に実行するタイプだ。私は冗談を真に受けるタイプだと、よく言われるけど。私は質問を重ねる。


「息してなかったの?」

「さあ、遠目でみただけだから。ただ私と同じ位の年の女の子が、血を流していたわ」


 黒くて綺麗な二つ結びの髪をなびかせながら、どうでも良さそうに言った雫。お腹から血を流していたと言う女の子。その子の傍には果物ナイフが落ちていたらしいから、凶器はそれなんだろうけど。


「助けてあげた?」

「まさか。しないわよ、面倒臭い」


 その態度に若干呆れながら、私はパンを食べ終えた。

 確かに雫が嘘を吐くとは思わない。もちろん出血している女の子を助けるとも思わない。きっと雫の大きな目には、そんなことは興味無い事としか映らないのだろうし、雫の小さな口からは、女の子への思いやりの言葉も出ないだろう。そういうところを治せば、もっと友達も出来るんだろうに。せっかく可愛いんだから。と、呆れながらも、私は雫のことを知っていたから納得できた。相変わらず興味が無いことに対しては、無関心すぎると思うけれど。

 けれど偶然その話が聞こえたのか、常盤(ときわ)君が食いついた。同じ屋上でいつもお昼ご飯を食べいるのは知っている。多分、彼は納得できなかったのだろう。彼は優しいし、真面目だから。そういえばこの前、私と彼が日直だった時も、仕事をほとんどやってくれた。


「え? それ本当なの? 大変じゃないか、ここに居る場合じゃないよ」

「今さら遅いでしょ、常盤君って馬鹿なの?」


 雫は辛辣に返す。


「仮に死んでいたとしてもだよ!」


 すると常盤君は私を見た。私に同意を求められても困るんだけどな。でも言っていることは常盤君のほうが正しいから頷いた。同意した私をみて常盤君は少し嬉しそうだった。


「ほら、だから救急車を」


 けれど熱くなる常盤君を、一緒に居た榎立(えのだち)君が窘めた。


「寝坊してたんだし、寝惚けていただけでしょ。それにあの人馬鹿だからさ。真に受けちゃ駄目だって」

「はあ? 馬鹿はどっちよ。猿芝居と嫌味はあっち行ってからやってくれないかしら?」

 雫が怒ると、榎立君はニヤリと笑って言った。

 榎立君も優しくて頭が良いけど、言葉に棘があるから苦手だ。それに雫と仲が悪い。でもよく一緒にいるから、今思えば不思議だ。実は仲がいいのかもしれない。榎立君は黒縁眼鏡の奥の目を、静かに細めた。


「じゃあさ、賭けてみる? 死体なんてあるのかどうか」

「嫌よ、確かめる必要ないもの」

「あれ、本当に馬鹿なんだね。賭けようって言ったんだよ、俺は。何を賭けるかぐらい言わなくても分かるでしょ?」

「……いいわ、せいぜい後悔すれば」


 私と常盤君はそれが何か分からないけど、雫が乗り気になってしまった以上確かめるしかないのだろう。

 だから私達は放課後、悪趣味だと思いながらも、それを確かめることにした。まだそこにその少女がいたら救急車を呼ばないといけない、とも思っていたから。


 四丁目の空き地は、帰り道からは反対方向だけど近いから、すぐ着いた。けれど死体なんてそこには無かった。凶器のはずの果物ナイフも。榎立君は小馬鹿にした口調で言った。


「やっぱり無いじゃないか。寝惚けるのも大概にしといたほうがいいと思うよ」

「そんなはずは」


 珍しく狼狽していた雫。けれど彼女はすぐに立ち直った。雫がどうでもいいことに関しては諦めが良いことも知っている。


「まあ無いのならいいわ。大方病院に運ばれたんでしょ」


 そして雫は榎立君を睨んだ。


「で、今日は何がいいわけ」

「塩素」

「あんた本当に最低よね」


 その言葉に怒る様子もなく、榎立君は微笑んだ。塩素をどうするというのだろう。塩でも作るのかな。私にはさっぱりだ。もともと勉強が苦手だし、理科はその中でも不得意というのもあるけど。だから学年トップの榎立君が少し羨ましい。

 そうこうしていると、まだ死体を探していた常盤君が、空き地の陰の方で「あ」と呟いた。榎立君が常盤君のところへ急いで確認したら、そこには血痕があったらしい。私は見なかったけど、雫は見に行った。離れていた私にも雫の威張るような声が聞こえた。


「ね、やっぱりあったのよ、血だらけの女」

 

 死んだとはいえ、人のことを『あった』だなんて表現するのも雫らしい。続けて榎立君の落ち着いた、少し小馬鹿にしたような声も聞こえる。


「でも移動したということは死体とは限らないよね。じゃあどちらにしても賭けは俺の勝ちだよ」

「本当ムカつく」


 結局賭けは雫が負けたみたいだった。まあ多分、雫が榎立君に負けたのは、屁理屈なんだと思うけど。


 帰り道、賭けの内容について聞くと、関係ないと言われてしまった。相変わらず好きな人以外には無愛想だ。それでも気になって聞くと、先先帰ってしまった。別に常盤君と榎立君とは仲良くないけど、四人とも同じアパートに住んでいるのだから、あまり意味無いのに。相変わらず短気だ。




 それにしても、どうしてこんなところに居たのかな、その子。殺人未遂なら死体の処理もしないといけないはずだし、犯人がそれをしない理由も無いはず。自殺ってことなのかな? どうしていなくなったんだろう。

 そういえば前も杉が丘高校で行方不明の女子生徒が出たらしい。最近物騒だなあ。




五月九日

 

 お母さんから電話が掛かった。三十分の内容を要約すると、今日は点滴が変わったらしい。話の合間に嫌味や小言も言われたが、どうやらそれだけのようだ。


 電話代が、ちょっともったいないと思ってしまった。


 夜、暇だったので散歩に出ようとすると、雫と会った。同じ階に部屋があるから不思議じゃない。私は笑って挨拶した。


「こんばんは、どうしたの?」

「別に」


 そう無愛想に目を逸らされて、ショックを受けなかったわけでもないけど、いつものことだから気にしないことにした。よく見たら雫は封筒を持っていた。私は興味本位で訊いた。


「それ何?」

「何でもないわよ」

「お金?」


 そう言うと雫は目を見開いた。


「どうして?」

「いや、普通そうかなって」

「普通は手紙とかを想像するものじゃないの?」


 そう言われて少し言葉に詰まったけど、それらしい理由をくっつけて誤魔化した。


「だって雫、一人暮らしだからさ。あ、でも兄弟は別の部屋にいるのか。いや、でもやっぱり親御さんも別々にお金渡すのかなって。ここら辺は銀行とかも無いから私も仕送り封筒だしね。本当不用心だと思うけど」


 そう矢継ぎ早に言うと雫は目を細めた。少し怖い位に。

 今思えば、あの時雫は、私が何を考えたのか分かっていたのかもしれない。雫は鋭いから。

 雫は小さく呟いた。


「迷惑なんだけどね」


 雫が否定しなかったから、あの封筒の中身はお金なのかな。それとも迷惑だって言っていたから手紙なのかな。


 もし封筒の中身がお金で、それで迷惑って言ったのなら、少し羨ましいな。




五月十二日


 今日は善良荘便りが来た。

 相嵯峨さんが、家賃を収集するついでに皆に配っているらしい。相嵯峨さんは少し苦手だけど、彼と仲良くなったら色々得だと思うから、家賃を渡した後試しに話しかけてみた。


「そういえばこのアパート、何で善良荘って言うんですかね」


 正直言って、ネーミングセンスは良いとは思わない。まあこの町の名前が日刈町だから、そっちの方が嫌だけど。同じ「ひかり」なら、せめて光町とかにすればいいのに、って何度思ったことだろう。


「さあ、僕は雑用をあの馬鹿管理人に押し付けられているだけだから何とも。でも昔は少しアパートとは趣旨が違う施設だったみたいだし、その時の名前をそのまま使っているだけじゃないかな」


 昔からアパートじゃなかったとは初めて知った。確かに古い建物だとは思うけど。やっぱり相嵯峨さんは物知りだ。雫によれば頭も良いらしい。


「でも、あの子は知っているんじゃないかな。管理人のとこに入りびったっている子。知ってる?」

「はい、何度か見たことはあります」


 とても小柄で可愛い女の子だった。小学生かな? 前に挨拶代りにチョコをあげたら、無表情のままだったけど、何だかぴょんぴょん跳ねていた。私は他のことを話してみる。


「そういえば雫が言ってたんですけど、四丁目の空き地に死体があったのって知ってますか? 私が行ったときには居なかったんですけど、血痕もあったみたいで」

「死体? 珍しいものもあるもんだね」


 冗談だと思ったのか、相嵯峨さんはあまり詮索しなかった。良い話題ではなかったのかもしれない。相嵯峨さんは思い出したように、私に便りをさしだした。


「あ、あとこれ善良荘便り」


 今月の善良荘便りは可愛いかった。とくに隅のお姫様のイラストがプロみたいで、手が凝っていた。ふわふわとしたタッチで、画材はパステルかな? 正直好み。先月は私が書いたけど、比べ物にならない。交代制で書いているのは知っているけど、今月は誰が書いたんだろう。尋ねると、相嵯峨さんは表情を変えずに答えた。


「変態」


 誰かは分からなかった。まあ住民全員を知っているわけでもないから、仕方ない。それにもし書いたのが変態さんなら、出来れば近づきたくない。今度は内容に目を通した。思わず声が出た。


「新しい住人ですか?」

「ああ、うん。しかも二人。でもって高校生だよ。もう少しで来るから、友達になれるんじゃない?」


 先月は内容がまるで無かったから、仕方なくこの町の地図を描くほどこのアパートには変化がなかったのに。こんなこと滅多にないから少し嬉しい。その二人の名前とか書かれてないのは残念だけど。でも不思議だった。


「私を含めて、多いですよね、此処。一人暮らしの高校生」


 そう言うと相嵯峨さんは苦笑した。


「そこを詮索しない方がいいっていうのは、君も分かってると思うよ」


 相嵯峨さんは静かに言った。多分、少し哀れんでいたのだろう。誰をかは知らない。私かも知れない、常盤君や榎立君かも知れない、もしかしたら雫なのかもしれない。私は思わず俯いた。やっぱりこの人は苦手だ。本心が読めない。そして付け加えるように相嵯峨さんは悪戯っぽく笑った。


「あと、僕と仲良くなったからといって、文部との距離が縮まるとも限らないよ」


 本当、この人は苦手だ。私はすぐに部屋の扉を閉めた。もしかしたら顔が赤くなっていたかもしれない。



 高校生二人。南高校の方に転校生の紹介は無かったから、多分杉が丘高校のほうだろう。他に近くに高校ないし。だけど南高校ではないのは確かだから、同じ学校じゃないのはちょっと残念。でも同じアパートだし、大して変わらないかも。名前は記載されていない。どんな人かな。仲良くなれたらうれしいな。

 

 それにしてもやっぱり不思議だ。このアパートに来る理由。わざわざここを選ぶんだから、事情でもあるのかな。


 私には無いけど。




五月十三日


 自分が無意識の内に、この日記についていた嘘に辟易する。いくら自分しか見ないといっても、やっぱり誰かに見られた時のことを気にしているのかもしれない。

 

 今日もお母さんから電話があった。急に病院に来いと言われて少し困った。驚きはしない、もう慣れた。学校があるのに、そんなのお母さんも分かっているはずなのに。そんなの思うだけ、無駄だって諦めている。明日は七時間授業だから、せめて明後日にしてと言うと、渋々飲んでくれた。バイトがあるけど、休むしかない。

 電話を切った後思った。やっぱり部活は止めて良かった。バレー部。楽しかったし、居心地も良かったけれど、ロクに出席できないんじゃ意味がない。大丈夫。やめたことに後悔なんてしてない。後悔しているのは、一度でもそんな楽しい部活に入ってしまったこと。すぐに夢中になって、バレーボールを買ったこと。使うことなんて、ほぼ無いって分かっていたのに。



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